第2話 エピローグ(後半)
胴体に赤い一閃が入ると共に、その影が二つに分かたれた。
それが示すことはただ一つ。
「シルフィー!!」
相棒が、切られた。
しかも一撃を持って。
長命を持つドラゴンといえど、その半身を失えばいずれ絶命する。人類といえどルミアルダでもそれは分かる。
しかし、シルフィーから届く暖かい気持ちは、今も尚途絶えることは無かった。
死に瀕した今際の際だというのに、主人であるルミアルダを想っているのだ。言葉は通じなくても、その気持ちは嫌でもわかる。
「あぁ⋯⋯共に駆けた空は心地よかったよ」
シルフィーはただ死を待つだけの存在ではない。
敢えて先に主人であるルミアルダを振り落としたのは、そのための布石だったのだ。
「ありがとう。お前のことは決して忘れない」
想い出に浸るような場ではないが、それでも瞬間的にシルフィーと過ごした日々の場面が、ルミアルダの脳裏をよぎっていく。
(良き友として私は居られただろうか。いつか、お互い生まれ変わったら、こんどこそは⋯⋯)
両断されたシルフィーの身体から、まばゆい光が迸る。
ディアボロスもシルフィーが遺した何かに警戒してか、黒霧を纏って防御姿勢を構えようとして。
「させるかっ!」
黒霧で事象を歪めようとするディアボロスへ、聖剣ブリューナクを投擲する。
自前の時間操作魔法を最大限込めたその剣は、外部から如何なる干渉も許さない⋯⋯故に事象は結果へと直接的に結び付く。
『ぐぶっ!!』
黒霧ごと、ディアボロスの胸を貫いた。
そしてすかさず、残った魔力を用いて、全力で防御結界を展開する。
落下するルミアルダ自身に対してではなく⋯⋯シルフィーとディアボロスを球状に囲うようにして。
「爆ぜろ、その檻の中で」
聖女としての結界術。そしてアストレア家の時間操作魔法。ディアボロスを捕らえるためだけに作り上げ、緻密に編み込んだ魔法術。
今ここで、ドラゴンがその命をかけて放つとされる究極魔法──アトミックブラストを確実に直撃させるために、全ての魔力を注ぎ込む。
「シルフィィィィィィィィー!!!」
『クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
結界越しでも分かるほど、その一点から眩い光が溢れ出して⋯⋯⋯⋯。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「⋯⋯⋯⋯えっ?」
シルフィーから眩い光が溢れ出して⋯⋯その次にルミアルダの眼前に飛び込んできた光景は、これ以上なく異質なものであった。
「ここは⋯⋯どこ?」
ルミアルダの周りには、ヒト族らしき生物が溢れかえっていた。ヒト族と断言できないのは、これまでルミアルダが培ってきた常識から大きく逸脱したような、露出度の高いヒト族が点在していたからだ。
「いや、それ以外もだ。装飾の流行がまるで違う⋯⋯ここは異国なのか?」
僅かに感じる肌寒さから、恐らく今の気候は冬なのだろう。騎士であれば甲冑を着込むか、動物の皮を鞣した衣服を身に纏い、屋外であれど暖を取れるようにしていた。
となれば必然と着太りして動きづらい格好になるはずだが、ここに集うヒト族はそれとは異なる。
彼らなりの厚着をしてはいるのだろうが⋯⋯それにしてもルミアルダには十分薄着に見えた。
(一人ひとりが熱魔法を習得している? しかし魔力の流れは一切感じられないが)
「ちょっとお姉さん」
そう思案していた彼女の背後から、何者かから声を掛けられた。
これまで目にしていた薄着のヒト族とは異なり、紺色で統一されたカッチリとした衣服を纏っている。まるで衛兵が身に着けている正装のように⋯⋯。
「⋯⋯な、なにか?」
「お姉さんさぁ、困るんだよね。人の動線上に待機列を作られるとさぁ。ちゃんと持ち場申請してる?」
「た、待機列?」
「だってお姉さん、コスプレイヤーでしょ?」
ほら、と衛兵がジェスチャーで伝えた先にいたのは、いつの間にか築き上げられていたヒト族の軍勢──それも皆、ルミアルダへと視線を向けていた。
「もしかして、聖女コス!?」
「うおっ、レベルたけ〜。海外の人かな」
「あれ、でもこんなキャラクターいたっけ」
「というかちょっと際どくて⋯⋯あれ本当に大丈夫か?」
彼女の取り囲むようにして、どこか鼻息を荒くさせているヒト族へ抱いた感情は──恐怖そのものであった。
「お姉さん、もしかして野良の人? ルール守ってもらわないと困るんだよね」
「わ、私は⋯⋯」
そして衛兵から向けられるその視線もまた、敵性の有無を見定めるような鋭いものであった。
「ともかく退去してもらうから。君も早く更衣室で普段着に着替えてもらって────」
────ルミアルダは、その場を逃げ出した。
背後から何かを叫ぶような声が聞こえたが、それをいちいち聞き解いている余裕はない。
一刻でも早くその場を立ち去りたい。その一心で地面を蹴る足へと力を込める。
「ハァッ、ハァッ⋯⋯」
しかしその身体は酷く重そうなものであった。
それもその筈。彼女は今、魔法が使えないから。
(師匠から習った魔法も、誇り高い血統魔法も⋯⋯)
今の自分には何もない。
無力感でその胸を締め付けるには十分すぎる事実であった。
それでもルミアルダは、人混みを掻き分けるようにして前に進む。
少しでも人が多い場所に紛れ込めば、追っ手を巻くことが出来るはず。それに聖女たるもの、こうしてヒト族が集結している理由を知らなくてはならない。
(一体何の策謀で、こんなヒト族を集めた集会をやっているのか⋯⋯それを解明しなければ)
そうしてたどり着いた先にあったのは────まるで船一隻分が丸々入ってしまうような、大きな空間であった。
半円状の大部屋だろうか。まるで中央の舞台を囲むようにして、多くのヒト族が部屋の円周に沿って隙間なく詰まっている。
「ここはいったい⋯⋯何かの儀式か?」
この集団のリーダーだろうか。中央の舞台には2人のヒト族が立っていた。そしてそこでは、半透明な魔物を使役している。指示を出しているのだろうか?
『さぁさぁ、ファイトも終盤! この怒涛の展開をりょ~サンは凌ぎ切ることが出来るのか!?』
──突然、耳をつんざくような大声が、大部屋中に響き渡る。ルミアルダは驚いて少しだけ飛び跳ねてしまう。
実害はないようだと判断し、改めて中央の舞台へと意識を向けると⋯⋯そこでは目を疑う光景が広がっていた。
「ケモノ族とヒト族が争っている!? そんな馬鹿な」
彼らケモノ族は非常に温厚な生き物。自分たちのテリトリーや家族を踏みにじられた時以外しか、その獰猛な牙を表に出さないことで有名であった。
更に、ヒト族とは祓魔のために同盟を結んでいた。そうそう破られる盟約ではないはずだ。
「いや⋯⋯あれは実物ではない。魔力を使った分身のようなものだろうか」
となればある程度は納得出来るが⋯⋯いったい何が────。
『──おおっと、ここでマイガンが繰り出したのは、今大会で暴れ回っているイリーガルカード『聖光の白銀龍』だー!!』
ルミアルダは、今一度目を見開いた。
今日一番、信じることが出来ない光景が、目の前に広がっていたから。
「なん⋯⋯で⋯⋯」
半透明なヒト族の軍勢の中に、1体のドラゴンが降臨した。
その体表を護る白銀の鱗や、鋼鉄さえも噛み砕く強靭な顎⋯⋯そしてまるで靭やかな絹のような優雅な立ち振る舞いに──見覚えがあったから。
「シルフィー⋯⋯どうしてあなたがそこに⋯⋯」
聖女ルミアルダの小さな嘆きは、すぐに会場の歓声に揉み消されてしまうのであった。
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