第1話『妄想少女?』

 

 ファミレスの端。ポニーテールの、やけに赤髪が目立つ少女と俺は、向かい合わせに座り、ポテトに手を伸ばす。


『うん。相変わらず、ポテトは美味いな』


しっかりと味を噛み締めて、飲み込む。俺は口を閉じたまま、目の前の少女に脳内で語りかけた。


『当たり前のこと、言わないでくれる? 大体、律くんみたいな男が、一人でポテトを食べてること自体、中々の変人だから』


その言葉に、俺は苦笑する。他の人から見れば、確かに俺は一人で変人かもしれない。けれど、目の前にいる少女が、俺には見えている。


『酷い言いようだな……。ていうか、目の前に杏奈がいるし、俺はぼっちじゃないぞ?』


『はあ……、このくだり、何回目? 私は律の妄想で作られただけで、この世には実在しない。ポテトだって、こうして食べているのに、全く減ってないでしょ?』


最初、山盛りだったポテトに目を向けても、ほんの少ししか減っていない。彼女ーー杏奈が一本取って口に入れても、ポテトに変化はなかった。


『……まあ、いつも通りだな。ポテト、すぐに食べてしまう。少し待っててくれ』


冷えきったポテトを口に運ぶ。丁度良い塩加減で、あっという間になくなり、俺はレジで会計を済ませ、杏奈と外に出た。


「うっわ、寒っ……」


外に出てすぐ、冷たい風が全身を刺す。同時に夜空で星が輝いた。杏奈は、それに見向きもせず、言葉を吐き捨て、階段を降りていく。


『寒暖差が激しいだけ。家に帰り着く頃には、風邪を引いて寝込んでるんじゃない?』


『……前の俺がそうだったんだけど、皮肉?』


しかし、返答は来ず、俺も追うように階段を降りて、杏奈の隣に並んだ。にしても、本当に寒い。杏奈を見てみれば、別に何ともなさそうで、少し現実味がない彼女に、ショックを受けた。だが、彼女はあくまで、俺が生み出した妄想の少女。これが当たり前だ。


──ピッポ。ピピポッ。


その時、信号が青に切り替わり、音が鳴る。横断歩道を渡る途中、仲良く手を繋ぐ恋人たちの姿が、目に入った。


『……杏奈は、恋愛に興味はないのか?』


横断歩道を渡りきり、住宅街の歩道に出る。杏奈が問いかけに黙り込んだ後、ボソッと返答した。


『恋愛? ……別に』


『……ん、そっか』


どこか、ぎこちない空気だ。妄想少女と言えど、俺の意思を全て叶えてくれる訳ではない。彼女にも、彼女なりの意思がある。


俺は、スマホをポケットから取り出して、真っ赤な手で電源を入れる。寒さのせいか、上手く指を動かせず、結局時間帯だけ確認して、またポケットにしまった。


『……通知でも、来てたの?』


横から突然俺を覗き込む杏奈。いきなりの急接近に驚きつつ、平然を保つ。


『……いや、来てないが。今、何時かなと』


『……そう。なら、いいんだけど……』


『? うん』


何が良いのだろうか。言葉は発信せず、脳で留めた。そして、俺達は帰宅路を辿る。やがて、もう少しで、家に着きそうな時──


「……うっ、うぅ……」


一瞬風鈴が鳴ったような音が鳴り、視線を向けてみる。すると、そこには、ブランコに座り込み、顔を俯かせる桃髪の女がいた。


『……あの子、なんで泣いているの?』


「……さあ……?」


こんな夜の公園で、ただ一人。座り込んで泣いている。放っておける訳もなく、俺は公園に入り、少しずつ少女に近付くと、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、そのまま固まった。


「…………だ、大丈夫?」


「…………ぅ、え……?」


弱い風鈴の音。これは、彼女の声らしい。俺は首を傾げ、杏奈を見つめる。けれども、杏奈も首を傾げて、何も分からないまま。


どうしたものかと、言葉を選んでいると、少女は俺にこう問いかけた。


「……私のこと、見えてる……?」


「……え? うん、見えてるけど……?」


そんなことを聞くのは、幽霊ぐらい。俺はその可能性を覚悟して、言葉を返す。が、彼女はまた泣き出し、今度は俺に抱き付き、押し倒してきた。


「……うおっ……!?」


『……律くん!?』


砂のチクチクとした感触が、背後から伝わる。俺の胸には、杏奈が触れても感じられない重さが感じられた。そんな中、杏奈を見てみると、焦っているような、いても立ってもいられない表情を浮かべていた。


『ちょ、ちょっと……! 律くんから、離れて!』


いきなりそんなことを言い出す杏奈。俺は困惑しつつ、胸の上に手をついて起き上がる少女に意識を向ける。声がしたことによって、杏奈の存在に気付いたらしい。しかも、終いには──


「……あなたも、妄想少女なの?」


そんな台詞を言い出す。あなた「も」ということは、この少女も、妄想少女なのだろうか。だとすると、なぜ触れられるのか。


『……そう、だけど……?』


杏奈すらも混乱している。

何が何だか、分からなくなってきた。


「とりあえず、俺の部屋で、詳しいことは話さないか……?」


外に長居すれば親から怒られるし、流石に寒い。それに、人の目も気になる。俺は立ち上がって、二人を連れ、家に帰った後、部屋へ上がった。

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妄想少女は帰らない 詩羅リン @yossssskei

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