家に帰ったら推しがいました
杏樹
おかえり
「はぁぁぁぁ!かっこいい!」
テレビ画面に向かって叫んでいる私を誰も止められない。
マイクを持ってキラキラした衣装を身に纏ってステージに立つ一ノ瀬春樹、通称ハル。
大人気アイドルグループのリーダー、ハルは私の推しだ。
歌もダンスも容姿も、その存在全てが神である。
テレビ越しで応援する日々は、幸せで溢れている。
明日を生きるエネルギーを貯めるために、毎日テレビに張り付く。
それが私の日常。
部屋を見渡せばハルのグッズで溢れている。
実家にいた頃は中々できなかったため、今は存分に推し部屋を楽しんでいる。
毎年一回はライブに参戦するが、地方から無理やり上京した私の生活はそこまで豊かなものでもないので、それが精一杯だった。
CDやグッズ、遠征費などオタクは出費が多い生き物だと思う。
朝、ハルのおはようボイスで目を覚ます。
起こしたくない体を必死に動かして、カーテンを開ける。
「眩しい……」
天気は晴れ。
気温もそこそこで過ごしやすそうに思う。
大きなあくびを一回して、洗面台に向かう。
顔を洗って目が覚めたところで、キッチンに急ぐ。
トースターにパンをぶち込み、昨日の残りの肉じゃがをレンジに放り込んだ。
それを待っている間に、CDデッキの電源を入れてハルのグループの曲を流した。
先週発売されたこのCDももう何度聴いたかわからない。
それくらい大好きだ。
トレカの付いたバイト用のカバンを持って家を出る。
満員電車には慣れたもので、この光景に驚いたりなどしない。
「おはようございますー!」
給料も良く、制服も可愛いということでコンカフェのバイトをしている。
「真白ちゃん、おはよう」
同じように出勤しているメンバーと挨拶を交わし、制服に着替える。
ランチから夕方は基本、お酒はNGのキャストが出勤している。
お酒に強くない私でもこの時間帯なら安全に出勤できるので気に入っている。
「真白ちゃん、上がっていいよー」
キッチンから店長の声が聞こえ、私はロッカールームで着替えを済ませた。
「お先です!お疲れ様ー」
残っているメンバーに声をかけて店を出た。
東京は地元に比べて広く感じる。
実際はどうかわからないが、この町では知り合いと会う確率がものすごく低いと思う。
上京して間もない頃、散歩をすれば芸能人と会えるのではないかと淡い期待を秘めていたこともあったが、一度も会ったことはない。
すれ違ったりしているのかもしれないが、正直この人の多さでは撮影でもない限り芸能人だと気付くことは難しい。
今日はハルのグループがコンビニとコラボをしており、お菓子を買うとシールがもらえるので寄り道をして帰った。
『コラボ商品無事ゲット!ハルのわがままおにぎりとケイのマッチョになろうプロテインにしたー!ケイくんみたいにかっこよくなるぞー!』
ハルが好きな唐揚げとマヨネーズ、チーズの入ったおにぎりは一体どんな味がするのだろう。
ケイくんのプロテインはチョコフレーバーと書かれていたのでなんとなく想像つく。
コラボ商品を買えた私はウキウキでSNSに投稿した。
アイドルもSNSを見ると言う。
実際メンバーの中にはネットミームに詳しいメンバーがいたり、ファンの要望に応えるかのように動画を投稿してくれるメンバーもいる。
ハルもその中の一人で、ファンがやって欲しいと言ったことにはできる限り応えようとしてくれる。
ファン想いでストイックなハルには頑張りすぎずに頑張って欲しいと思う。
電車に乗ると、比較的空いている時間だったので座ることができた。
新しい動画が更新されていたので開くと、前回のツアーの一曲を運営が載せてくれていた。
運営、マジナイス。
そんなことを思いながら、イヤフォンをして動画を再生させた。
叫びたい気持ちをグッと堪えて、動画を見る。
ニヤケそうな顔を手で覆いながら、最寄駅に着くのを待った。
ドアが開いた瞬間、急いで改札を出て家に向かう。
家に帰ったらテレビの大画面で再生しよう。
『えぐい、死ぬ。ハルのビジュ爆発。ケイくんのアレンジもかっこよすぎて死ぬ。なんでこんなイケメンなの?』
こんな馬鹿みたいな言葉しか並べられないが、全部本音だ。
これをSNSに載せたから何かあるわけではないが、同じように感じるファンたちとの交流は案外好きだ。
玄関を開けると、なぜか電気がついていた。
朝、電気をつけたまま家を出てしまったのかもしれない。
電気代が高いこのご時世にとんでもないミスを犯してしまったと肩を落としながらリビングに進むと、推しの、ハルの声が聞こえた。
「おかえり」
思わず顔を上げて、前を向くと座って私を見つめているハルの姿が目に入った。
「……は?」
夢でも見ているのだろうか。
目の前に推しがいる。
意味がわからない私は一度目を擦ったが、やはりそこに推しがいる。
見間違えるはずがなかった。
色々な思考を巡らせた私は一つの答えに辿り着いた。
「ドッキリ?」
もし、推しが目の前にいたらファンはどうする?みたいな感じの企画ではないだろうか。
きっと親が当選して、ハルと私を会わせてくれたのだ。
推しからの生おかえりは今後一生記憶から消えることはないだろう。
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