第3話 その一振り、悪徳商会につき
ギルドでの騒ぎを後にした俺たちは、夕暮れの路地を歩いて店へと戻っていた。
懐には、換金したばかりの大量の金貨。
借金を返すには十分すぎる額だ。
「えへへ……夢みたいです。私、本当にSランクの素材を取ってこれたんですね……」
隣を歩くリズは、さっきから自分の頬をつねったり、背中の大剣を撫でたりしてニヤニヤしている。
俺を見る目も、なんだか熱っぽい。
「師匠! 私、一生この剣を大事にします! 師匠のことも、その……だ、大事にしますからっ!」
「……そうか。だが手入れは怠るなよ。道具は裏切らないが、手入れをサボれば持ち主を殺す」
「はいっ! 毎日磨きます! 師匠の背中も流します!」
「背中はいい」
やれやれ、懐かれたようだ。
まあ、テスターに逃げられるよりはマシか。
そんなことを考えながら、店の前にたどり着いた時だった。
「――おいおい。随分と遅かったじゃねぇか、ゴミクズ」
店の入り口を塞ぐように、男たちが立っていた。
派手なスーツを着た小太りの男と、その護衛と思われる大柄な傭兵たちだ。
スーツの男には見覚えがある。『ゴライアス商会』の取り立て屋だ。
「リズベットォ。支払期限は今日だぞ? 金が用意できねぇなら、予定通り『裏の店』で働いてもらおうか」
取り立て屋が下卑た笑いを浮かべ、リズを舐め回すように見る。
リズの体が恐怖で強張った。
だが、彼女はギュッと拳を握ると、一歩前へ出た。
「お、お金ならあります! 今日稼いできました!」
リズは袋から金貨を取り出し、男の前に突き出した。
それを見た瞬間、取り立て屋の目が点になる。
「はぁ? ……金貨? お前みたいなFランクが、なんでこんな大金を……」
男の視線が、リズの背中にある巨大な剣と、俺の顔を行き来する。
そして、鼻で笑った。
「ああ、なるほど。盗んだな?」
「えっ?」
「Fランクがまともな稼ぎを得られるわけがねぇ。どこかのパーティーの荷物を盗んだか、あるいは――そこの『死神』と組んで、美人局(つつもたせ)でもしたか?」
「ち、違います! これは私がダンジョンで――」
「うるせぇ!!」
男が怒鳴り散らす。
「盗人の汚い金なんて受け取れるかよ! 違約金だ! 金額は倍……いや、十倍払え! 払えないなら体で払え!」
典型的な言いがかりだ。最初からリズを借金奴隷にする気だったのだろう。
傭兵たちがニヤニヤしながら、剣を抜いてリズを取り囲む。
「さあ、そのガラクタを捨ててこっちへ来い」
傭兵の一人が、リズの背中の大剣を指差して嘲笑う。
彼らが持っているのは、ゴライアス商会の刻印が入った「高級ロングソード」。
一本で平民が一年は遊んで暮らせると言われる高級品だ(性能は知らんが)。
リズは震えていた。
だが、逃げなかった。彼女は背中の柄に手をかけ、俺の方をチラリと見た。
「……師匠」
「許可する」
俺は短く告げた。
「降りかかる火の粉は払え。……俺の剣(ウチの商品)が、そんな量産品に負けるわけがないからな」
「――はいっ!」
リズの目に光が戻る。
彼女はためらうことなく、自分より巨大な鉄塊を引き抜いた。
ごうっ、と風が唸る。
「はっ、馬鹿が! 俺の剣は『ゴライアス製』の特注品だぞ! そんなスクラップで勝てるかよ!」
傭兵がロングソードを振り上げ、リズの脳天めがけて振り下ろす。
リズは退かない。
正面から、大剣をカチ上げるように振るった。
「せぇぇぇぇいッ!!」
二つの剣が激突する。
瞬間。
パキィィィィィィン!!
甲高い音が響き渡り――銀色の破片が宙を舞った。
「は……?」
傭兵が間の抜けた声を出す。
彼の手には、根元からへし折れた剣の「柄」だけが残されていた。
一方、リズの大剣は無傷。刃こぼれ一つない。
「な、なんだとォ!? 俺のローン三十六回払いの剣が!?」
「ひぃッ!? なんだあのデタラメな硬さは!?」
他の傭兵たちが悲鳴を上げて後ずさる。
俺はゆっくりと前に出た。
「……最高級? 笑わせるな」
俺は地面に落ちた折れた刃を拾い上げ、取り立て屋の目の前に突きつけた。
「見ろ。中身がスカスカだ。不純物を取り除かずに低温で鋳造してるから、見た目だけ綺麗で粘りがない。こんなもん、剣じゃなくてただの『長い鏡』だ」
「ひっ……き、貴様、何者だ……!?」
「ただの修理屋だ。……だが、言ったはずだぞ」
俺は死んだ魚のような目を細め、底冷えする声で告げた。
「ウチの製品は、お宅の『おもちゃ』とは強度が違うんだよ。……これ以上、店の前でゴミを散らかすなら」
俺は拾った刃を、指の力だけでバキリとへし折ってみせた。
「お前らも『スクラップ』にしてやる」
「ひ、ひいぃぃぃっ!?」
取り立て屋と傭兵たちは顔面蒼白になり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「お、覚えてろよ死神ィィッ!」という捨て台詞を残して。
……やれやれ。騒がしい連中だ。
「し、師匠ぉぉぉ……っ!」
敵が消えた瞬間、緊張の糸が切れたのか、リズが俺の胸に飛び込んできた。
「怖かったですぅ……! でも、師匠の剣のおかげで勝てました!」
「……鼻水を服につけるな。汚い」
俺はリズを引き剥がそうとするが、彼女はしがみついて離れない。
まあいい。性能テストとしては上々だ。
「店に入るぞ、リズ。……『メンテナンス』だ」
「えっ……?」
リズが顔を上げ、期待と不安の混じった目で俺を見る。
「ま、また……するんですか? さっきみたいなこと……」
「当たり前だ。あれだけの出力で振り回したんだ。筋肉に負荷がかかってる」
俺は彼女を店の中に引きずり込み、カウンターに座らせた。
「ふくらはぎを出せ。乳酸が溜まってるはずだ」
「は、はい……失礼します……」
リズがおずおずとブーツを脱ぎ、白い素足を晒す。
俺は彼女のふくらはぎを鷲掴みにした。
「んあっ♡」
「硬いな。これじゃ明日は動けんぞ」
俺は親指に力を込め、凝り固まった筋肉繊維をグリグリと押し流す。
「あ、ああんっ! い、痛いです師匠! そこ、だめぇっ!」
「力を抜け。痛いのは効いてる証拠だ」
「だ、だってぇ……師匠の指、熱くて……ひゃうっ! 気持ちよく、なってきちゃ……♡」
リズがトロンとした目で俺を見つめ、艶っぽい声を漏らす。
端から見れば事後処理にしか見えない光景だが、これはあくまで「クールダウン・マッサージ」だ。
エンジンの熱を逃がし、次の稼働に備える。それこそが職人の仕事だ。
「よし、こんなもんだろう」
十分ほど揉みほぐすと、リズは骨抜きになったようにカウンターに突っ伏していた。
「あうぅ……師匠、すごいです……。私、もう師匠なしじゃ生きられない体に……」
「大げさだ。……さて」
俺は窓の外、逃げていったゴライアス商会の連中が消えた方向を睨んだ。
あいつらのことだ。このままで済むとは思えない。次はもっと面倒な手を使ってくるだろう。
「……ん?」
ふと、店の前の路地に、何かが転がっているのが見えた。
ゴミ袋か? いや、違う。
あれは……人か?
俺は店を出て、その物体に近づいた。
それは、銀髪の少女だった。
ボロボロのローブを纏い、奇妙な『鉄パイプ』のような杖を抱きしめて、行き倒れている。
「……うぅ……お腹、すいた……」
少女が虫の息で呟いた。
そのローブの胸元には、ついさっき見たばかりの『ゴライアス商会・技術開発局』のバッジが、半分剥がれかけた状態でついていた。
「……やれやれ。また面倒な奴が転がり込んできたか」
俺は深くため息をついた。
どうやら、今日の店仕舞いはもう少し先になりそうだ。
次の更新予定
2025年12月31日 18:46 毎日 18:46
『死神』と恐れられる鍛冶師、実はただの不器用なおっさんです。 ~捨てられた少女たちを魔改造装備で無双させたら、悪徳商会が勝手に潰れました~ @pepolon
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