第3話 伝説のはじまり

『──会場の皆様、おまたせしましたー!!』



満員となった会場の中で、MC『ハマヂー』の声が大きく反響する。

まるで音響機材がそのまま事切れてしまうのではないかと錯覚するほどの大音量に、思わず少し仰け反ってしまう。


それもそのはず。

世界規模で展開されているカードゲーム《アストラル・リンク》の日本大会。これはその決勝戦なのだから。



『ついに!ついについについに!! 今宵、日本最強の高校生ファイターが決定する!!』


「「「「「 ウォォォォォォォ!!! 」」」」」


会場にいる観客からも負けじと歓声が湧き上がる。

まるで怒号──これから始まる闘技を前に興奮を隠しきれない、そんな遺伝子の奥深くから刻み込まれているような、まるで本能からの産声。



会場が、揺れる。

空気が、震える。


これから迎える熱気を、その身1つで受け止める。

むせ返るようなその空気は、まさしく人力蒸気機関のよう。それほどまでにここにいる皆が熱気に当てられているのだ。


勿論、そんな気持ちが分からない訳がない。

声こそあげないものの⋯⋯俺の心も静かに燃えているのだから。




『アストラル・チャンピオンシップ2035─高校生の部⋯⋯決勝戦の舞台に上がるのは、この2人だぁ!!』


パッと、俺の向かい側に光が差す。

そこに照らし出されているのは⋯⋯。


『まずはAブロック代表!! 紅蓮に咲いた徒花は、相手の鮮血でしか潤せない────血の滴る良いオンナ、血闘淑女【りょ~サン】!!』


名を呼ばれ、会場中央に位置する舞台へと階段で昇る。

その足取りは、決して全方位から襲い掛かる観客からの『圧』に怯えたものではなかった。



そして彼女は舞台に上がると同時に、頭上三方向からの照明を浴びると共に、その華奢な細腕と共に拳を突き上げる。


「はろ〜! 本日最後の血祭り、みんなで楽しんでこ〜!!」


「「「「「 ウォォォォォォォ!!! 」」」」」



なんて物騒な売り言葉なんだと、まだ心の何処かで平静を保っている自我が、内心でツッコミを入れてしまう。


⋯⋯いや、確か彼女はゲームストリーマをやっていたはず。実質芸能人みたいなものだからそんなもんか。嫌でも印象に残るし。




『対するはBブロック代表! その手に握る拳銃は、相手が伏すまで鳴り止まない──八丁拳銃の申し子【マイガン】!!』


「「「「「 ウォォォォォォォ!!! 」」」」」


自分の足元を照らすと同時に、深夜テンションで考えたような、中二臭いポエムが会場中を響き渡る。

しかし会場の皆は興奮で脳神経の中枢をやられてしまっているのか、更にボルテージがあがっていく。


ビリビリと震える空気を肌で感じながら。

一歩、前へ。



(しかしまぁ⋯⋯こんなとこまで来ちゃうなんてな)


俺がカードゲーム『アストラル・リンク』を触り始めてから、もうかれこれ10年くらいは経つのだろうか。

その実、キチンとルールを理解してプレイし始めたのは5年くらい前な気もするが。


⋯⋯ともかく、このカードゲーム自体が30年以上の歴史を持つわけだから、謂わば俺なんかその歴史の端っこを齧っただけの若者に過ぎない。


好きで始めたこのカードゲーム。

趣味を突き詰めた道の先が──今俺が立っている場所だ。



青春らしい青春を、このアストラル・リンクに全て費やした。学生生活を部活やバイトに時間を充てず、カードへ触れ続けた自覚はある。


別に後悔はしていない。お陰でこうして夢の舞台に上がれているのだから。


だからこそだろうか。

誰にも負けたくない────俺にはコレしかないのだから。



「マイガン選手は本大会が公式試合初出場ながらにして、地方大会から負け無しで勝ち抜いてきた天才高校生です。勝ち筋を変幻自在に操り、状況に合わせた戦いが特徴的ですね」


解説席の『リコたろう』が小っ恥ずかしいコメントを入れてくれた。ありがたいけど、なんか改めて言われるのはクるものがあるな⋯⋯。


「対するりょ~サンは盤面制圧を得意とするデッキを多用します。先行を譲ることになれば、その牙城を崩すことが難しくなるでしょう」

「マイガン選手が後攻の場合、勝ち筋が薄いということでしょうか?」

「初手ハンドに妨害札をどれだけ所持しているかによりますね。展開をそのまま通した場合、自身の手番で着地狩りをされる可能性が高いです」


⋯⋯まぁ、概ね想定通りの総評だな。

ここまできたら出たとこ勝負だ。気負わずに行こう。




「──来たわねマイガン。あなたとの試合を楽しみにしてたわ」


俺が舞台に上がると同時に、りょ~サンは自身の声をマイクに乗せて語りかけてきた。


「どうも。えっと、あまり気の利いたことは言えませんが⋯⋯対戦宜しくお願いします」

「別に相手の顔色なんて気にする必要はないわ。これから殴るキレイな顔におべっかを使っても意味ないもの」


うーん、キャラクター像通りの乱暴なアドバイスだこと。

でも彼女の言う通り、ここは仲良しこよしをアピールする場所ではない。


俺はこの人を越えて立つんだ────表彰台のてっぺんに。

ならば相手との温度感にだって負けてたまるか!



「俺が一番強いことを証明するために⋯⋯押し通る!」

「よく吠えたァ!! ブッ【ピー】してやる!!」


傍から見れば醜い応酬。

それでも観客は、コレを求めていた。


争いが起こる火種を。

茹で上がるかのような空気を。

そして、酸欠を起こしてしまいそうな──爆発を。




これが両者共に準備完了の合図とみてか、MCハマヂーが負けじと声を張り、試合開始の音頭を取った。


『最後の決着まで目を離すなよ──準備は良いか、野郎ども!!』

「「「「「 ウォォォォォォォ!!! 」」」」」



『アストラル・リンク、コネクト!』


試合開始の掛け声が響き渡る。

それと同時に俺とりょ~サンは手札を手に取り、声高に叫ぶ。


「「 ブレイズアップ!! 」」



高校生最強を決める戦いの幕は、轟音を鳴らしながら上がった────。




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