第6話 大晦日 真夜中 反攻
私は、赤い屋根の屋敷の玄関の前に立っていた。
どんどんと、扉を叩く。
暫くすると、女の人が顔を覗かせた。
最初、私の顔を不思議そうな表情で見たが、すぐに顔をしかめて言う。
「こんな時間に、何の用かしら?
最初に言っておくけど、何も買うつもりはないわよ」
オーケー。
私も、何かを買ってもらう気はない。
「いいえ、奥さま。
私はただ、私の物を、返して頂きたいだけです」
女は、片方の眉をつり上げる。器用だ。
「あなたの物ですって?
一体全体、何の話をしているの?」
「私の靴の話です」
私は、スカートの裾を少し持ち上げ、裸足の足を見せる。
「あなたの息子さんが、私の靴を盗んだんです」
私の言葉に、女の人の、もう片方の眉もつり上がる。
「まあ、何て言いがかりをつけるのでしょう、この性悪な子供は!」
「言いがかりだなんて、とんでもない!
嘘だと思うのなら、暖炉で寝ている犬の目の前にある物を、確認してみて下さいな。
そして、息子さんに、それをどうやって手に入れたか、聞いてごらんなさいまし」
女の人は、何か言おうと口を開けたが、結局、何も言わずに口を閉じた。
私の自信満々な態度に、さすがに心配になったようで、奥に引っ込んだ。
暫くすると、真っ青な顔で戻ってきた。
「まあ、なんということでしょう。
あなたの言った通り、暖炉に、この靴が置いてありました。
息子に聞くと、道で拾ったと申しました。
これは、あなたの靴なのでしょうか」
そう言いながら、古ぼけた靴を、おずおずと差し出す。
それは、間違いなく、昼間、私が無くして、ここの子供が持っていった靴だ。
ただし、片方だけ。
もう片方は、道端のどぶで、雪に埋もれている。
そして、それは、今の私にとって、実に都合の良い状況だった。
私は、これらのことを、マッチを使って知ったのだ。
マッチの火が消えても、効力を失わないものは、何かないかと考えて、私が思い付いたもの。
それは、『情報』だった。
マッチを擦る時、私は、一晩の宿を確保できる場所と方法を願った。
そして、得られた『情報』が、自分の靴を持っていった子供の家の場所だった。
さっきとは、うって変わって、恐縮した感じになった女の人を見て、私は、この人は、根は善良な人なんだと思う。
だから、今から、自分がやろうとしていることを思うと、胸が痛んだ。
しかし、こちらも、切羽詰まっている。
やらないわけには、いかない。
私は、意を決すると、話し始めた。
- - - - - - - - - - - - -
「何で、片方だけなのですか?」
マッチ売りの少女は、信じられない、といった風な表情を浮かべました。
「この靴は、私のお母さんの形見なんです。
ちゃんと、全部、返して下さい!」
マッチ売りの少女は、叫びました。
屋敷の奥さんは、困った顔で答えます。
「いえ、靴は、片方しかなかったのです。
む、息子も、片方しか拾っていないと……」
「ああ、誰が、そんな話を信じるというのですか!
私を騙す気なら、こちらにも、考えがありますよ」
マッチ売りの少女は、続けました。
「マッチを売りながら、あなた方のことを、町中の人に、言いふらしてやります。
『マッチ、要りませんかぁ~。
はい、ありがとうございます。
ところで、知ってますか?
ここの家の人は、私の靴を盗んだ上に、返してくれないのです。
マッチ、要りませんかぁ~。
毎度、ありがとうございます。
ああ、聞いてください。
ここの息子さんは、拾ったものを、そのまま自分の物にしてしまうんですよ。
この前、私の靴が脱げてしまったら、ここの子供が、持っていってしまったのです。
私の母の、大切な靴なのに……
その上、無くしたとか言って、返してくれないのです。
酷いと思いませんか?
ですよねー、酷いですよね。
また、宜しくお願いします。
マッチ、要りません……』
……ってね」
身振り手振りを交え、黒い噂を流すところを、熱演するマッチ売りの少女。
「いやー、止めてー!」
奥さまは、耳をふさぎ、絶叫しました。
「なら、返して下さい」
「だから、持っていないと……」
「『マッチ、要りませんかぁ~?
ここの息子さんは、泥棒ですよ。
旦那さんは、学校の先生らしいですが、こんな先生に教わった生徒は、みんな泥棒になってしまいますよ~』」
「だから、止めてー!
っていうか、なんで、主人の仕事まで知ってるんですか!!」
「まあ、色々とね」
少女は、ドスの効いた声で、答えました。
「あのね、奥さん。
私は、こう見えても、怒らせると、怖い女だよ。
このままだと、あんたの御主人、職を失って、一家離散になるね」
「そ、そんな……。
私は、どうしたら良いのですか?」
奥さんは、可哀想に、涙目になって、少女に問いかけました。
少女は、ふんと鼻で息をつくと、顎を指で掻きながら、
その、やさぐれ感は、とても、七、八歳の少女のものとは、思えませんでした。
「そうだねぇ。
無くしちまったって言うなら、仕方ない。
新しい靴を買って、返すってのが、道理でしょう」
「はい、それでは、明日、買ってお返ししますから、どうぞ、今日は、お引き取り下さい」
「あーー、なんだって?!
このまま、帰れだぁ?
私は、裸足なんだよ。
このまま帰れとは、どういう神経してんの」
「いえ、もう、お店も閉まっていますし……」
「だったら、私を泊めて、早朝、買ってこいや!
嫌だっつーなら……
『マッチ、要りませんかぁ~……』」
「いや、だから、それは止めてー!
分かりました。
お泊めさせて頂きます!!」
ということで、マッチ売りの少女は、無事、裕福なお屋敷で、一晩、泊めてもらえることになりました。
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