同級生のランク表
けれど……――。
やはり彼女は彼女なのだ。僕は彼女をよく知っている。
僕が手をかけたはずの秘密のノートは一ミリも動かない。
動いたとすれば、ノートの端が少し折れたぐらいで、ノート自体のZ座標が変わることはない。僕のノートは、僕と彼女の間に位置したまま、所有権をあやふやにしている。
「私の胸のサイズ――、それをどうしてあなたが『それ』を知っているのですか」
凍る声。凍る眼差し。
今日は梅雨も終わった七月。ここに冷房はない。初夏特有の湿度高めのジメジメとした熱気。
けれど、体温が冷たくなる。肌着と皮膚の間をくっつけていた汗が消えかけている。
「やっぱり、中身みた……?」
彼女の疑問。どうして、僕が彼女の胸のサイズを知っているのか。
――その問いに真っ当には向かえない。ただただ諦めを抱き、僕は、ノートをもつ自分の手を緩めた。
僕の最後の希望だった。でも、それは儚い。
ここで、ノートが見つかったこと。
彼女とぶつかったこと。
そして、そこで落としたノートを彼女が持ってきてくれたこと。
これらの事実はすべて僕にとって嬉しいものではなかった。
彼女が現れた瞬間から大方、僕の敗北は決まっていたのだろう。
僕が抱いていた希望。彼女がとても真面目な女性で、誠実な人間。それでいて、人が落としたノートの中身など見やしないと――。
これが、ただ一つだけの僕の希望だった。けれど、一つだけの希望は儚く散ったし、彼女はそんなまっすぐな人間ではないことを元から僕は知っていた。
「私も淑女。見るつもりはなかったのですが、名前も書いていなかったもので……。中身をみれば、あなたの学年やクラス、名前がわかると思ったものでして」
僕の一方的な願望の押し付けは、彼女の言葉にただただ納得させられる。
彼女と話したことはない。クラスも違う。彼女が有名人だから、僕が一方的に知っているだけ。なんの取り柄もない、クラスの隅にいる、僕のことなのだと彼女が知っているはずがないだろう。
なら、ノートの中身を見るのは当たり前か。落とし物を拾ったなら、持ち主を知る必要がある。しかも、こんな誰もいない廊下にいた男。彼女が怪しむのも当たり前。
そんな正論。彼女が言っていることは正しい。だいたいいつもそうだ。
でも、きっと本当の彼女が中身を見た理由は、そんな正論ではない。ただの興味本位。彼女はそういう人間。自分の興味と好奇心を抑えられない。いつもそうやって、好奇心を解放するための建前を探している。
彼女が正しいがゆえに何も言えない。
絶望から生まれる空白だった。
口を開けない僕は、ただそっと彼女の顔から視線を落とすことしかできなかった。
それを見た彼女は「ここぞとばかりに」だろう、言葉を続けた。
彼女に好奇心を解放させる建前が与えられた瞬間だった。
「で、ここに書いてあることはなんなのでしょうか? どうしてあなたが私の胸のサイズを知っているのか、その解答を私はまだいただけいないのですが……」
「妄想って言ったら……?」
やれやれ。
彼女に付き合うしかない。学校の先生に怒られるのと違って、ただ黙っているだけでは終わらない。
視界をもう一度あげて見た、彼女の瞳にはギラギラと燃え上がっているものがあった。
「これが……ですか?」
彼女の言葉と一緒に、床に置かれる杖。
彼女は、両手を使い、ノートを開いた。
彼女自身が中身を確認するわけではない。自分自身には裏表紙。表を見せる対象は僕。
そんな彼女が僕に見せたページは意図的か意図的じゃないかは知らないが、的確なページ。
僕から見て、左のページには、女性の裸体。
鉛筆で書かれた全身が前後二体。
お腹や胸の体の正面で書かれたものと、反対に、背中やお尻が見えるものが一体ずつ。
ただ、これだけなら、良かったと思う。
これだけなら、ただのちょっとえっちな落書き。欲求不満な男子高校生が同級生女性の裸を書いただけ。まだ世界一般にも少しだけ言い訳ができる。
でも、問題は違う。それ以外の点に問題と僕がとぼけきれない点が多々ある。
「実は俺、漫画家を目指しててさぁ……そういうデッサン的な……?」
咄嗟に出た嘘。汗が頬をたどったのを実感する。
とぼけるしかない……。もうとぼけきるしか僕にはない……のだ。
女性の裸体が描かれた左のページ。その右側のページ。
そこには「椿原 琴美」と書かれた名前。
その横に「S」というアルファベット。
それとは別に「胸のサイズ - B」。着用している「下着の種類」や「色」。
そして、「総評」という彼女に関する考察と、謎の正の字でのカウント。
僕のノートの一ベージ。
ここには彼女のパーソナルな情報。
女友達でも家族でも、なんなら自分自身でも知らないかもしれない情報が羅列されている。
これらはすべて、この僕が書いたものだ。
僕が落とした、失くした、探してたノート。
それは――
――僕が秘密裏につけた『同級生の裸体ランク表』
絶対に世間には触れられてはいけない代物だった。
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