第9話 エピローグ 我が愛しき娘たちへ

ベッドに、一人のおばあさんが寝ていました。

大晦日の夜です。


外は、雪が降っていました。


おばあさんは、心静かに、自分の人生を振り返ってみました。

果たして、上手くやれたのだろうか、と。


自分がやったことで、死んでしまった人や、不幸になった人がいました。

逆に、自分がやったことで、助かった人や、幸せになった人もいました。


比べたら、どっちが多いのかしら。


おばあさんは、数えてみようとしましたが、答えは出ませんでした。


ペニシリンの発見は、多くの人を救ったでしょう。

いち早い衛生医療の導入も、そうです。


ハーバー・ボッシュ法や、ダイナマイトは、微妙でした。


戦争回避や、女性解放、人種差別問題は、手に余りました。

正直、上手くできたとは、言えません。


きっと、あと十五年もすると、世界を巻き込む大戦争が、始まるでしょう。

なんとかして止めたいのですが、もう、おばあさんには、時間がありませんでした。


寿命なのです。


家族への挨拶は、既に済ませていました。

後を託す人材も、育てたつもりです。


無責任なようですが、あとは、その人たちに任すしかないと、割り切ってもいました。


だから、今、おばあさんが悩んでいたのは、マッチを擦ろうかどうかでした。


あの時、この世界に転移した時から、大事に取っておいたマッチです。

これをすべて燃やしてしまえば、おばあさんの、おばあさんが、迎えに来てくれるはずです。


でも、おばあさんは、本当に天国に行く資格が、自分にあるのか、自信がありませんでした。


おばあさんは、もう一度、自分のせいで不幸になった人の数と、幸せになった人の数は、どちらが多いのだろう、と考えてみることにしました。


もしも、幸せになった人の方が、多そうなら、マッチを擦ろうと思ったのです。


しかし、どんなに考えても、やっぱり分かりません。


おばあさんは、小さなため息をつくと、マッチを、そっとベッドの脇に置きました。


マッチの力なんかには頼らず、今までの自分の行いに、審判を任せることにしたのです。


たとえ、天国に行けなくても、

おばあさんが、迎えに来てくれなくても、

それで良いと、おばあさんは思いました。


傍にいた看護師が、心配そうに、おばあさんの方を見ました。

おばあさんは、心配させまいと、ニッコリと笑ってみせました。


- - - - - - - - - - - - -


新年の朝。


新聞の号外が、発行されました。


号外は、世界的富豪であり、発明家でもあった、一人の女性の訃報を、報じていました。


その女性は、世界規模で、女性や子供に対する支援や、人種差別撤廃の活動を行ってきた、中心的存在であり、

彼女の死を、世界中の人々が、哀しんでいると、記されていました。


号外は、彼女が最後に、


「おばあさん、来てくれたんだ」


と言い、微笑みながら、息を引き取ったと、伝えていました。

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彼女のためのマッチ売りの少女生存戦略 風風風虱 @271m667

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