1-5


 そのモンスターはハンマーヘッドシャークの見た目をしていた。

 頭部が横に張り出している特徴的な形状のヤツだ。和名は忘れた。そんなサメがなぜ地上にいるのかというと、そいつは正確にはサメじゃないからだろう。

 少なくともサメに脚は生えていないし、物凄い勢いで走ったりはしない。ただ、頭の部分はそんな感じだし背中にもあの鋭角な背びれがあった。ここの動物系の生態は狂っているので、あまり俺に驚きはなかった。色々ミックスされてキメラな動物が多いのは既知の事実だ。

 驚いたのはその出現の仕方だった。

 まったく気配を感じなかった。自分が達人で周囲すべてを感知できるなどと豪語する気はないが、少なくともヤバそうなヤツがいれば分かる程度には敏感なつもりだ。そうでないと死ぬような環境にいたので誇張ではない。それでも、気づけなかった。

 要するに、ヤツにはそういう能力があるということだろう。

 3メートルほどある体躯のハマヘッド――とりあえずこのサメもどきをそう略しておく――の突進を魔防壁で防ぐと、ゴリゴリに魔力が削られた。耐久度が足りないとその衝撃に応じてMPが減る仕様だ。

 「向こうへ走れ!!」

 二人がそばにいるとどうにもならない。必死に叫ぶと真剣さが伝わったのか、姫さんとハーニャがすぐに動いてくれた。迅速な対応は助かる。

 俺も魔防壁を解いて横に避ける。MPが既に半分になっていた。あのまま削られていたら死亡確定だ。

 ハマヘッドは魔防壁がなくなった後も直進して幾つかの木を薙ぎ倒し、大木の一つに突っ込んで止まった。

 攻撃方法はやはりその頭での頭突きのようだ。金槌のようなそのフォルムに恥じない見事な硬さを持っている。叩き割られたような樹木は見るも無残な状態だ。多分魔力も強いモンスターなのだろう。フィジカルだけとは思えない威力だった。情報をスキャンしている暇はないので、元は水属性なはずだという勘に賭けて火魔法で仕留めることにする。

 俺は魔法士だ。多分、そのタイプだと思ってここまでやってきている。だから、MPが尽きれば何もできなくなる。その前に倒し切る必要があった。

 最大級の爆発魔法を内部から爆ぜさせる作戦だ。打ち上げて、汚ぇ花火だって言ってやろう。

 ハマヘッドはまだ大木に頭が刺さったままで動かない。もしかして嵌まって動けないのか。ハマヘッドだけに?

 なんて小粋なジョークを混ぜながらも魔力を練り上げてゆく。

 強い魔法には溜めがいる。本来はこの間に詠唱なり印を組むなりをするのだと思うが、完全に我流の俺はひたすら脳内イメージだけで発動直前まで持っていく。一般的だと思われる方法はちょっと試しても合わなかったのでしょうがない。邪道でも十分行けると判断してからは、むしろ正攻法・王道というものは避けてきたほどだ。半端にそれを知ると逆に邪魔になる。

 ハマヘッドはまだ動かない。

 いい感じだ。このまま一気に行くぜ、と一人気勢を吐いていると突如ハマヘッドの姿を見失った。

 「は?」

 思わず声が漏れて集中力が乱れる。練り上げていた魔力が漏れて慌てて持ち直す。次いで、その姿を探す。きょろきょろと辺りを見る。いない。

 あの巨体が見えなくなるなんてことはあり得ない。

 いや、あり得ないことなんてことがあり得ない。この世界には魔法というとんでもない力がある。常識に囚われるな。

 はっとして逃げた二人を思い出す。嫌な予感がした。

 「おい、お前らどこだ!?」

 大声を上げると、どこか遠くで「こっちです!」と聞こえた。

 遠巻きにこちらを見ていたのだろうか。魔力察知をして方向を確定させたいが、今の魔法をここで途切れさせることはできない。マルチタスクで二つの魔法の同時発動はまだ不得意だった。

 声のした方に向かう。

 ハマヘッドはやはり見つからない。おかしい。死んだわけではないはずだ。まさか、姿を消せるのか?

 その発想に至り、すぐさま注意を促す。

 「お前ら、そこから離れろ!モンスターが透明になってる可能性がある!」

 と、言っているそばから「きゃぁぁーー!!」と悲鳴が上がった。

 遅かったか。あいつらは何度襲われれば気が済むんだ?

 すぐさま魔法を発動したかったが、避けられたらどうしようもない。この汚ねぇ花火魔法は近距離タイプだ。追尾性能もないので、至近距離で当てる必要がある。

 集中を切らさないようにできるだけ速足で急ぐ。樹々が邪魔でまだ視認できない。

 「こっちに来い!」

 距離を縮めるためには互いに近づくのが効果的だ。俺が加速できない以上、向こうから近づいてもらうしかない。それができれば、の話だが。

 悲鳴は断続的に続いているのでまだ生きてはいるようだ。声が近くなっている気がする。

 一体どういう状況なのか、森の中は歩きづらくてしかたない。

 「やめて、やめてください!!!」

 いつのまにか悲鳴というより懇願のような声になっていた。モンスター相手に通じるのだろうか。

 焦燥よりも疑問が大きくなった頃、ようやく二人の姿が見えた。

 なぜか衣服がぼろぼろになってセクシーな状態になっていた。ハマヘッドがその服を更に引っ張っている。エロ親父のような所業だ。モンスターも発情するのだろか。

 どういう状況なのか意味が分からない。

 殺されそうになっているというより、犯されそうになっているといった方が正しい。同人誌展開キター!と喜んでいる暇はない。そういう趣味はない。和姦が好みです。いや、そうじゃない。

 なんせによ、止めるべきだろう。

 ハマヘッドは変態行為に夢中になっていたので、まんまと背後から近寄って爆発魔法を仕掛けた。拍子抜けするほどうまくいった。

 「SHAAAーーー?」 

 ようやく気づいて振り返ったところに、更なる風魔法で上方に飛ばす。近距離では巻き添えを喰らうからだ。

 空中にサメが飛んでゆくシュールな光景を見ながら、「たーまやー」と小さくつぶやく。

 頭上でパァァァーンとハマヘッドが爆発四散した。ちゃんと効いたようだ。

 「汚ねぇ花火だ」とドヤ顔でキメめようとしたら、ぼたぼたと肉片が落ちて来て慌てて退避する。現実は苛酷だ。せっかくの見せ場が邪魔された。

 きっちり勝利したのにどこか喜べない気分になっているところで、姫さんとハーニャが抱き合って泣いていた。

 「う、ううう……」「怖かった、です……」

 そういえば、辱めを受けそうになっていたんだった。花火に気を取られすぎた。配慮が足りていない。

 申し訳ないと思いつつ、既に二人とも肌が大分露出していて目が離せなかった。眼福。こんな時でも劣情を感じる。男だからね、しょうがないね。

 とか言い訳するよりも、何か隠すものが必要だ。スマートに上着でもパサリとかけてやるのがイケメンなのだろうが、生憎とこっちは陰キャだしYシャツしか着ていない。無理だ。

 さっき殺したゴロツキから何か剥ぎ取ってくるしかないか。「ちょっと待ってろ」と声をかけて移動を開始してしばらくすると、

 「「あっ……!」」

 不意に見知らぬ男と目が合った。同時に変な声が出た。思わぬ遭遇というヤツだ。

 何でこんなところにいるのか。決まっている。この状況で無関係なわけがない。

 典型的な抜き足差し足といった恰好で固まっているのも怪しすぎた。

 「お前も人攫いの仲間か?」

 「なっ!私をあんな下等な愚民と一緒にするな!口を慎み給え!」

 溢れ出る驕り高ぶった人間性に軽蔑しか感じない。評価は一気に底辺へ下落。問答無用で殴り飛ばすと、あっさりとその場で気絶した。上等そうな服装から見て、貧弱な貴族といったところか。

 丁度いいのでその衣服を剥ぎ取る。さっくり殺してしまおうとかもと思ったが、何か事情を知っていそうなのでとりあえず蔦縄で縛って転がしておく。姫さんたちに丁度いい土産ができた。

 意気揚々とその服を二人に渡しに一度戻る。姫さんが「この服をどこで?」と感謝より先になぜか驚いていた。

 間抜けな貴族のことを話すと案内するように言われたので、再び男の元へ。

 半裸緊縛状態のその姿を見て「ヤゼン叔父様!?」と再びびっくりしている。

 「知り合いなのか?」と思わず尋ねると、

 「おそらく、叔父様が今回の首謀者ではないかと思います……」

 どうやら俺は、偶然にも黒幕を捕縛してしいたらしい。

 

 


 20分後、正座しているヤゼンという男を前に、俺は盛大な溜息をついていた。

 軽く脅して今回の自体の全容を聞き出してみると、浅はかで雑過ぎるとしか言いようがない計画が明るみになったのだ。

 「お前、それはもう初めからガバガバすぎるだろ……」

 明らかな愚策。約束された失敗というべきコントにしか思えないプランだった。

 ヤゼン・ルマドーブ・セリオン。

 それが半裸に縛られている貴族、いや王族の名前で姫さんことヴェルナの叔父にあたる。つまりは、ヴェルナの父であり現セリオン国王ロゼスの王位を奪おうとしている張本人だった。

 この間抜けの計画は以下のようなものだった。


 その壱、ヴェルナ姫をゴロツキを使って城から攫わせる。その際の手引きは自ら行う。

 その弐、攫ったヴェルナをメアギという犯罪組織に預ける。その後の交渉のために奴隷商に値段をつけさせて、人質のリアリティを高める。

 その参、ヴェルナを奴隷商に売るぞ、と人質で脅しつつメアギに交渉させる。他国の有名な犯罪組織を隠れ蓑として利用する。

 その肆、ヤゼンが譲位という形で王になる。引き続きヴェルナを人質にロゼスをこき使う。メアギにはセリオン国内でのある程度の自由を与える。


 ……まったく、正気の沙汰とは思えなかった。

 ツッコミどころがありすぎて頭痛が痛い状態だ。

 その壱。なぜ自分で手引きするのか。そもそも城からというのが意味不明だ。姫さんが外に出たとき、自分がアリバイがあるときにやれ。自分の立場を分かっているのか?

 その弐。なぜ預ける?メアギがそこまで信用できると思っていたのか?他国の犯罪組織だぞ。それに奴隷としての値段とか妙なところにこだわるな。

 その参。交渉まで任せたらダメだろ。核心の部分を自分が管理できないものでやろうとするな。

 その肆。譲位の形式は分かるが、真相を知る者をそのまま使えると思うな。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。メアギも同様だ。他国の犯罪組織に弱みを握られている状態でどうするんだ。

 というようなことを容赦なくぶつけると、ヤゼンは「王の立場ならなんとかなる」と頭がお花畑の解答をしてきた。

 こいつは絶対に人の上に立つ器ではなかった。国が亡ぶ。

 実際、この計画はその弐の段階で破綻した。

 どうやらゴロツキ自体はセリオン国内の悪党たちでメアギとも顔見知りであり、実態はその手先だったようだ。その縁もあって奴隷商を伴ってセリオン国近くの森、つまりは現在地で合流したのだが、そこで今後の方針について意見が割れた。

 今更な話に聞こえるが、ゴロツキたちはヴェルナにつけられた奴隷としての価値を知ってもっと報酬額を要求した。要するに、このままヴェルナを売ってしまった方が儲かると気付き、同調した者がメアギの方にもいて奴隷売却派閥ができたということだ。

 対して、当初の計画通りヤゼンを王にした方がその後も搾り取れるという将来を見据えた人質派も当然おり、話し合いから暴力へと犯罪組織らしい展開になったところで、奴隷商の運搬車ごとモンスターに襲撃されたという顛末だ。運がなさすぎる。

 護衛の役目だったはずのメアギの者たちは白熱した仲間割れで対応が遅れ、見事に壊滅状態になったというのが実際の流れだ。あのアルマジロもどきは二体いたようで、片方は俺が倒したがもう一体はそのメアギの人間たちと相打ちになったという。それだけの強敵だったらしい。

 一方で、ヤゼンがなぜここにいてそうした状況を知っているのか、という問題がある。普通ならば誘拐事件があったときに無関係だと言い張れる場所で、知らぬ存ぜぬを貫くものだ。

 だが、なんとこの黒幕、ヴェルナの誘拐に自ら手引きするどころか、最後まで一緒になってゴロツキと共に行動し、奴隷商の運搬車に合流していた。その理由というのが、リアルタイムでヴェルナの値段を確かめたかったという低俗な好奇心丸出しのバカなノリで、呆れてものが言えない。欲望に忠実すぎるだろう。

 結果、その法外な値段にゴロツキたちが離反することになり、当然のごとく奴隷売却派にとってヤゼンは邪魔になるので速攻で縛られて拘束されたというわけだ。そんな状態でモンスターの襲撃を受けて運搬車から放り出され、運良くそのまま殺されはしなかったものの、今の今まで森の中をさまよっていた。

 そうしてどうにか拘束を解いた後、たまたま今度は傷ついたヴェルナを発見。ところがそこには俺という邪魔者がいた。それでも、逃すわけにはいかないと切り札を使った。それがが驚くべきことにあのハマヘッドだった。

 ヤゼン自体に魔法士としての能力はないが多少の魔力はあった。ゆえに、魔法書を使ってハマヘッドを召喚。俺を排除しようとしたものの、予想外の抵抗にあう。あまり長時間使役できるものでもないため、しかたなくヴェルナだけ攫わせようとしたが、捕まえようとしている内に煽情的な姿に下半身が支配されて変態プレイに移行。その間にハマヘッドも倒されたというわけだ。

 「……しょーもないエロ親父すぎる。小物すぎて笑えもしねぇ。よくそんな器量で王になろうとか思ったな。身の程知らずにも程があんだろ」

 結論はそこに行き着く。

 こんなので王位交代が起こるような世界では生きたくはない。恐ろしいのは初手は成功している点だ。城の警備がどれだけ穴だらけなのか心配になる。

 それに魔法書という存在が気になった。あのハマヘッドみたいなのが召喚できる魔道具があるというのは脅威だ。ヤゼンみたいなアホでも操れるということは、今後見た目からは想像もできない力を警戒する必要があるということだ。他人のステータスを覗き見れることから、多少はチートで楽ができると思っていたのに残念過ぎる。

 ともあれ、俺たちはその後、ヴェルナとハーニャ、主犯のヤゼンを連れてセリオン王国の王都クリファオに向かった。

 周辺を探って他に生き残りがいないか探ったものの、ハーニャの奴隷仲間もメアギの悪党たちも皆死体でしか見つからなかった。

 森から王都まではそこそこの距離があったが、途中の道で行商人の運搬車を捕まえて乗せてもらえることになった、ヴェルナが姫であることを知っていた国民で、快く城まで送ってくれたのだ。

 ちなみにある程度の規模の町は外壁できっちりと囲っており、クリファオの場合は内壁というか城壁とも言うべき中心部にだけ壁があった。王都なのに半端だと思ったが、小国だとそもそも壁そのものがないことも多いらしい。思っているよりも本当に小さい規模のようだ。

 また、その内壁には通用門があり身分提示を求められて焦る場面があった。そのような話は聞いたことがあったが、まったく忘れていた。簡素な木札から現代風カードのものまで形状と性能には大分差があるものの、この世界ではほとんどの成人が持っている。異世界から来た俺には当然そんなものはない。どこの国民でもないから、発行してもらえるかも分からなかった。

 今回はどこかでなくしてしまったということにして、ヴェルナの権限で通してもらえることになった。命の恩人だからな、当然だ。後でどうにか作ってもらう手立てを聞こう。

 城内に入ってからは上へ下への大騒ぎだった。

 信じられないことにヴェルナの誘拐はまだ知られておらず、ロゼス王はあられもない姿で戻ってきた娘とその犯人で縛られたままの弟を見て驚天動地の「なんじゃと!」を叫び、玉座から文字通り転がり落ちたほどだ。

 それから色々と話し合いがあり、なんやかんやがあって俺はこの国で自営業を始めることになった。

 偶然と奇跡的な出会いによってつながる人脈という、よくある物語で聞く話だった。

 文無し、宿無し、無教養の俺にとって、王家の後ろ盾がついたのはとても有難いことではあった。破格のスポンサーだ。

 だが、どうせならもっと早くそういう展開を用意しといてくれと、その時の俺が思っていたことは秘密だ。

 なにせ、そこにたどり着くまでに何度も死にかけていた。

 いきなり異世界に飛ばされ、何の説明もなしに必死に生きていたのだ。

 感謝よりも皮肉が真っ先に出るのはしょうがないよな?

 

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