第4話 双子の兄、弟の友達に心配される
「いいか? くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も! 絶っ対に、粗相するなよ!」
ここに来るまでにグレイに何度念押しされたかわからない『失礼がないように』という言葉。
俺は、グレイ、メリッサと並んで王城の長い廊下を歩きながら、ずらりと並んだ窓から見える夕焼けに目を細めた。
王城に入るからと猟銃を魔術学校の学生寮に置いてきたせいで肩が寂しい。だいぶ心細い。
「大丈夫だよ。僕を誰だと思っていやがる? 全部上手くやるさ」
「お前だから心配なんだ。ほんとに奇跡なんだからな。トーリが帰ってきたって連絡入れたその日に会ってくれるなんて」
「女神アテナの地上代理が、だろ?」
「女神アテナの地上代理様が、だ」
「ま。どんな理由があったにせよ、約束してた式典とやらをすっぽかしたのは僕の非だ。ちゃんと悪いと思ってるさ。せいぜい心を込めて謝罪させていただくよ」
昼間、弟の親友二人と合流した俺は、授業にも出ずに二人とあれこれ話したおかげで大体の事情を把握していた。
トーリの奴が俺に黙っていた『世界の危機』だって割と理解している。
だから――わがままトーリの真似をしていながら――素直に王城からの呼び出しに応えたのだ。さしものトーリ・オズロだって、こういう時は頭を下げると俺は知っているから。
王都アガイアの北にそびえるアガイア城。
平地に大きく隆起した岩山の上に建てられたその巨大な城は、まさしくこの国の豊かさと歴史を象徴するにふさわしい美麗なる巨大建造物だった。
五十万の人口を擁する広大な城下町のどこからでも城の白壁と青屋根が見え、正午になれば大きな時計塔が街に鐘の音を響かせる。
石畳の街道を馬車で進んできた人間は、王都アガイアに近付くにつれて、まずは美しきアガイア城の存在に気付くことになるだろう。俺もそうだった。
そして話し好きな馬車の御者からこんな話を聞くのである。
――あそこに見えるアガイア城には君主様が二人いらっしゃるんですよ――と。
一人は、二百年前に崩御した哲人王エドガー一世以来の賢王と称えられ、戦争なしに国を富ませた臆病王ジークムント四世。
もう一人は、知恵と勝利の女神アテナの恩恵を持って生まれたアシュレイという名の十七歳。
「にしても、僕らと同世代がこんなデカい城のてっぺんに住んでるとはね」
「当たり前だろう。恩恵持ち様だぞ」
「恩恵持ち……恩恵持ち、ねえ…………まあ、アテナの恩恵持ちなら、まだいいか」
「まだいい?」
「べっつにぃ。こっちの話。実家に帰ってた時にちょっとな」
恩恵持ち。
現人神。
愛され子。
神意の執行者。
神の地上代理。
オリュンポスの風を受けた者。
呼び名はいくつもあるが、この世界には、オリュンポスの神々に直接力を授けられた人間が少数いる。
彼ら彼女らは魔術とは別の強大な異能を有し、ある者は帝国の皇帝として、ある者は王と同列に並ぶ存在として、ある者は教会を治める者として、ある者は闘技場の絶対王者として、ある者はただの旅人として世界に君臨するのだ。
それぐらいは常識として俺も知っていた。
多分、今は十人かそこら。
複数の神が一人の人間に恩恵を集めることはなく、とある神が同時代の人間複数に恩恵を与えることもない。
一人の人間に一柱の神の恩恵。
だからこそ、『恩恵持ち様』はその神の地上代理者として丁重に取り扱われるのだった。その神と同等の信仰だって集めるのだった。
「あ~~~緊張するぅ。ていうかあたしら、アシュレイ様に何言われるかな?」
「わからないな。いきなりの死刑宣告はないだろうが……こっちにはトーリがいるしな……」
「多分……絶対、怒られはするよね?」
「するだろうな。ただでさえ印象最悪、相性最悪だというのに、この馬鹿魔王がまた無礼を働いたんだ。さすがに今回はお小言じゃあ済まんだろうよ」
トーリから聞いたことはなかったが、グレイとメリッサの話しぶりからすると、トーリは女神アテナの恩恵持ち――アシュレイ様――と面識があるらしかった。それも因縁付きの、だ。
……トーリめ、負い目があるから帰省した時に俺に言わなかったな……そう思った。
あのおしゃべりが俺に自慢しなかったということは、そういうことだ。言いにくい何かをやったのだ。
「とにかく、だ。とにかく平謝りだからなトーリ」
「わかってるって。あとは僕がなんとかしてやるから、二人は後ろで胸を張ってりゃあいい」
王族に仕える宮廷メイドが案内役として俺たちの数歩前を静かに歩いていた。
そんな彼女が「――この先でアシュレイ様がお待ちでございます」なんて深々頭を下げれば、ここは廊下の突き当たり。重厚な扉の放つ重たい空気が、俺たち三人を圧倒せんとした。
グレイがごくり……と生唾を呑み込み、メリッサの顔には必死な空笑いが貼り付いている。
俺を見たメリッサが震える声で言った。
「さすが。落ち着いてるじゃん」
「まあな」
嘘だ。落ち着いているわけがない。
トーリ・オズロを演じているから落ち着いているように見せないといけないだけで、内心は心臓を吐き出しそうなほどの緊張に襲われている。
俺は、制服ズボンのポケットに突っ込んだ両手を固く固く握り締めていた。
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