第17話 日曜日のショッピングモール。柱の陰から見る「幸せ」は、少しだけ胃が痛い

日曜日。  私は、地元の巨大ショッピングモール『イオンモール(仮)』に来ていた。  目的は、新しいTシャツとテーピングの買い出し。それと、テスト勉強で荒んだ心をクレープで癒やすためだ。


「……あ」


 吹き抜けの広場を歩いていた時、私の足が凍りついた。  視線の先、エスカレーターを降りてくる二人組。    颯人(はやと)だ。  そしてその隣には、SNSで見たあの「キラキラ彼女」がいる。


「う、嘘でしょ……」


 実物は、写真よりも数倍「守ってあげたいオーラ」が出ていた。  ミルクティー色のゆるふわ巻き髪。萌え袖のニット。歩幅を颯人に合わせて、小走りでついていく姿。    私の今の格好を見る。  ユニクロのパーカーにデニム。手にはテーピングの袋。  ……勝てない。女子力という土俵において、私は完敗している。


 バッ!


 二人がこちらに向かって歩いてくるのに気づき、私は反射的に観葉植物の陰へダイブした。  心臓がバクバク言っている。  会いたくない。特にこの前の「野蛮」発言の喧嘩の後だ。こんな、幸せオーラ全開の二人と鉢合わせたら、私は立ち直れない。


(通り過ぎろ……通り過ぎろ……!)


 私は葉っぱの隙間から、必死に念を送る不審者と化していた。


「――ねえ、何してんの?」


 不意に、背後から声をかけられた。  心臓が止まるかと思った。  恐る恐る振り返ると、そこにはサングラスを頭に乗せ、やたらとオシャレなオフショルを着た美少女が立っていた。


「……え、カノン?」 「あ、やっぱり凛ちゃんだ! 奇遇~!」


 三島カノンだった。  道着姿しか見ていなかったから一瞬分からなかったけれど、その猫のような瞳は間違いない。  というか、私服が可愛すぎる。この子も「こっち側(キラキラ)」の人間かよ。


「しーっ! 声でかい!」 「え、何? かくれんぼ?」 「違う、あれ! あそこ!」


 私が指差すと、カノンは目を丸くして颯人たちの方を見た。


「あー、カップル? ……もしかして、元カレ?」 「……幼馴染。こないだ振られた」 「なるほどねー」


 カノンはニヤリと口角を上げた。その顔は、組手の時に見せる「獲物を見つけた顔」と同じだった。


「面白そう。尾行(つけ)よっか」 「は? なんでそうなるの」 「だって気になるじゃん。凛ちゃんを振って選んだ子が、どんな『強敵』なのか。戦力分析は基本だよ?」


 カノンは私の腕をグイッと引いた。  拒否権はないらしい。私たちは探偵ごっこのように、柱から柱へ移動しながら二人を追跡することになった。


 ***


 二人は、雑貨屋に入っていった。  私たちは入り口付近の棚の陰から様子を伺う。


「ねえ颯人くん、これ可愛くない?」 「お、いいじゃん。似合うよ」 「本当? じゃあお揃いにしよっか」


 甘い。空気が砂糖菓子のように甘い。  颯人は終始デレデレして、彼女の荷物を持ってあげたり、ドアを開けてあげたりしている。  まさに「紳士的な彼氏」だ。


「ふうん……」  隣でカノンがつまらなそうに呟いた。 「なんか、普通だね」 「普通?」 「うん。優しそうだけど、それだけって感じ。凛ちゃんが命懸けで突きを磨いてる間に、やってることが『荷物持ち』かぁ」


 カノンの言葉は辛辣だった。


「私なら、荷物くらい自分で持つけどな。ていうか、自分の足で立てない子って、見てて危なっかしくない?」 「……颯人は、そういうのが好きなんだよ。『守ってあげたくなる子』が」 「へー。趣味悪い」


 カノンはバッサリ切り捨てた。  私は少しだけ救われた気がした。  あの時、颯人に否定された私の生き方を、この最強のライバルは肯定してくれている。


 その時。  彼女が、高い棚にある商品を取ろうとして、背伸びをした。  颯人が慌てて「危ないよ、俺が取るから」と後ろから手を伸ばす。  いわゆる「バックハグ」に近い体勢だ。


 ズキリ。  胸の奥が痛んだ。  ああ、やっぱり私はまだ、あいつのことが好きなんだ。  悔しいけど、羨ましいと思ってしまう。


「……もういい。帰る」  私は踵(きびす)を返そうとした。  これ以上見ていたら、惨めさで押し潰されそうだったから。


 でも、カノンは動かなかった。  じっと、その彼女の方を見ている。


「ねえ凛ちゃん」 「何?」 「あの子、重心が浮いてる」 「は?」 「歩き方もフワフワしてるし、体幹がない。あれじゃあ、ちょっと小突いただけで転ぶよ」


 カノンは私の方を向き、真剣な目で言った。


「凛ちゃんの方が、強いよ」 「……空手の話?」 「ううん、生物としての話。地面をしっかり踏みしめてる凛ちゃんの方が、私は断然『美しい』と思うけどな」


 カノンは私の手を握った。  彼女の手も、私と同じように硬く、タコができている「武道家の手」だった。


「行こう凛ちゃん! あんな甘ったるいデートより、私とクレープ食べに行こ! 今日はチートデイってことで!」 「え、ちょっと……!」


 カノンに引っ張られ、私は颯人たちの視界から遠ざかっていく。  最後にもう一度だけ振り返ると、二人は楽しそうに笑い合っていた。    幸せそうだった。  でも、カノンの言葉のおかげだろうか。  その光景が、さっきよりも少しだけ「遠い世界のこと」のように思えた。


 ***


「うっま! チョコバナナ最強!」 「……カノン、口にクリームついてるよ」


 フードコートの隅で、私たちはクレープを頬張っていた。  颯人たちのことは、もう追っていない。


「ていうかさ、凛ちゃん。次の大会、出るでしょ?」 「え、大会? まだ何も聞いてないけど」 「来月、地区大会があるんだよ。新人戦。そこで優勝したら、あいつ(元カレ)に報告してやれば?」


 カノンはフォークで空を突く仕草をした。


「『私、県で一番強い女になりましたけど、何か?』って。最高にロックじゃん」 「……なにそれ」


 想像して、思わず吹き出してしまった。  でも、悪くない。  彼の好みに合わせて小さくなるんじゃなく、彼が無視できないくらい大きくなってやる。


「そうだね。出るなら、優勝したい」 「おっ、言ったね! でも優勝するのは私だから、凛ちゃんは準優勝止まりかな~」 「む……今度は負けないからね!」


 私たちは笑い合った。  甘いクレープの味と、頼もしい友人の笑顔。  ショッピングモールの喧騒の中で、私は「失恋」を「闘志」に変える方法を、少しだけ学んだ気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『かっこいい女子が好きって言ったよね? ~失恋した私がガチ空手で全国制覇して、幼馴染を後悔させるまで~』 @gamakoyarima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画