第2話 VS炎魔術の後

「炎撃たれる前に殴ったら勝てたわ」

「バカがいる」

「失礼な。脳筋という名の頭脳プレーだよ」

「脳って言葉が入ってれば頭脳プレーだと思ってる?」


 最強の魔術について議論した翌日、強化魔術が炎魔術よりも強いことを証明した郷里はニッコニコで家に帰ってきた。


「どうやって勝ったの?」

「当ててみろよとか言うから、とりあえず壊れない程度に鳩尾に全力で一撃かました」

「可哀想に……ジョークをジョークと分からない兄を相手にしたがばっかりに」

「でも意外と耐えてたんだよね」

「化け物かそいつ」

「評価が二転三転してるね」


 炎魔術師の敗因は油断していたこと……ではなく、郷里の前で最強を名乗ってしまったことだろう。無自覚だったかもしれないが、挑発してしまった時点で負けていた。


「で、なんか本気出そうとしてたから、本気出される前にもう一発かました」

「出させてあげなよ本気くらい」

「でも周りの被害とか考えてなさそうだったから……」

「どこで戦ったの?」

「学校のスタジアム」

「どうしてそう目立つ所で目立つことしちゃったの」

「それについては僕も後悔してる。でも向こうが目立ちたがりでさ」


 郷里の通う高校は魔術師を育てる高校で、決闘用のスタジアムや的当てのための標的なども完備されている。今回もそれを利用したのだが、当然ながら学校中の注目を集めることになってしまった。


「そういえば、観客はどっちが勝つかで賭けてたみたいなんだよね」

「賭けたの?」

「うん、そりゃ自分にね」

「何倍?」

「二十倍」

「私も呼んでくれれば良かったのに」

「危ないからダメ。倍率も下がっちゃうし」


 ちなみに郷里自身は、勝てば強化魔術の株も上がるし賭けでも儲かるからと、人前に立つのはあまり好きでは無い割に意外と乗り気だった。実際、財布一個が二十個に増えて返ってきたのでウハウハである。


「で、勝ったらさ、どうなったと思う?」

「ブーイングの嵐」

「もっと酷かったよ。誰も何も言わないの。炎魔術師の方は気絶しちゃってたから、仕方なく僕も静かに退場した」

「怖っ……って思ったけど、向こうからしたら兄が一番怖いか」

「僕ほど人畜無害な魔術師もそうそういないのに!」

「人畜無害……人や動物に対して害がないこと。(多く、皮肉や侮蔑の意を込めて)他に何の影響も及ぼさないような、平凡でとりえのない人」

「辞書読み上げるのやめて」

「虚偽の発言やめて」


 無論だが強化魔術の株は上がってなどいない。粗野で野蛮で危険な魔術だと学校中に知れ渡る結果になっていることを、郷里はまだ知らない。予想もしてない。何なら明日から皆が強化魔術師になってるいるとすら考えている。見通しが甘過ぎる。


「でも見る目のある人もいたんだよ!」

「目隠ししてた?」

「何も見えてないでしょそれだと。なんかね、英雄部とかいうわけのわからない部活に、部長さん直々に勧誘された!」

「何も見えてないでしょその人」

「見えちゃいけないものは見えてそうだった」


 意味不明な部活が許されるのはラノベやアニメの中だけだ。郷里は関わっちゃいけない相手だと即座に理解し、強化魔術をフル活用して逃走したのだった。


「入るの?」

「え?」

「部活、入るの?」

「入らないよ。今はバイト優先したいから」

「兄の趣味、無駄にお金かかるもんね」

「無駄とはなんだ無駄とは。実益は伴ってるはずだぞ」


 郷里の趣味は機械……それも魔力で動く機械、魔力機器弄りだ。里華が使っているパソコンも、郷里がパーツを集めて作った魔機なのだ。実益は伴っている。実益は。パーツがいちいち高価なので、やたら金がかかっているのだが。


 高校に上がるまではお小遣いを少しずつ貯めてやりくりしていたが、それで買えるものなどたかが知れている。両親は仕事で海外にいるのでお小遣いの増額や魔機そのものを強請るのも難しい。ゆえに、中学を卒業してすぐにバイトを始めたのだ。


「バイトといえば、困ったことに今働いてる所が悉く潰れちゃったんだよね。物理的に」

「物理的に??」

「不思議なことにね」

「不思議すぎるでしょ。何があったの」

「多分重力魔術か何かじゃないかな?」


 つい先日まで店だったものが辺り一面に散らばる光景には、流石の郷里も呆然となった。上から何かに潰されたようにぺしゃんこになっていたのだ。幸い誰もいない時間帯の犯行だったようで、怪我人はいなかった。


「……禁術?」

「法律で禁じられてるだけで、習得できないわけじゃないでしょ? 黒魔術師でもうろついてるのかもね」

「気をつけなよ?」

「強化魔術は最強だから負けないよ!」

「黒魔術師も殺したら罪に問われるから」

「あ、そっちか」


 禁術とはその名の通り、法律で教えるのも教わるのも禁じられた魔術のことだ。使った側は犯罪者……黒魔術師となるが、当然それは郷里がそいつらを殴っていい理由にはならない。間違いなく過剰防衛だ。


「でも力加減については心配しなくていいよ。今回の決闘の後、教室で前の席の人からも見直したって言われたから!」

「力加減のことで? というか見直されるような評価だったの?」

「まあね!」

「誇るな、恥じろ」

「でも褒められたし」

「真の節穴はそんな所にいたか」

郷華きょうかのことだよ?」

「郷華お姉ちゃんなのかよ。節穴とか言っちゃった、どうしよ」


 かつてはキレさせたらまずいとクラスメイトどころか教師からも遠巻きにされていた郷里も、少しくらいは成長しているのだ。今日殴った炎魔術師は、内臓出血くらいしていたかもしれないが。


 ちなみに郷華とは郷里の中学時代からの友人のことだ。名前が似ているからという雑な理由で、偶然同じクラスになった時から郷里にウザ絡みされている哀れな被害者でもある。


「とりあえず単発のバイトを片っ端から入れようかな」

「これなんてどう? 駅に置いてあるアタッシュケースを運ぶんだって」

「あからさまに闇バイトの類でしょそれ。どこから見つけてきたの?」

「『バイト 高給』で検索した」

「よしなさい」

「以後気をつける。人間は学習する生き物だと学習したから」

「学習の方向性が変な気がするけどとりあえずヨシ!」


 郷里は里華と一緒にパソコンを眺めて、良さげなバイトを探す。里華が寂しがるので長時間かかるものを真っ先に除外し、接客業など郷里的に無理そうなものも除外していくと、残るのは肉体労働ばかりだった。


「……この清掃のバイトでいいかな。肉体労働ならいくつでも入れられるし」

「兄、素の肉体スペックはクソ雑魚ナメクジでしょ。公共の場で魔術使っちゃいけないはずじゃないの?」

「里華よ、質問を質問で返すけど、強化魔術を使っているかどうかを判断できる人間がいると思う?」

「うわぁ」

「こういうところも強化魔術の強みだよね! 目立たないってことは、バレないってことだから!」

「まさかとは思うけど、日常的に使うことで練度上げてたりする?」

「……まさか!」


 里華は郷里の腕を掴んで魔力の流れを探ってみるが、何もおかしな所は無い。いっそ不自然なほどに穏やかで綺礼な流れ。近くにあったカッターを刺そうとしてみると、硬いゴムに阻まれたかのよつな感触。やはり強化魔術だった。


「で、でも強化魔術って、日常生活でも便利なんだよ?」

「具体的には?」

「暑さも寒さも効かないし、眩しくても暗くても視界が安定する! それに、長時間同じ姿勢で作業してもどこも痛まない!」

「地味だけど便利……地味だけど」

「地味地味って言わないでよ」

「でもやっぱり華が無いんだよね」

「……否定できないのが悔しい!」


 強化魔術の対象となるものの幅は意外と広い。身体能力を強く、視力を強く、聴力を強く……など、割と色んな派生があるのだ。郷里が一度に発動できるのは三つまでなので状況によって細かく使い分ける必要があるうえに、特異体質ゆえに自分以外を対象にできないのだが、それでも不便することはない。日常生活の中で強化魔術が要求される場面がそもそも少ないというのもあるが。


「それにやっぱり、体の構造について詳しく知ってないといけないっていうのは、それなりにハードル高くない?」

「魔力を全身に巡らせれば自然と掴めない?」

「無理に決まってるでしょ。……あ、探査魔術とかと同じ要領でって話? いや尚更無理だよ」

「右の手で左の腕を触るように、魔力で全身をまさぐるだけだよ」

「それが無理って言ってるの」


 魔術の基本はイメージだ。一度無理だと思ってしまうと、魔力の制御すらさっぱりできなくなってしまう。先入観や常識を捨てて自分ならやれるとイメージすること……言い方はアレだが思い込むことが、強い魔術師になるための第一条件なのだ。


 強化魔術はそういった点でも使いにくい魔術だ。炎魔術や水魔術なら適当に焚き火や川でもイメージしていればいいのに対し、強化魔術には具体的な何かが存在しないのだから。ちなみに郷里はこれを、自分は最強と思い込むことで解決している。


「仕方ない。清掃のバイトで強化魔術を布教してくるしかなさそうだね」

「よしなよ。変な人だと思われるよ?」

「強化魔術は日常生活においても隙がないということを証明するだけだから! それじゃ、僕は先に寝るね」

「おやすみー」

「おやすみ」





──────────





おまけ


郷里の通う高校について

 魔術師を養成している高校。郷里の家から徒歩五分くらいの場所にある。決闘のためのスタジアムや的当ての練習場など、様々な施設がある。魔術師の若者は問題児ばかりなので、頻繁に乱闘騒ぎが起きたり謎の爆発が起きたりする。


魔力機器について

 魔力で動く機械。機能はほとんど内部に刻まれた魔術陣によって決まる。解体して陣だけ取り出して他のパーツと組み合わせれば、違った機能を持たせることができる。パーツが高価なのは魔力に耐性のある素材を使う必要があるせい。


禁術、黒魔術師について

 国際法や国内の法律で規制された魔術が禁術。禁術の使い手が黒魔術師。ただし公認黒魔術師の国家試験というものも存在する。もちろん公認黒魔術師にも様々な制約があるが。

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