須藤凌一という男
第10話 須藤凌一 1
麻里と広大が結婚して間もなくのこと。社内規定もあり、夫である広大は別の課へと配置転換されることになった。
代わりに、別の部署から広大のポジションを埋める後任がやってくるという。
テレワークの日、チームの夕会(オンライン会議)でチーム長が告げた。
チーム長
飯嶋さん、木村さん。多田さんの後任として、二人の同い年の男性が来ます。引き継ぎ、よろしく頼むね
麻里・木村
承知いたしました
チーム長
明日、出社日だから挨拶して。須藤さんっていう、うちの新卒出身の人だよ
麻里
(へぇ、須藤さんか……)
どこにでもある名字だ。この時の麻里は、その人物のフルネームすら確認していなかった。
一方、その頃。異動の連絡を受けた須藤は、自宅で一人ごちていた。
須藤
え……俺、異動? 20代のうちにキャリアアップしたいとか、アンケートに書いたからか? 俺、もう29だけどな(笑)
どこか冷めた笑いを浮かべる須藤。
須藤
まあいいか。せっかく今の部署はテレワーク多めだったのに、次は出社が増えるのかな……。誰との入れ替えだって、チーム長言ってたっけ……
そして、対面の日。
チーム長
木村さん、飯嶋さん。こちらが須藤さんです。挨拶して
須藤凌一
須藤です。よろしくお願いします
木村
木村です。よろしくお願いします
麻里
(……っ?! え、嘘……でしょ……!?)
目の前に立つ男の姿を認めた瞬間、麻里の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
麻里
い、飯嶋です……。よろしくお願いします……
須藤
(……飯嶋!? ……麻里か!?)
須藤
あ、よろしくお願いします
チーム長
須藤さんは、飯嶋さんと木村さんの持っている運用業務を一部引き継いでもらうから。よろしくね
須藤
承知しました
麻里の頭の中は真っ白だった。
(……昔、好きだった人。そして――今はもう、怖くて仕方ない人……)
須藤
あの……飯嶋麻里さん。お久しぶりです
麻里
あ……そうですね。お久しぶりです……
須藤
これからは、よろしくお願いします
麻里
……こちらこそ
(落ち着け、ここは会社。大丈夫……。もう私たちは大人なんだから……)
麻里は自分に言い聞かせた。
クールな佇まいの須藤凌一。大学時代から女子の目を引く存在だったが、社会人となり、その鋭い魅力にはさらに磨きがかかっていた。
彼とは大学の学科もサークルも同じ。当時から人気者だった彼と、教職課程の講義の帰り、土曜日だけ一緒に帰る仲だった。
一度だけ、授業の帰りに誘われた、自然が綺麗な公園。
そこで二人は、夢中になって語り合った。確かに惹かれ合っていた、あの時間。
なのに、それからの日々は地獄だった。
周りの冷やかしが原因だったのか、彼の態度は急変した。冷たい態度、無視、睨みつけ――卒業まで続いたいじめ。
最後の飲み会で、皆の前で放たれた心無い言葉は、麻里の人生で最も深い傷となっていた。
もう二度と、会いたくない人間だった。
一方の須藤は、卒業以来、一度も麻里に会っていなかった。当時、彼女を傷つけたまま謝れなかったことを、心のどこかでずっと後悔していたのだ。
これまで何度か彼女を作ったこともあったが、今はフリー。そんな折の、再会だった。
須藤
飯嶋……綺麗になったな。……いや、もう馴れ馴れしく呼び捨てにはできないな。飯嶋さん、か
須藤は、麻里の手元をさりげなく、だが鋭く観察した。
須藤
(……彼氏とか、いるのかな。薬指に、指輪は……してない。……もしかして、今ならやり直せるのか? このチャンス、絶対に逃したくない)
この日、麻里はたまたま、指輪を自宅に忘れてきていた。
その偶然が、須藤の中に歪んだ希望を灯してしまったことに、彼女はまだ気づいていなかった。
須藤の平静な態度に「昔のような意地悪な彼ではないのかもしれない」と少しだけ安堵する麻里。
しかし、須藤の心の中には、後悔を塗り替えようとする強烈な執着が、静かに、だが確実に鎌首をもたげていた。
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