第2話 極めて繊細な任務

世界征服が終わった翌朝、俺は珍しく早起きした。

玉座の間の窓から差し込む光が、やけに眩しいな……。

昨日までの喧騒が嘘のように静まり返っている。

世界が俺のものになったからか空気が妙に美味い気がした。


……いや、そんなことより今日はやるべきことがある。


世界征服より難しいかもしれない極めて繊細な任務だ。


俺は深呼吸し玉座の間を出た。

廊下を歩くたびに兵士たちが緊張した顔で道を開ける。

昨日まで王だった男が今は俺の部下として書類を抱えて走り回っている。

世界は変わった。

だが、俺の目的は別にある。


ミラだ。


昨日まで、俺は彼女を“仲間”として扱っていた。

必要な時に必要な魔法を撃ってくれる便利な存在。

それ以上でも以下でもない。


そういう存在な……はずだった。


だが、世界征服が終わった瞬間、俺は気づいてしまった。


彼女という存在が妙に気になる。


魔王を倒す時も、国家を落とす時も、俺は一度も迷わなかった。

だが、ミラのことを考えると、胸の奥がざわつき逡巡する。


これは……なんだ?


わからない。

だが、わからないまま放置するのは性に合わない。


だから決めた。


ミラにアタックする。


ミラは中庭で魔法の調整をしていた。

朝日を浴びて、金色の髪がきらきらと光っている。

風に揺れるローブの裾が、やけに絵になる――。


俺はその姿を見て思わず立ち止まった。


……なんだ、この胸の高鳴りは。


昨日まで感じなかった感情が勝手に湧き上がってくる。

世界征服より厄介だ。


ミラがこちらに気づき手を振った。


「おはよう、レオン。珍しいわね、こんな時間に歩いてるなんて」


「おはよう。お前を探していた」


「え?私を?」


ミラが目を瞬かせる。

俺は歩み寄ると彼女の前に立った。


「ミラ、少し話がある」


「な、なに?また国を増やすとか言わないでよ?」


「違う。今日は世界の話じゃない」


「じゃあ何の話?」


「お前の話だ」


「……え?」


ミラの頬がわずかに赤くなる。

俺はその反応を見て、さらに踏み込んだ。


「ミラ、お前は俺のそばにいてくれた。魔王を倒す時も、世界を手に入れる時も。だから――」


言葉が喉で止まった。

世界征服より難しい。


だが、逃げるわけにはいかない。


「――お前が好きだ」


「っ……!」


ミラの顔が一気に真っ赤になった。

極大魔法の詠唱中に暴発した時よりも赤い。


「ちょ、ちょっと待って!レオン、今なんて……!」


「好きだと言った」


「いや、聞こえたけど!聞こえたけども!」


ミラは両手で顔を覆い、うろうろと歩き回る。


「なんで!?なんで急に!?昨日までそんな素振りなかったじゃない!」


「昨日までは気づかなかった。だが、世界征服が終わったら気づいた」


「世界征服のついでみたいに言わないで!」


「ついでではない。むしろ本命だ」


「本命って言われても困るのよ!」


ミラは完全に混乱しているようだ。

今が好機と俺はさらに距離を詰めた。


「ミラ、お前は俺の隣にいるべきだ」


「な、なんでそんな断言できるのよ……!」


「理由はわからん。だが、そう思った」


「理由もわからないのに迫らないで!?」


ミラは後ずさりし噴水の縁にぶつかった。

逃げ場のない場所を選んだのは正解だったようだ。


俺は手を伸ばし、ミラの肩に触れた。


「ミラ、俺のそばにいてくれ」


「ちょ、ちょっと……近い……!」


「近ければ近いほどいい」


「よくない!」


ミラは顔を真っ赤にしながら必死に視線を逸らす。

その反応が、妙に可愛い。


俺はさらに言葉を重ねた。


「ミラ、お前がいないと落ち着かない」


「落ち着かないって……三日で世界征服した人の言うことじゃないわよ……!」


「世界征服より、お前のほうが難しい」


「そんなこと言われても困るのよ!」


ミラは両手を胸の前でばたばたさせている。

完全にペースを乱している。


俺はその様子を見て確信した。


これは――悪くないんじゃないか。


そこへ、カイルが中庭に入ってきた。

書類の束を抱え疲れ切った顔をしている。


「レオン、今日の政務の確認を――って、何してるんだお前ら」


「ミラに告白している」


「即答するな!そして本当に何してるんだよ!?」


カイルは書類を落としそうになりながら叫んだ。


「レオン、お前……昨日までミラのことを“魔法担当”くらいにしか思ってなかっただろ……!」


「昨日まではそうだった」


「じゃあなんで今日いきなり告白してるんだよ!」


「気づいたからだ」


「気づいたって何にだよ!」


「ミラが可愛いという事実に」


「やめてぇぇぇぇぇぇぇ!!」


ミラが悲鳴を上げた。

顔が真っ赤すぎて魔法を暴発させそうだ。


カイルは頭を抱えた。


「レオン……頼むから、世界征服よりややこしいことを軽々しくやらないでくれ……!」


「難しいからやる」


「そういうところが問題なんだよ!」


ミラはまだ顔を覆ったまま震える声で言った。


「レオン……ちょっと……考える時間をちょうだい……」


「考える必要があるのか?」


「あるに決まってるでしょ!」


ミラは噴水の向こうへ逃げるように走っていった。

ローブが風に揺れ、金色の髪がきらめく。


俺はその背中を見送りながら静かに呟いた。


「……可愛いな」


「やめろって言ってるだろ!」


カイルが叫ぶ。

だが、俺の気持ちは揺らがない。


世界征服は終わった。

次はミラだ。


俺は拳を握りしめた。


「ミラを落とす。世界より難しいが、やる価値がある」


「やめてくれ……頼むから……!」


カイルの嘆きが中庭に響いた。


だが、俺はもう止まらない。


世界征服の次は――恋愛征服だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷静と情熱のあいだの勇者 茶電子素 @unitarte

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ