第9話 強くなりたいか?
そんなこんなで時間は進み、空に朱色が混じるようになっていた。良い子は自宅へ帰る時間である。
今日は休日ということもあり、昼間から入り浸っていたヒイロ君は勿論、彼の友達などがゾロゾロとやってきて、この駄菓子屋を賑わせていた。
⋯⋯といっても、その大半は駄菓子など買わずにカードバトルばかりをしているわけだが。
「ルミアルダの姉ちゃん、またなー!」
「今日のところは見逃してあげるわ!また相手になってあげるわ!」
あれからルミアルダは、ヒイロ君やその友達らに混じってファイトを繰り返していたが、戦績は芳しくない様子。少なくとも横目で見た感じだと、ヒイロ君には全敗だった。
しかしそこで腐ることなく、帰っていくヒイロ君へ向けて威勢よく負けゼリフを吐けるくらいには元気だから、落ち込んでいる様子は無さそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「小学生の相手、お疲れ様。ルミアルダさんには助けられちゃったよ」
「む、そんな大層なことはしていない。私はただ遊びに興じていただけだ。感謝される謂れはない」
「そうかそうか。ただそれはそれとして⋯⋯」
改めて、チラリと掛け時計を見て。
それからルミアルダの方を見るが⋯⋯。
(⋯⋯いつ帰るんだろう)
小学生らは帰っていったが、ルミアルダは変わらずその場に留まっている。⋯⋯厳密には、先程から何かを言いたそうにソワソワとしている様子を覗かせているのだ。
一応閉店時間には至っていないが、別にファイトをするわけでも、ましてお菓子を買うわけでもない。ただ来客用の椅子に座っているだけ。
そして『どうしようかな、言おうかな』といわんばかりに、チラチラとこちらを見てくるのだ。気にするなと言う方が無理だろう⋯⋯!
「えっと、ルミアルダさん。本日の宿泊場所は⋯⋯?」
限りなく穏便な雰囲気を心掛け、そう尋ねる。
すると彼女は申し訳なさそうな顔つきでおずおずと答えた。
「そのぉ⋯⋯実はシルフィーを追うために、先月『教育機関』を退所してな?」
「⋯⋯ほう」
「独立支援金を貰ってはいたのだが、土地勘がない故に、道に迷いつつタクシーやら宿泊を繰り返した結果⋯⋯」
ルミアルダは悲しげに目を伏して、一言。
「私の残金は580円しかないのだ⋯⋯。この金額で泊まれる場所は果たしてあるだろうか?」
「いや、ない」
思わず反語で返してしまったが、現実問題として不可能な金額だ。せめて一桁上であれば一泊くらいは可能だろうが。
そもそもの話、『教育機関』は主要都市である東京にしか存在しない。この町までは半日外出で来れないことはないが、現実的な距離ではない。
つまり⋯⋯合法的に脱走してきたに近いのだ。
「⋯⋯教育機関に戻れば? 多分保護してくれるよ?」
「盛大に見送りをしてもらった手前、持ち金がなくなったからと帰っては、正直合わせる顔がない」
まぁ、恥ではあるな。もう手遅れ感がでてるけど。
「はぁ⋯⋯。帰れる目処が立たない旅に、よく出ようと思ったね」
「教育機関にいたのではシルフィー探しが一向に進まないのだから仕方ない。それに会えされすればトントン拍子に事が進むと思っていたのだ」
なんと無計画なんだとは思うが、現に最後の最後でこうして『アタリ』を引き当てているのだから、その運命力は侮れない。
一番の破綻要因さえなければ。
「なぜだ⋯⋯なぜ私のもとに帰ってきてくれないのだ、シルフィー⋯⋯」
ルミアルダは再び卓上の『聖光の白銀龍』へと呼びかけているが、頑なに態度を変えないらしく、相変わらず返答が非常にしょっぱい様子が伺えた。
「⋯⋯仕方ない。諸々の手続きは進めておくから、今日は近くのビジネスホテルに泊まりな?」
「なにっ、580円で泊まれるところがあるのか!?」
「そんな訳ないだろう。しばらくは色々俺持ちだ。追々返してもらうから安心しろ」
少しだけ顔に影が差すが、流石に致し方ないとルミアルダは目を伏せる。
「だが、私には返すあてなど⋯⋯。未熟ではあるが、身体を差し出すしか」
「あーもう、そういうのは良いから。万が一、手を出したら俺が司法に処される」
「む⋯⋯」
無理矢理教育機関に引き渡したとて抵抗をされそうだし⋯⋯まぁ、落とし所としては妥当なところだろう。
それに正直、色々と『引っかかる』ところがあるしな。
「じゃあ方針は決まったな。特になければ今日の宿泊場所まで連れて行くよ」
少し早いが店を閉めようとしたその時。
ルミアルダが頭を下げてきた。
「今日は⋯⋯沢山の迷惑を掛けた。ユウト殿がシルフィーを捕らえていると思い、気が逸ってしまった。本当に申し訳なかった」
「別に良いよ。異邦人ってだけでも大変だろうし、君がこのカードに掛ける熱量も見れたからさ」
「⋯⋯ありがとう」
事実として、ルミアルダは『聖光の白銀龍』と対話を成立させていた。それは彼女が言うことに嘘偽りがないことの証明でもあるし、カードとの絆の表れでもあるのだ。
「俺はいつでも君の挑戦を待っている。いつか本当の実力を持って、このカードを奪還しに来てくれ」
「あぁ⋯⋯ありがとう⋯⋯!」
事情が事情なのは分かったが、ことカードゲームに於いては決して手を抜かない。これが俺の性分だから。
⋯⋯俺自身が言うのも何だが、険しい道のりとなるだろう。
しかし彼女なら、いつか俺に勝ってくれる。
それがいつのことになるかは不明だが、そう思わせてくれる気がした。
何せ彼女の目は既に『
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