乙女ゲームのモブメイドに転生した私が仕えるお嬢様は、別ゲー世界の最強のキャラでした~推しのお嬢様と仲良く暮らしたいだけなのに、攻略キャラが迫ってきて困っています~
三太華雄
第1話 プロローグ①
私、エリー・トワイスが前世の記憶を思い出したのは、ほんの数日前のことだ。
エヴァンス王国でも三大貴族に数えられるエトワール公爵家で、メイドとして働く私は、その日もいつものように屋敷の中をせっせと掃除していた。
しかし、不注意から階段から転げ落ちてしまい、その拍子に頭を強く打ったことがきっかけで、私の脳裏に知らない……いや、忘れていたはずの記憶が一気に蘇った。
私は、前世では望月明という女子高生だったこと、そして今いるこの世界が最後にプレイしていたゲーム『ローズ・エンペリア』の舞台だったことを思い出した。
『ローズ・エンペリア』は、いわゆる乙女ゲームで、平民ながら光属性を持つ主人公『ローズ』が特待生で学園に入学し、イケメンヒーローたちと学園生活を送りながら、イベントや冒険を通して恋と絆を深めていく……そんな王道の物語だ。
このゲームのいちばんの特徴は、やっぱりその世界観だろう。
乙女ゲームなのに恋愛要素だけじゃなく、魔法やモンスターも登場するので、RPG要素も強く、男女どちらでも楽しめる作品になっていた。
そんな女性に大人気の乙女ゲームなのだけど……
「よりによって、どうしてこのゲームなのよぉぉぉぉぉ!」
全てを思い出した私は、勢いよく頭を抱えた。
何故ならこのゲーム、友達から借りただけで、別に好きでもなんでもなかったのだ。
前世の私は、中学時代までソフトボールに打ち込んでいたが、高校への進学を前に病気で運動ができない体となってしまった。
その事もあって、高校では帰宅部となったが、今まで部活に費やしていた時間にぽっかり穴が空き、その空いた時間をゲームで埋めていた。
その頃ハマっていたのは、主にアクションやロールプレイングといった、どちらかというと男性向けのゲームで、恋愛にあまり興味がなかった私は、乙女ゲームにはまったく惹かれなかった。
そんな私がこのゲームをやることになったのは、高校で仲良くなったゲーム友達と、お互いのおすすめ作品を交換することになったからで、そのときに渡されたのがこの『ローズ・エンペリア』だった。
RPG要素があるという事で勧めてくれて、借りる際には友達からこのゲームの魅力や、推しキャラの話を熱弁してもらった。
そんな感じで始めたゲームだったけど、残念ながら私はそこまでハマることはなく、全ルートを一度クリアしてやめてしまった。
まあ、ゲーム自体はそれなりに楽しめたよ?システムは王道のRPGだし、ストーリーも悪くなかったと思う。
ただ、キャラを語るとなると……正直、これといって惹かれる人はいなかったかな。
散々酷い態度をとっていた男が急に手のひらを返してきたり、主人公にだけ妙に優しかったり、しつこく言い寄って急に接近してきたり――。
個人的には、好きになれるタイプのキャラがいなかった。
どちらかといえば、主人公の器の大きさで成り立っていたゲームだったと思う。
まあ、それも乙女ゲームの醍醐味だから、そんなことを言ったら元も子もないんだけどね。
そして、そんなゲームの世界に転生してしまったわけだけど……
私が転生したのは、ヒロイン……ではなく、ヒロインをいじめる悪役令嬢……の姉に仕えてる、名前すら出てこないモブメイドだったのだ。
実際はゲームではないので、当然ながら登場人物たちにもきちんとした名前と身分がある。
私は領地すら持たない男爵貴族の家柄で、容姿はどこにでもいるような明るい茶髪と、少し童顔気味の顔立ちをしている。
格好は仕事に支障が出ないように髪をポニーテルでまとめ、常にメイド服を着ているので着飾るような機会はない。
家にいた時も貧乏貴族だったこともあって、平民と同じ服装をしていたので、生まれてこの方十五年、誰かに言い寄られるなんて事は一度もなかった。
それでも、前世よりは遥かにかわいいけどね。
そして私の仕えるリリス・エトワールはゲームで言うなら、いわば中ボスの立ち位置だ。
リリスは公爵家の正当な血を引く少女であり、それとは別に黒曜族という特別な種族の血も引いていた。
黒曜族は姿かたちは普通の人間と変わらないが、黒い髪と黒い瞳、そして褐色肌という特徴を持ち、更に普通の人間よりも高い魔力と、闇魔法を操れることから、『悪魔の血を引く種族』とも呼ばれていた。
リリスは、父親である公爵がその黒曜族の持つ高い魔力を目当てに、遠い先祖に黒曜族の血を持つリリスの母親を強引に娶った事で生まれた子供だった。
しかし、血が薄すぎたせいか、リリスはそんな父親の思惑とは違い、魔力は殆ど持たず、黒い瞳だけを受け継いでしまい、金色の髪と黒色の瞳という異質な容姿で生まれてしまった。
その事に激怒した公爵はリリス親子を別邸に隔離すると、そのままいないものとして扱い、代わりに他の貴族から新しい妻を迎えた。
そして、その妻との間に生まれたのが、リリスの一つ下の妹、ユリスだ。
彼女こそがゲームでいう『悪役令嬢」であり、主人公を虐め、魔王復活の引き金を引くことになる。
リリス自身も魔王復活に携わっており、彼女は学園で向かった実習先のダンジョンで黒曜族にしか聞こえないとされる魔王の声に唆され、封印された杖を手にしてしまい、魔王に体を乗っ取られてしまうのだった。
そして、身体を奪われた彼女は学園を破壊尽くし、最後は主人公たちの手によって討たれ、命を落とすことになる。
……そんな、あまりにも悲しい結末を迎える人物だった。
今は物語が始まる三年前なのだが、既にシナリオ通りに動き始めていた。
リリスの母親は私がここに来た時には既に他界しており、現在この屋敷にはリリスと私を含め三人のメイドが暮らしている。
ゲームのシナリオでは、リリスは二人のメイドから嫌がらせを受けており、その一人が私である。
もちろん、ゲームではないので私はそんなことはしないが、もう一人のメイドはシナリオ通り、嫌がらせをしていて、普段は誰も注意する相手がいないのをいい事に仕事もせずに街に遊びに行っていた。
シナリオではこのメイドたちの嫌がらせと、後に起こるもう一人のメイドとの事件により、リリスは心に大きな傷を負ってしまい、魔王の声を聞きいれることに繋がってしまう。
それならいっそのこと、他二人には身の世話の担当を外れてもらうことにして、私がしっかりお嬢様を支えてシナリオの回避に繋がるようにと、日々奮闘していた。
……そんなある日のことだった。
「おはようございまぁぁぁす! お嬢様!」
勢いよく部屋の扉を開けた私は、いつものように部活仕込みの元気な声で挨拶をする。
初めの頃はこの勢いに驚いていたお嬢様も、最近では小さな声ながら返事を返してくれるようになっていた。
……のだが。
「ええ、おはよう。」
……あれ?
今日のその声は、いつもよりずっと落ち着いて聞こえた。
というよりお嬢様そのものに違和感を覚える。
いつもなら自信なさげに背を丸め、私たち使用人に対しても丁寧すぎるほど敬語で話されていたのに、今日は違った。
背筋を伸ばし、どこか堂々としていて、その黒い瞳には確かな自信が宿っている。
「どうかした?」
「え?いえ、なんか今日はいつもと違うなあって……」
「へえ……ならどういう風に見えるの?」
「え、えーと……いつもより堂々としていて、なんだかかっこよく感じますね。」
私は思ったことをそのまま口にすると、お嬢様は小さく笑みをこぼした。
「ふふ、さすがエリー、私のことをよく見てるわね。まあいいわ。とりあえず、いつものように着替えを手伝ってくれるかしら?」
「あ、はい。かしこまりました!」
そうして私は、いつものようにお嬢様の着替えを手伝いながら一日を始めた。
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