第6話 イリーガルカード
────バチィッ!!
ルミアルダがカードに触れようとした瞬間、青い火花が飛び散った。
それはまるで接触を妨げる、拒絶の意思そのもののようであった。
「何故だシルフィー、何故私を拒む!」
青白い火花に阻まれども、何度も『聖光の白銀龍』のカードへとルミアルダは接触を試みた。
しかしその願いは叶わず、何度臨もうとも同じ答えばかりが返ってくる。
⋯⋯この光景を見ていると、あまりにもいたたまれないというか。カードを持っていることに対する罪悪感が少しだけ湧いてきた。
『聖光の白銀龍』が本当に彼女と縁のあるイリーガルカードであるとするならば、こんなに奮闘せずとも手に入るはず。
しかし一向にカード側がルミアルダを拒絶するということは、真の所持者ではないと暗に示しているようなもの⋯⋯というか今の所有者は俺だしなぁ。
────バチィッ!!
そうしてかれこれ5回目の火花を散らした頃に、流石にこれ以上は見ていられないとストップをかけた。
「このままじゃ埒が明かない。そもそも『声』は聞こえているのか?」
「⋯⋯⋯⋯声?」
ルミアルダは苛立ちを含みつつも、訝しむような顔つきで言う。
「貴殿は何を言っているのだ。これはカードだぞ。声など発することなどできるわけないだろう」
⋯⋯仰有るとおりだと思います。
カードから声が聞こえる、なんて突然言い出そうものなら、頭にアルミホイルを巻いた方が良いと普通は助言される。俺だって普通そうする。
そう、普通のカードなら。
「これはイリーガルカードなんだ。それも、これ1枚で並大抵のファイターは蹴散らせるほど強力な」
「当然だ。わが相棒のシルフィーなのだからな!」
「⋯⋯そういうカードは大抵自我を持っているもんだ。お前もこのカードの中に相棒が『いる』から、こうしてここまで追いかけて来たんだろう?」
すると何か気付きを得たのか、ハッとしたような表情を覗かせた後、ルミアルダは片膝を床に付けて、両手の平を重ねた。
それはまるで、カードに対して祈りを捧げ得ているかのようにも見え、ともすれば神々しさを感じさせる絵のように感じられる程。
「護國の翼竜シルフィー・アストレアよ。聖女ルミアルダ・アストレアの名において、どうか我が呼びかけに応えて欲しい。遥か遠き此地にて再びまみえた奇跡への感謝を主神へ捧げると共に──⋯⋯」
どうやら真剣に祈りを捧げているようで、周りの人目をはばかることなく、一心不乱に口上を述べ始める。
⋯⋯一応まだ営業時間中なんだがな、この店。
「なぁ兄ちゃん。『イリーガルカード』ってなに?」
「学校で習わなかったのか?」
「言葉だけなら知ってるよ。けど実物を見るのは初めてなんだよね!」
それもそうか、と納得する。
全国大会では出場者の大半が最低一枚握っているから失念していたが、経験の差故か小学生は見る機会が少ないか。
「イリーガルカードは直訳すると『非正規カード』⋯⋯文字通り正規流通しているカードとは異なるカードだ」
「でも大会で使えるんでしょ?」
「紙の大会限定だけどね。入手経路が非正規であれ、アストラルカードであると認識されれば、大会でも使用可能なんだ」
大会出場前にカードチェックが入るのだが、その際に本物か否かを選別するのだそうだ。だからお手製の『オリジナルカード』は通用しない。
「イリーガルと銘打ってはいるが、正規カードとして扱われる。しかもそれらは基本的に世界で一枚だけ⋯⋯入手した本人しか持ち得ないカードなんだ」
「ふーん⋯⋯。で、どうやったらゲットできるの?」
「⋯⋯その辺の道で拾ったりとか、市販のパックを剥いたら混入してたりとか」
「えぇ⋯⋯?」
信じられないものを見るかのような視線を向けてくるが、これがまた真実なのである。
現に俺なんかは、気が付いたらデッキに混入していた始末だ。ファイト中に気が付いた時は気が気じゃなかったぞ。
「入手経路は様々だが、どれも共通して言えることがある。それは⋯⋯イリーガルカードは持ち主以外が使用することが出来ないということだ」
「そっか! だからあのお姉ちゃんはカードに触れないんだね!」
「そういうことだ。まぁ裏を返せば『自分専用カード』って表せるな」
何故そんなことが?と言われたら、それがこの世界の法則だから⋯⋯としか言いようがない。
「⋯⋯それが自分の適性に合ったカードなら、良かったんだけどなぁ」
「??」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なんですかシルフィー! 仮にも相棒に向かってその言い草はないでしょう!!」
祈祷を始めてから10分程度経過した頃。ルミアルダは突然大きな声をあげ、憤るようにしてその場を立ち上がった。
「いいですか! 私とあなたは一心同体! いつだってどんな苦境も一緒に乗り越えてきたでしょう!!」
「⋯⋯」
「それとこれとは話が別ですって? そうやって私の言うことを聞き流そうとしていませんか!?」
「⋯⋯」
目の前にいるのは、卓上にて鎮座するレアカードに対して慟哭する、正体不明の異邦人ルミアルダ・アストレア。何も知らない人からすれば、おかしな光景にしか見えない。
⋯⋯このままではカードに飛び掛ってしまいそうな勢いであったため、とりあえず一旦間に割り込むことに。
「えっと、無事に会話ができたのかい?」
おそるおそる尋ねてみると、やや鼻息を荒くした様子で眉間にシワを寄せていた。
「⋯⋯ユウト殿。まずはシルフィーを今まで預かって頂いていたこと、本当に感謝申し上げる。貴殿が保護してくれていたお陰で、魔に堕ちることを避けられました」
「お、おう⋯⋯。というかなんで俺の名前を?」
「今しがたシルフィーより聞きました。併せて、貴殿を盗人扱いしてしまったことをお詫び申し上げたい」
公的大会に出る際は『マイガン』というプレイヤーネームで出場しているから、プライベートの繋がりがない限り、俺の本名は知り得ない筈。
となると本当にこの彼女は『聖光の白銀龍』と対話できたということだろう。
「誤解が解けたならそれで良いよ。会えて良かったね」
「えぇ、まぁ⋯⋯。しかし依然として私ではこのカードに触れることがままならない訳で」
ルミアルダは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて呟いた。
「彼女曰く、『ルミアルダは弱いから戻りたくない』⋯⋯だそうだ」
⋯⋯ほーん?
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