第5話 異邦人 ルミアルダ・アストレア

〜 10分後 〜




「『竜魔人ドラゴウィザード』でラストアタックで」


「うわぁぁぁぁぁぁ!!」



⋯⋯随分と威勢よく挑まれたものの、勝負は呆気なくついてしまった。

結果は圧勝。辻斬り(?)相手に一方的な盤面制圧をして、何もさせることなく決着が付いた。


「嘘だ⋯⋯そんな⋯⋯」


信じられないものをみるかのように、ファイトテーブルに広げた自身のデッキカードを掻き集める。余程思い入れがあったのだろうか?



それにしても⋯⋯。


「なぁ兄ちゃん。本当にこのお姉ちゃんが辻斬りの犯人なのかな。随分と弱かったけど」

「よ、よわ⋯⋯っ!?」


一連のやりとりを横で見ていたヒイロ君が口を挟む。

あまりにも失礼な物言いではあるが⋯⋯こればかりは挟みたくなるのも当然のこと。なにせ恐らくヒイロ君でさえ余裕綽々で勝ててしまうほどの実力しか、目の前にいる彼女は有していなかったのだから。


そんな残酷な事実を突きつけられた当の本人は、どこか瞳を潤ませていた。辻斬り行為は褒められたものではないし、彼女の事情は分からないが、少しだけ可哀想にも思える。


⋯⋯しょうがない、これも人助けか。



「なぁ、君。そのデッキはどこで手に入れたんだい?」

「⋯⋯カードは拾った」

「あー、なるほどね」


チラリと彼女が持つデッキを見てみると、どれも傷が入ったカードばかりで構成されていた。ファイト中もカードスリーブに入っていないことが気になっていたが、そういう理由だったのか。


「この世界ではカードを用いて物事の優劣を決めることが多いと寮長殿が言っていた。だから私は強く生きるためにも、半日外出の度にカードをコツコツ拾って集めたというのに⋯⋯」

「いや、テーマや種族がバラバラだからね。強いカードだけを入れるだけがカードゲームの醍醐味じゃないから」


彼女が場に出していたカードは、パワー値が高いだけの無能力モンスターばかりであった。確かに20年ほど前の環境であれば通用したかもしれないが、現代の高速化を果たしたバトルには適していない。

まぁ、初心者がやりがちなミスの1つだな。



それはともかくとして。

『この世界』という言葉を用いるということは⋯⋯。


「もしかして君は、この世界の人間じゃないとか?」


そう尋ねると、目の前の彼女は静かに頷いた。


「私の名前はルミアルダ・アストレア。この世界とは歴史も文化も異なる地よりやってきた」

「えっ、じゃあもしかしてお姉ちゃんって『異邦人』ってこと!?」


途端に目をキラキラとさせて、やや興奮気味にヒイロ君は話題に食いつく。

かくいう自分も内心驚きを隠せてはいない──学校の授業で聞いていた存在と、一生のうちに本当に邂逅することになるとは露ほど思っていなかったからだ。



「『異邦人』⋯⋯確か私のような存在をそう呼んでいるそうだな」


異邦人──それは時空の歪が発生することによって、本来繋がるはずのない異世界と空間が繋がり、こちらの世界に魂が迷い込んでしまった存在を指し示す。より俗的な言い回しをするならば異世界転移だ。


「私は元いた世界で⋯⋯恐らく悪魔ディアボロスとの戦いの果てに亡くなった。次に目を覚ました時には、この地に降り立っていたのだ」

「悪魔⋯⋯なんか本当にファンタジーって感じがするなぁ」

「貴殿らにとっては夢物語に聞こえるかもしれないが、私達は常に死と隣合せで生きていて、生存競争に身を削っていたのだ」


彼女がぼやくように言ったその内容から、なんとなく彼女の身なりにも納得がいった。


最初彼女をみた時、小汚い印象を受けた。

しかし彼女が異邦人であるとするならば、おそらく今も『異邦人教育機関』へ通っている最中なのだろう。ならば生活の質を整えるのには時間を要する筈だ。


それに人によっては、転移前と文化レベルの差から汚れとも認識していないケースもあるのだとか。問題なく外出が出来ているところから、そこまで大きく逸脱した常識を備えているとは思えないが。




「⋯⋯で、なんだっけ。シルフィーとやらを探しているんだって?」


その問いかけをするや否や、ルミアルダは即座に顔を上げ、食いかかるようにしてこちらを見てきた。


「そうだ! 貴殿が何故『シルフィー』を持っているのだ!」

「⋯⋯全然心当たりがないんだけど」

「とぼけるな! 忘れもしない⋯⋯あの会場で見せた白銀の鱗に覆われた気高き翼竜は、まさしくシルフィーだった!」



白銀の鱗────そう言われてピンときた。


「もしかして、このカードのことか?」


まさしく今使っていたデッキの中から、1枚だけカードを取り出して絵面を見せる。そこに描かれているのはルミアルダが言う通り、白銀の鱗に身を包んだ、高貴な雰囲気を纏った異質な翼竜──『聖光の白銀龍』だ。


そしてこれは、世界に1枚しかない『イリーガルカード』でもある。



「そ、そうだ。まさしくそのカードこそが私の探していた『シルフィー』だ。⋯⋯やはり貴殿が持っていたのか」


対するルミアルダは目当てのカードが見つかったことに安堵をしたのか、少し教育に悪いような恍惚な笑みを浮かべていた。


「しかしなぜ貴殿がそれを⋯⋯いや、どうしてシルフィーがカードなんかに⋯⋯」

「知らん。このカードは俺にもさっぱり分からないんだわ」

「なっ!? 貴殿が保有しているのだから、何らかの経緯をもって入手したのだろう?」


彼女の問いは最もだ。

カードパックを開けるなり、交換するなり、ショップで購入するなり⋯⋯本来であればそういう正規の入手手段があって然るべきだ。


しかし、このカードは『イリーガルカード』。

そんな常識は一切通用しない。


「⋯⋯このカードは、気が付いたら俺のデッキに入っていた。そして決して他人への譲渡が叶わない」

「どういうことだ?」

「まぁ、触れば分かるさ」



お望み通り『聖光の白銀龍』もといシルフィーのカードをファイトテーブルに置くと、すかさずルミアルダが手を伸ばす。

念願の、目当てのカードへ触れようとしたその時───。



───バチィッ!!



青白い火花をあげて、カードがルミアルダの接触を拒んだのであった。

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