第3話 いきなりラストダンジョンへ①


リリスお嬢様が前世の記憶を取り戻した翌日。

私の異世界生活は、新しく生まれ変わったお嬢様によって、大きな変化を迎えようとしていた。


「あの、お嬢様……この馬車は一体どこから?」

「勿論、屋敷から借りてきたわ。」


 馬車の手綱を握りながら、お嬢様は淡々と答える。

 私は今、お嬢様に連れられ、魔王の封印されたダンジョンへ向かっていた。

 どうしてこんな事態になったのか――その原因は、数時間前に遡る。


 ――


「……弱いわね。」


 屋敷の敷地内にある、手入れが行き届いていない庭で、リリスお嬢様が顔を顰めながら呟く。

 お嬢様は前世を取り戻した事で、今の自分の実力がどうなっているのかを確かめるために、庭で軽く体を動かしていた。

 見ているこちらからすれば、まるでカンフーのような動きで、今の時点でも十分この世界で通用すると感じる。

 だが、お嬢様自身は納得していないようだった。


「でも、お嬢様はまだ十二歳ですし、まだまだ伸びしろはありますよ?」

「いいえ、前世の私と比べてあまりに弱すぎるわ。前世なら町一つくらい滅ぼせていたもの」


 前世と比べられたら、そうなるでしょう。

そもそも乙女ゲーとファンタジーゲーでは世界観が違いすぎる。

 スポコン系の、格闘漫画に出てくる最強キャラが、星を破壊するような人間が当たり前にいる世界で、最強になれるかと言われれば恐らく無理だろう。

 でも、この世界なら今でも十分強い部類に入ると思う。


「これは鍛えればどうにかなると言うものではないわね。」


 お嬢様は難しそうな顔でしばらく考え込み、やがて、ふと思いついたように口を開いた。


「そう言えば、あなた、例の魔神が封印されたダンジョンへの行き先は分かる?」

「へ?まあ一応。」


 確か学園の実習でよく使われる場所なので、地図にも載っていたはずだ。


「なら、すぐに向かう準備をしなさい。」

「え?どうしていきなり……」

「もちろん、魔神の力を手に入れるためよ。」


 お嬢様のその一言で、私はすぐに旅の支度をすると、お嬢様と一緒にダンジョンに向かうことになった。


 地図を見る限りダンジョンは、公爵家の屋敷から、馬車を使えば、往復で一週間ほどの距離にある。

 魔神が封印されているということも、まだ誰にも知れ渡っていないため、規制も特にかかっていない。

立ち入ること自体に問題はないはずだ。

 しかし、それだけの期間、屋敷を空ければ当然、本邸にいるお嬢様の実父である公爵や、義母の夫人にも伝わるだろう。

 そもそも馬車を持ち出した時点で、すでに騒ぎになっていてもおかしくない。


 そうなったら一体どうなるのか。帰った後のことを考えると、正直怖い……

 私は現実から目を逸らすように空を見上げ、ゲーム内のダンジョンイベントを頭の中でおさらいする。


 シナリオでは、リリスが初めてダンジョンを訪れるのは、学園の実習の授業の時だった。

その際、彼女はダンジョンの中で同じグループだった仲間たちに置いていかれ、一人きりでダンジョン内をさまよっていた。


 やがて、黒曜族の血を引く彼女にだけ聞こえる魔神の声に導かれ、封印された魔神の杖へと辿り着く。


 ――力が欲しくないか? 皆に愛されたくないか? この杖を手に取れば、全てが手に入るぞ。


 そんな魔神の囁きに、心に深い傷を負っていたリリスは、愛されたい一心で衝動的に杖を手に取ってしまう。

 その結果、彼女の意識は魔神に乗っ取られてしまうのだ。


 その後、しばらくは本性を隠していたものの、学園で正体が露見し、ボスとして主人公たちと戦うことになる。

 ただしこの時は、リリス自身の魔力が少なすぎたため、魔神の力を十分に引き出せず、主人公たちに倒される。


 しかしその後、妹のエリスが原因でこの杖は、ラスボスである黒曜族の生き残りの男の手に渡り、物語は魔神復活へと進んでいく。


 ちなみに、このラスボスとなる男も一応攻略キャラで、ルート次第では救済されることもある。


 ただ、今はまだ物語の始まる三年前だ。

 ここのダンジョンがどうなっているかはわからない……


「そういえば、あなたに聞きたいことがあったのだけれど」


 私が険しい表情を浮かべて考え込んでいると、ふとお嬢様が思い出したように尋ねてくる。


「なんでしょう?」

「あなた、あの時私のことを『怠惰の魔王』と呼ぼうとしていたわよね?」

「え……」

「なぜ、別世界の住人であるあなたが、その呼び方を知っているのかしら?」


 あー……やっぱり、この方は聞き逃してくれなかったか……


「え、えーと……」


 果たして、これを伝えていいものなのだろうか。

 リリスお嬢様の前世『怠惰の魔王』カーミラは、私の元いた世界にあるゲームの登場人物だ。

 もし自分の元いた世界も、この世界と同じように物語の世界で、自分たちがその中の登場人物にすぎないと知ったら、ショックを受けたりしないだろうか。

 私なら、相当な衝撃を受けると思う。


 ……でも、言わないわけにはいかないよね。

 言い逃れはできないと腹を括り、私はお嬢様に、ゲームのことをこの世界では物語として説明した。


「――ということなんです。」

「……」


 私は自分の知っていることをすべて話したあと、お嬢様の顔色を窺いながら、言葉を待った。

 お嬢様は、話を聞いている間も、聞き終えたあとも無言のまま、手綱を握っていた。

 そして、しばらく沈黙の時間が続いた後、お嬢様が静かに笑みを浮かべた。


「……なるほどね。つまり、私の世界で起きた出来事が、あなたの世界では物語として語り継がれていた、ということね?」

「え?」

「あら、だってそうじゃない? 現に私たちは別の世界に転生しているんだもの。同じようなことが起きていても、おかしくはないんじゃなくて?

 私の世界の誰かがあなたの世界に転生して、私たちの世界のことを物語にした。そう考えるほうが、自然じゃないかしら。」


 ……確かに、言われてみればそうかもしれない。

 私はずっと、あの話はゲームの物語だとばかり思っていたけれど、今の状況なら、そういう可能性も否定できない。


「うそ⁉ じゃあ『エタクラ』を作ったのって、物語の登場人物だった可能性があるってこと?ジェイクやステラたちが転生して、私の世界にいた可能性もあるってことなの⁉」

「私の本名を知っているんだもの。あの戦いに参加していた人間である可能性は高いわね」

「あ、で、でも……魔王の脅威がなくなった後の世界の後日談まで、しっかり描かれていたので、やはり物語の可能性も……」

「別に、すべてを史実通りにする必要なんてないでしょう。史実を脚色するなんて、よくあることよ。特に別の世界の話なんて、どうせ誰も知らないんだから、多少の誇張があってもおかしくないわ」


 なんてことだ。そんな可能性があったなんて!

 どうして今さら……いや、でもこの世界には、推しのカーミラが転生しているんだもの。

 こっちで良かったじゃない。


「……」

「死んだこと、後悔してる?」

「いいえ! 全く、これっぽっちもありません!」


 私ははっきり、そしてきっぱりと言い切る。

 あのカーミラ・レイジーが転生したお嬢様に仕えていられるんだもの。

 これ以上を欲張ったら、罰が当たるってもんだわ。


「そう。ならいいわ。あなたはこれから……いいえ、これからも私の使用人として働いて貰わないといけないのだから。」

「はい! よろしくお願いします!」


 私は体育会仕込みの挨拶で返事をすると、お嬢様は満足そうな笑みを浮かべて頷くと、そのままダンジョンへ向けて馬車を走らせていた。

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 乙女ゲームのモブメイドに転生した私が仕えるお嬢様は、別ゲー世界の最強のキャラでした~推しのお嬢様と仲良く暮らしたいだけなのに、攻略キャラが迫ってきて困っています~ 三太華雄 @551722a

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