滅魔の聖女は、現代カードゲームで気持ちよくなりたい!

しろいの/一番搾り

第1話 エピローグ(前編)

────世は、星間戦争時代。


この世界の⋯⋯いや、この宇宙に住む生物が皆、生存競争に勝つために、惑星を越えて戦う時代。



ヒト族が多種多様な形をもつ生命体が確認できたのは、異型が宙から降りてきたのが始まりであったことは教科書にさえ書かれている。


それからヒト族は『異型』とどう向き合うかを問われ続け、今に至る。そして尚も結論は出ていない。



「──聖女様。東の空にて空間湾曲を確認しました」

「えぇ。私の方でも今しがた認知しました」


故に、ヒト族は常に生命の危機に瀕していた。

強靭な鱗も無ければ、鋭利な爪を持ち合わせていない。

巨人の吐息を間近で受ければ、その軽い身体が塵芥のごとく吹き飛ばされてしまう。


だがしかし、それでもヒト族は研鑽を重ねた。

決してそれまで停滞し続けていた訳では無いが⋯⋯異型の存在が推進剤となったのは言わずもがな。


その結果、得た力が────。



「──今すぐ出るわ。嫌な臭いがするもの」

「畏まりました。直ちに先遣隊を編成しまして⋯⋯」

「いや。私ひとりで十分」


科学の力に頼ることなく異変を感じ取った少女──『ルミアルダ・アストレア』は、物見のために高く建てられた塔の上層部から飛び出した。


「えっ、聖女様!?」


その階にある窓から。




(⋯⋯先遣隊を信じていない訳ではない。しかしこの悪寒は嫌な予感がする)


塔から身を放り投げ、重力に逆らうことなく自由落下をしながら聖女ルミアルダはそう思案する。

最悪の予想が的中すれば、相手はアストレア家にとっての宿敵であり⋯⋯ヒト族にとっての災害そのもの。


なればこそ、早期に叩かねばならない。

今度こそこの諸悪の根源を叩かねばならないのだから。



ピィぃぃぃぃぃー!


聖女ルミアルダが指笛を吹くと、どこからかバサリバサリと翼竜が飛んでくる。

全身を白銀の鱗で覆い、身の丈以上の翼を持つ生物──ヒト族はそんな存在をかつての創作物から引用し、『ドラゴン』と呼称した。


「ガゥゥウ!!」


威勢よく飛んできた翼竜もといドラゴンは、阿吽の呼吸で聖女ルミアルダの下に潜る。

そしてドラゴンの背に危なげなく跨がると、聖女はその背中に抱きついた。



「いい子ねシルフィー。向かうべき方角は分かるわよね?」

「ギャウ!」


勿論、と言わんばかりの勢いでドラゴンが返事をする。

そんな相棒の背を聖女が愛おしく撫でると、ドラゴンが更に青白く光りだす。


「加速魔法を掛けたわ。さぁ、向かいましょう!」




進化を重ねた結果──ヒト族は魔法を行使する術を得たのであった。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



『⋯⋯来ィたか』



地の底から聞こえてくるかのような低い声が、辺り一帯に響き渡る。

対象となる存在そのものはヒト族と同じ背格好をしているが⋯⋯その実は異なる。


『はァやくも聖女サマのお出ましとは、随ィ分と殊勝な生命体なんだなヒト族っていうのは』


全身が黒いモヤのようなもので覆われているが、その中にいる不気味な雰囲気は隠しきれていない。


かつてヒト族が火を得たその日から、その影に潜む者として語り継がれていた、伝説上の存在──。



「悪魔にそう言われても嬉しくないわね。その陰気臭い『黒霧』を払ってから言いなさい」

『くっくっく⋯⋯こォれは私達の鎧なのですよ。戦場ォの真ん中で裸になる者がどこにいるとお思ォいですか』



──悪魔『ディアボロス』。


闇に潜み空間を捻じ曲げ、因果を変えるとされる悪魔。



そんな奴と悠長に談合にて場を温める余地はない。

聖女ルミアルダは即座に腰に付けている聖剣ブリューナクを鞘から抜剣し、迷うことなく悪魔ディアボロスへと切りかかる。


「ぅらぁっ!!」


直線的な攻撃、されど亜光速で迸る斬撃波がドラゴンの背より放たれた。



『やァはり野蛮な生き物だ』


しかしディアボロスはその斬撃波を受け止めるべく、こともなく左手を突き出した。

そこに現れるは黒い板。光すら通さないそれは、純粋な黒と言える。


『君達の攻撃はァ届かない』


ディアボロスが生み出した黒い板は、異次元へ繋がる扉そのもの。

そこに吸い込まれれば最期、世界の果てにその身を飛ばしてしまうとされている。


⋯⋯が、しかし。



「もう、切った」


その黒い板の先にある、ディアボロスの左腕が──肘から指先にかけてが細切れになった。


『⋯⋯!?』



慢心していたとはいえ、無敵とされていたディアボロスのその身体へ傷を付けることが出来たことに、ルミアルダは内心興奮を隠すことが出来なかった。


かの悪魔は人の世に気まぐれで現れては、一頻り癇癪を起こしたかのように暴れちらかし、『遊び道具』を連れ去ってしまう⋯⋯そんな存在だ。


元がヒト族なのか、それとも本当に種族として大分されているのかは不明。

しかし常識からかけ離れた振る舞いは、本能的に遠ざけたくなるものばかり。


そんな邪智暴虐な概念に──傷を付けることが出来たのだ。ヒト族の悲願と言っても過言ではない。



『あァ⋯⋯そうかそうか。お前もとうとうその領域に至ったかァ』


自身の身体の一部を欠損したというのに、ディアボロスはどこか愉快そうに笑みを浮かべていた。

しかし不気味がって手を止める理由にはならない。ルミアルダは即座に二撃目の構えを取る。


『その剣とお前ェの魔法で、時ィ間を止める術を会得したなァ?』

「⋯⋯ッ!」

『その顔は図星かァ。そうかそうか⋯⋯流石ァ聖女と呼ばれェるだけはあるようだ』



気付かれたことに動揺した姿を悟られ、ルミアルダは顔を歪める。

これはアストレア家に代々伝わる血統魔法『時間操作』と、対象を遅行させる特性を持つ聖剣ブリューナクを掛け合わせた、対ディアボロスの切札だというのに。


「だが、手の内がバレたとて!」


気合を入れ直し、一撃目よりも更に強力な一振りを繰り出した。

その斬撃波はまたしても亜光速で放たれ、ディアボロスの胸へ到達し───。




『──慢心しィなければ良い。それだけだろう?』


次の瞬間、ディアボロスの声が背後から聞こえてきた。


「いつの間にっ!?」


即座に対応すべく身を反転させようとするが、足場としている相棒シルフィーが、その巨体を大きく捩らせるように暴れ出した。



ディアボロスを振り落とすためだろうか。

シルフィーは懸命に身体を揺らすが、悪魔はまるで足の裏が固着しているかのように動かない。


そして願い叶わず。


「あっ⋯⋯」


時が急にゆっくりと動き始めたと思ったその瞬間──シルフィーの背から先に振り落とされたのは、ルミアルダの方であった。



遥か下方にある地面を背に、遠ざかるシルフィーの姿へと手を伸ばす。

しかしその姿は一向にルミアルダの方へと駆け寄ることはなく⋯⋯。


『忠義ィ⋯⋯だなァ』


⋯⋯胴体に赤い一閃が入ると共に、その影が二つに分かれた。

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