第2話 プロローグ②

 

 それから私は、仕事をこなしながら、しばらくお嬢様の様子を観察していた。

 やはり話し方も、振る舞いも、漂う品位さえも、どこかいつものお嬢様とは違う。

 ……いや、違うなんてもんじゃない、まるで別人だ。


 ……別人?


 すると頭に過った言葉に、とある可能性が浮かんでくる。


 ――……もしかして、お嬢様も転生者⁉


 普通の人ならそんな突拍子もない考えなんて思い浮かばないのかもしれない。

 けれど、私にはその発想に行きつく理由があった。

 なぜなら、私も転生者なのだから。


 思い立った私は、二人きりの部屋でタイミングを見計らい、思い切って尋ねてみた。


「あの……お嬢様、つかぬことをお聞きしますが……もしかして、前世の記憶をお持ちだったりしますか?」

「……前世?」


 お嬢様は一瞬、目を丸くして私の顔を見つめた。

 そして、しばらく考え込んだかと思うと、次の瞬間、まるで何かが吹っ切れたように、笑い声をあげた。


「フフ……アハハハ!なるほど、前世……そういう事ね。」

「という事はやはり――」

「ええ、私はの記憶を持っているわ。」


 おお、やっぱり!


 その言葉に思わず、頬がゆるむ。

 この世界に私以外にも転生者がいる、それだけで不思議と安心感が出てきた。


「ということは、あなたも?」

「はい、実は私、元の世界では『望月明』って言う高校生だったんですよ。」

「……高校生?」


 お嬢様は私の告げた言葉に何故か険しい表情を浮かべた。

 えっ?高校生を知らない?そんな人、いる?


「はい、高校生です。お嬢様は前世で何をなさってたんですか?」


 雰囲気的に少し大人っぽいし、やっぱり社会人とかかな?


「そうね……私の前世の名は『カーミラ・レイジ―』で、職業は……王を務めていたわ。」

「お、おう?」


 おうって、まさか王様の王?

 もしかして海外の方?

 確かに転生が日本限定とは限らないし、それもあり得なくはないかも、でも言葉は通じてるしなあ……

 それとも……どこかのクラブの女王様とか?


「え、えーと、私、前世では日本人だったんですけど、お嬢様はどこの国出身なんですか?」

「ニホン人という種族は初めて聞くわね。私はレイジー帝国の出よ。」


 レイジー帝国……どこそれ?そんな国、あったっけ?

 私の知らない国?いや、でもどこかで聞いたことがあるような……。

 それに『カーミラ・レイジ―』って名前も……どこかで――。

 カーミラ……カーミラ・レイジ―……


「……ああ! カーミラってまさか、怠惰のま――!」


 そこまで言ったところで、私はハッとして口を押さえた。

 カーミラ・レイジー……その名前を、私は知っていた。


 何故ならその名前は、私がどハマりしていた『エターナル・クライシス』というに登場する、魔王の名前だったからだ。


 『エターナル・クライシス』


 それは、私の世界にあった王道ファンタジーゲームで、売り上げ四〇〇万本を突破した大人気作品である。

 四つの大国が覇権を握る世界『アムステルダム』を舞台にした物語で、ある日、冥界から『強欲の魔王』を名乗る魔人が現れ、一つの国を滅ぼしたところから物語は始まる。


 国を滅ぼした強欲の魔王は、『七つの大罪』の名を冠した六人の魔王を従え、世界に宣戦布告をする。

 そして、その声明を聞いた主人公である若き王子は、幼馴染二人と共に世界を旅をしながら様々な経験を得て成長していく、そんな王道の物語だ。


 そして、カーミラは魔王の一人で『怠惰の魔王』の冠を持っている女性だ。

 怠惰とは呼ばれているが、実力は作中屈指の強さを誇り、メインストーリーで発生する戦闘は基本負けイベントしかない。

 普通に物語をクリアしても倒すことすら叶わず、二週目のやりこみ要素の一つである裏ボスとして存在していた。


 強欲の魔王の命令は一切無視して、時には街中でのんびり過ごしたり、時には気に入らない町を滅ぼすなど、自由奔放に振る舞い、誰にも手綱を握ることはできない。

 まさに、その力の大きさゆえの怠惰なのだ。


 ……そして、そんなカーミラは、私の推しキャラだった。


 圧倒的な強さに美しいビジュアル。常に上から目線なのに、人を惹きつけるカリスマ性。

 そのうえ、壮大な過去を背負いながらも、それを一切感じさせない凛とした姿。

 そんな彼女に、私は完全に心を奪われていたのだ。


 これは予想外だ、まさかゲームの世界に別のゲームのキャラが転生してくるなんて、余りの嬉しさに興奮で鼻血が出そうだ。


「どうかしたの?」

「い、いえっ! なんでもないです!」


 私は、興奮を必死に抑えて冷静を装う。


「ふーん、まあいいわ。それよりあなた、この状況について、何か知っているのかしら?」

「ええと……はい、一応。」


 私のいた世界では、転生というのは小説の鉄板だったので、その事を説明した後、この世界でのリリスの役割を伝える。


「……なるほど。つまり、この世界はあなたの元の世界にあった物語の中で、このままだと私は魔神に体を乗っ取られ、殺されてしまうのね?」


『エターナルクライシス』の世界にはテレビゲームなんてものはないと思うので、この世界が自分の前世にあった物語の中だと説明した。


「は、はい。なのでお願いです、魔神の封印されているダンジョンには行かないようにしてください!」


 要はあの杖さえ触れなければ、リリスが魔神に憑りつかれることはない。

 少なくともこれで、リリス死亡のシナリオは回避できるだろう、そう思い私は少しホッとする。

 けれど……


「嫌よ。」

「え?」


 まさかのシナリオ回避を断られる。


「どうして私が、あなたの指図を受けなきゃならないの?」

「え?だからこのままいくと、お嬢様は魔神に体を奪われて――」

「それはあくまで『物語』の話でしょう?その物語とやらに、私やあなたのことは書かれていたのかしら?」

「え?い、いえ……書かれてませんけど……」

「なら、この世界はあなたの知っている物語じゃない。つまり……その未来が来るとは限らないわ。」


 あ……


 静かな声で言われた言葉は、私の胸を刺した。


「折角、新しい命に生まれてきたのですもの。私はこの世界でも、私らしく生きて、私を貫くわ。用があるならダンジョンにだって行くし、必要なら世界とだって戦うわ。それで死ぬというのなら本望と言うものよ。」


 その堂々たる言葉に、なぜか胸が高鳴った。

 そうだ、忘れていた。これこそ、私の知っている『怠惰の魔王』カーミラだ。

 お嬢様はゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。

 まっすぐに見つめられ、息が止まる。


「あなたの知らない、新しい物語――見せてあげる。」

「は……はひ……」


 触れてしまいそうなほど近い距離で、囁くように言われた言葉に、顔が一気に熱くなる。

 そして堪えていた鼻からは、ツーッと血が垂れはじめていた。

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