第7話 新年1日 たったひとつの冴えたやり方

私は、とんとんとジャンプして、真新しい木靴の調子を確かめる。

うん、いい感じだ。


その様子を、奥さんが心配そうに見ている。

昨晩の脅しで、すっかり怖がらせてしまったようだ。


私は、ニッコリ微笑み、新しい靴のお礼と、今後は二度と煩わせないことを約束した。

よっぽど嬉しかったようで、奥さんはパンとチーズを少し分けてくれた。


ありがたく頂いておく。


新年の朝だ。

町全体が、白い雪に覆われていた。

寒いが、清々しくもあった。


私は、大きく伸びをする。


何はともあれ、私は最大のピンチを生き延びることに成功したのだ。

だが、これで終わったわけではない。


元の世界に戻る方法が分からない以上、私はマッチ売りの少女として、この世界で生きていかなくてはならないのだ。


大晦日が終われば戻れるのかとも思ったが、どうも戻れないようだ。

なので、当初の計画を進めていくことにする。


詰まるところ、マッチ売りの少女の悲劇は、経済的貧困が根っこにある。

だから、その部分を改善しなくては、マッチ売りの少女――すなわち私の運命は、いつまでたっても安定しない。


故に、当面の目標は、経済的な自立だ。


そのために必要な情報は、夜のうちにマッチを使って手に入れていた。

本当にこのマッチは便利だ。


私は、パンをかじりながら、目的地に向かって歩き出した。


一時間ほど歩いて、ようやく目的地に着いた。

町の外れに、古ぼけた家がぽつねんと建っていた。


玄関のドアノブを回すと、なんの抵抗もなく回った。

鍵は掛かっていないようだ。


ドアを半分開けて、声をかける。


「ごめんくださーい」


返事はなかったけど、私は構わず中に入る。


「誰か居ませんか?」


声をかけながら廊下を進む。

突き当たりに、半分開いたドアがあった。


そっと中に入る。


ガラスの器具やら、分厚い本が、所狭しと置かれていた。

窓際に机が置いてあり、そこに一人の男が突っ伏して、居眠りをしていた。


「もし、もーし」


私は、その男の人の肩を揺すって起こす。


男の人は目を覚ましたが、まだ少し寝ぼけた感じだった。

とろんとした目つきで、私を見ている。


歳の頃は、二十代前半。

癖っ毛らしく、金髪が寝癖でピンと跳ねていた。


「ハンスさんですよね」


私は、マッチを擦って入手した情報で、この人のことを知っていた。

自称、町の発明家で、お人好し。

それが彼。

マッチが選んでくれた、私のパートナーだ。


「えっと、誰?」


ハンスは戸惑いながら言った。


「あなたのパートナーです」


「パートナー?!」


ハンスは、すっとんきょうな声を上げ、まじまじと私の顔を見る。

そして、少し顔を赤らめながら言った。


「いや、確かに君は可愛らしいから、きっと美人になると思うけど、今、僕は結婚のことは考えていないというか、その……

君もまだ、そういうことを考えるのは、十年くらい早いかな。つまり僕が言いたいのは、その……」


「何を言ってるの」


私は、呆れたように叫ぶ。


「パートナーと言っても、ビジネスパートナーよ。

ビ、ジ、ネ、ス、パートナー!」


「ビジネスパートナー!」


ハンスは、丸くした目を、さらに大きく開いて叫んだ。


「……失礼だけど、君はとてもお金を出せる余裕があるようには見えないけれども」


「違う。出すのはお金じゃない、アイディアよ。

今、あなたが抱えている問題を解決するアイディアを、私は持っている。

そのアイディアを話す。

その代わり、そのアイディアで出た利益を折半するのが条件よ。どう?」


「どう?と言われても……」


ハンスは、あからさまに困惑した表情になる。


まあ、それは分かる。

自分のような子供(中身はあなたより歳上だけどね)に、こんな提案をされても、本気なのか冗談なのか判断に困るでしょう。


「今の内容を念書にして、サインをしてください。

そしたら話します。

話を聞いて、駄目なら、無かったことにすれば良い。

あなたの損失は、何もないわ」


少し悩んだが、ハンスは頷いた。


「分かった。約束しよう。

それで、何についての話をしてくれるんだい?」


「これです」


私は、マッチを一本取り出すと、ハンスに見せた。


- - - - - - - - - - - - -


「マッチ要りませんかぁ」

「マッチ要りませんかぁ」


街頭で、少女たちが大きな声でマッチを売っていました。


「ハンス・エーデンハイン考案の、画期的なマッチです」

ハンス式安全マッチはんすしきあんぜんまっちは如何ですか~。

ポケットに入れていても安全、安心。

ハンス式安全マッチはんすしきあんぜんまっちは如何ですか~」


「ふ~ん、お嬢ちゃん。どの辺が安全マッチなのかな」


口髭の紳士が、少女に質問しました。


「よくぞ聞いて下さいました。

良いですか、このマッチを、こう擦っても火はつきません」


少女はそう言いながら、マッチの棒を手近の壁に擦り付けました。

しかし、一向に火はつきません。


「ところが、箱についているこの部分に擦り付けると、あら不思議!

簡単に火がつきます」


少女はそう言いながら、マッチを箱の茶色い部分に擦り付けると、マッチは鮮やかに燃え上がりました。


「ほほう。これは面白い!」


紳士は感嘆の声をあげました。


「でしょう!

このマッチなら、ポケットの中でマッチが擦れて燃え上がって、火傷するなんてことは、絶対ありません」


「ふむふむ。よし、それでは二、三箱貰おうか」


「は~い、毎度有難うございます」


最近、発売されたハンス式安全マッチはんすしきあんぜんまっちは、大人気で、飛ぶような勢いで売れていきました。

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