素直な感情
「お湯の温度大丈夫だった?夏が嫌いって言ってたから温度は下げたんだけど」
私が普段SNSに呟いていたことを全て見ていたと思うと恥ずかしすぎて死ぬ。
ハルへの想いや、メンバーへの想い、その他諸々の呟きがバレている。
推しには私の綺麗なところだけ見せていたかったのに、変な言葉が並んだSNSを知られているとは頭を抱える。
「大丈夫。服もありがとう」
私がここに来ることをあらかじめ計画していたハルは身の回りのものを準備してくれていたのだろう。
タオルやコップ、歯ブラシなどがしっかりと用意されていた。
「スキンケアとか分かる範囲でしか買わなかったから、他に必要なものがあったらネットで買おう」
ボックスに入っている私のためのスキンケアを持ってきて、にっこりと笑うハル。
今後はSNSの使い方を改めようと思う。
ハルがお風呂に入っている間、リビングでテレビを見ていた。
スマホはハルに没収されているため、一人になると娯楽が少ない。
ハルがいるときはそれだけで娯楽があるのだが、一人になるとやることがなくなってしまう。
「お待たせ。いい子にしてた?」
テレビを見ている私の頭を撫でて、微笑むハル。
乾かしていない髪から滴る水が、綺麗に映る。
これを売ればそこそこの値で売れるのではないだろうか。
ノーセットのハルは今までにも写真で見たことがある。
配信や写真は私たちにとって、推しと繋がる大切なツール。
そこでたくさん見つめていたが、生で見るのとはまた違うのだと知ってしまった。
「真白ちゃんとお揃いを着れるなんて、幸せだな」
顔面ばかりに気を取られていたせいで、着ている服には全く着目していなかった。
自分が着ている服とハルの服を交互に見つめる。
「真白ちゃん可愛いね。似合ってる」
どう考えても一般人の私よりアイドルであるハルの方が似合っているに決まっている。
お揃いの服を着て、隣に座る。
まるで同棲しているカップルのような構図だ。
「真白ちゃんホラー苦手だよね?」
テレビのリモコンを持って悪い顔をするハル。
私が書いた呟きがハルの情報源だ。
その情報が正しくないと分かれば、私を解放してくれるかもしれないと思った。
ハルが私を知っているのはあくまでもSNSの私。
本当の私が違うとなれば飽きるという寸法だ。
「別にー。ホラー結構見るもん」
実際は嫌いだ。
お化け屋敷も、ホラー映画も死ぬほど嫌いだ。
わざわざそんなものを見る人の気が知れない。
「……そっか」
自信があったクイズに負けた子供のように落ち込んでいるのがわかる。
これは効果があったのではないだろうか。
無言でリモコンを操作し、再生ボタンを押すハル。
ここが正念場だと、私は怖いのを必死に隠した。
後ろからお化け、前からお化けと地獄のような画面から抜け出そうと横を見ると、清々しい顔で画面を見つめていた。
横顔も美しくて、情報量が多すぎる。
「どうした?……怖い?やめる?」
本当は今すぐチャンネルを変えて、犬とか猫とかに癒されたい。
しかしそれは同時に敗北を意味する。
それだけは阻止しようと、必死に画面を見つめる。
後半にいくにつれて、恐怖心を煽るような演出が増えたように感じる。
心の準備をしていても、やっぱり怖いものは怖い。
怖いシーンになると目を瞑ってしまう。
「ひっ」
怖さのあまり、声を漏らしてしまった。
これは多分、我慢しないといけないものだった。
この嘘がバレてしまえばSNSに載せた言葉が本当だと認めることになってしまう。
一つでも多く、嘘を載せていると感じてもらえれば元の生活に戻れると思ったが、そもそもそんなことを言っている場合でもなさそうだ。
「ハル……。やだ、もう終わりにしよう」
自分で降参の旗を上げるのは悔しかったが、これ以上見たらそれこそ失神してしまう。
ハルの顔をチラリと見ると、意地悪な顔をしているのが分かった。
「でもさっきホラー見るって言ってたよね?嘘だったの?」
分かっているのに言わせようとしている。
私の口から直接嘘だというのを待っている。
主人公がお化けに追いかけられている。
必死に逃げ回っている。
「今から絶対面白いと思うよ。見てて」
私の口で降参だとはっきり言わない限り、チャンネルを変えてくれない気がする。
ただ、それを口にするのを躊躇っている自分もいる。
『はぁ……、逃げ切れた』
お化けから無事に逃げ終わった主人公は息を整えながら立ち止まっていた。
それを見た私は完全に安心しきっていた。
普段ホラーを見ない私にお決まりというのは存在しなくて、まんまと引っかかったらしい。
『おかえり』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
びっくりした私はハルのお腹に突進した。
「んー!何でよぉ……。逃げ切ったじゃん……」
ハルのお腹に頭をぐりぐりと当てる。
怖い、怖すぎる。
絶対夢に見る。
何ならトラウマになる。
こんなことになるならば、さっさと降参しておくべきだった。
「ごめん。ホラー見たら俺にくっついてくれるかなって。意地悪しちゃったね」
ゆっくりと私の頭を撫でるハルに純粋さを感じた。
誘拐をするという突拍子もないことをしているわりには、ただ純粋に好きという感情が溢れただけなのかもしれない。
その真っ直ぐ素直な感情が今の私にはとてもとても嬉しかった。
家に帰ったら推しがいました 杏樹 @an-story01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。家に帰ったら推しがいましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます