第5話 大晦日 夜中 潜考
問題は、
その点に尽きる。
・少女は、路地で凍死する
これが既定路線なら、何をどうやっても、このイベントが発生することになる。
であれば、既に詰んでいる。
……いや、待って!
マッチ売りの少女は、魂の救済の物語。
創造主(アンデルセン)は、単に少女が凍死する話が書きたかったのではない。
少女が神の御元に召され、永遠の安楽を手に入れた話が、書きたかったのだ。
ならば、路地に横たわる少女の死因は、主客が逆転していると考えるべき。
すなわち、凍死したから魂が救済されたのではなく、魂が救済されたから凍死した。
であれば、既定路線は、
・少女は、神に召され、凍死する
となるはず。
……駄目だ。
仮にそうだとしても、結局、詰んでいる状況は変わらない。
順番がどうなっても、少女が死ぬことには変わりはない。
回避する方法を考えなければ、根本的な解決にはならない。
正直、手詰まり……ん!?
手詰まり。
そうか。
手詰まりにすれば良いのか。
いわゆる、フラグが立っていない状態にすれば、イベントも発生しなくなる。
では、『少女は神に召され、凍死する』のフラグは、何だろう?
マッチを擦って、お祖母さんの幻を出すこと?
多分、お祖母さんを出して、かつ、持っているマッチを、全部使い果たすのが条件な気がする。
それで、最後のイベントのフラグが立ち、次のイベントが発生する。
すなわち、少女(=私)が死ぬ。
逆の言い方をすれば、マッチを使いきらなければ、少女は死なない。
……本当に、そうか?
私は、寒さにブルリと体を震わせる。
この寒さで、外にいて、本当に凍死しないだろうか。
結構、疑わしい。
マッチ売りの少女の物語に、少女が何の救いもなく、ただ凍死するだけのバッドエンドが、無いと言い切れるのか?
正直、自信はなかった。
確認する方法も、思いつかない。
リスク回避のために、屋内に避難しておくのが良いと思うけど、避難する場所の当てがない。
少女の家に帰るのは、駄目だろう。
何処かの教会に助けてもらう……
教会は、不味いなぁ。
ルーベンスの絵とか、有ったら、別の物語になってしまう。
となると、親切な人の屋敷に、潜り込ませてもらうくらいだけれど、そんな都合の良いものが、ホイホイ見つかるとも思えない。
探している間に、雪だるまになっている自信がある。
非力な自分に与えられているのは、マッチだけ。
私は、改めてマッチを見つめる。
このマッチの効果を、考えてみる。
マッチを擦ると、少女が想像したものが現れる。
でも、それは、マッチの火が点いている間だけだ。
マッチは、私の時代のものより、太くて長いけれど、一本のマッチが燃えている時間は、十秒程度。
十秒チャージ!
のキャッチコピーで、お馴染みのゼリー飲料が、思い出された。
……いや、駄目だ。
のど越しは楽しめても、火が消えれば、お腹の中で消えてしまう。
栄養補給には、ならないだろう。
そこら辺の石を、マッチで出した暖炉で、暖めるのはどうだろう?
石は現実の物だから、暖炉が消えても、熱くなった石が残るかもしれない。
上手くいくのかな?
軽く、試算をしてみる。
まずは、マッチの本数。
さっき数えたら、十二本を一束にしたものが、前掛けのポケットに十九束あった。
手に一束、握っているので、全部で二十束。
合計、二百四十本。
全部使うとすると、二百四十×十=二千四百秒。
十分くらい、加熱した石を抱いて、寒さを凌ぐとしても、暖が取れるのは、一時間くらい。
手もとのマッチを、全部使えば、四回くらい、加熱できる。
トータル、五時間、粘る計算か。
一晩、凌ぐのは、厳しそう。
そもそも、マッチを全部使ったら、死亡フラグが立つじゃないですか。
私は、ブルブルと首を振る。
何か、他の手を考えなくては。
でも、十秒程度で効果が出て、しかも、幻が消えても、効果が持続するような物なんて、あるのだろうか?
……
……
あっ、あった!
私は、マッチを一本取り出すと、手近の壁に擦り付けた。
- - - - - - - - - - - - -
しゅっ!
マッチは、小さな音を立てると、勢い良く、燃え上がりました。
マッチの暖かな火に照らされた壁は、キラキラと輝き、やがて、何かを映し出します。
町を、空から眺めた景色です。
視界が、ぐーっと降下していきました。
真ん中の、赤い屋根の立派なお屋敷を目掛けて、どんどん、降りていきます。
ああ、ぶつかる!
と思った瞬間、するんと、屋根を通り抜け、気がつくと、暖炉の前に居ました。
赤々と燃える暖炉の前で、大きな犬が、気持ち良さそうに、うたた寝をしています。
ああ、なんと、暖かいのでしょう。
少女は、思わず、暖炉に手をかざして、暖まろうとします。
暖炉の横には、大きなテーブルがあり、可愛らしい男の子が、座っています。
そこへ、お母さんが、夕食を持って現れました。
こんがりと焼けた、大きなガチョウです。
手を伸ばせば、取ることが出来そうでした。
……突然、目の前のガチョウも、暖炉も、消えてしまいました。
後には、マッチの燃えさしを持った少女が、残されるばかりでした。
しかし、少女は、がっかりするような素振りを、見せませんでした。
それどころか、満足そうな笑みを浮かべると、雪の降りしきる夜の町へ、歩き出しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます