1-4


 その悲鳴が聞こえたとき、俺は重大な二択を迫られていた。

 つまり、わざわざ様子を見に行くか、留まって焼きたての肉を食うか、だ。

 せっかくジューシーに仕上げた熱々の肉を放ってまで、微かに聞こえた声を確かめに行くべきだろうか。悩ましい問題だった。

 数秒は葛藤した。人道的観点からはすぐに行くべきだったが、ここは殺伐とした異世界。すでにモンスターにやられている可能性は十分にあるし、罠の可能性すらある。実際、野盗などがこの手の卑怯な作戦を使うことがあるのは経験済みだ。美人局の最悪バージョンだ。有り金どころか命まで奪われかねない。

 簡単に死ねる実感がある今、保身に入るのは当然だろう。

 だが、その時の状況は本物らしく感じられたので動くことにした。あまりに悲鳴が切迫していたからだ。放置しては寝覚めが悪い。折衷案で串肉を齧りながら俺は駆け出した。

 もちろん味を楽しむ暇などなく、むしろ舌を火傷した。一兎を追うものは……これは違うか。

 そうして辿り着いた場所では、二人の少女がモンスターに襲われていた。元が何の動物かも分からない形状だ。アルマジロのような硬そうな甲羅に、鼻だか顔だかが異様に細長い頭をしたヤツだ。

 鉤爪のある腕が、その内の一人に振り下ろされる。

 かろうじて交わした少女は地面に投げ出されて倒れ込む。その近くには既に犠牲者がいた。血塗れで切り裂かれた死体が転がっている。

 一刻の猶予もない。

 俺は土魔法で、モンスターの足元から槍状の凶器を突き立てる。あの甲羅は硬そうで弾かれそうだが、外部の表面を覆っているだけだ。足元の内部からならどうにかなるはずだと判断した。

 「GIIIIIIiーーーー!!!?」

 軋むような悲鳴を上げて、モンスターがその身を丸めて後退する。貫通はしなかったが、多少は食い込んだようだ。アルマジロのように丸まって防御態勢を取っていた。

 その隙に倒れた少女のもとへ駆け寄る。

 近くで見ると典型的な貴族のお嬢様風の少女だった。掛け値なしに美人だ。金髪碧眼で着ている服は上等、所作にも上品さが滲み出ている。なぜこんな場所にいるのか。

 「大丈夫か?動けるなら、離れていてくれ」

 「は、はい……」

 足を挫いていそうだったが気丈にも少女は立ち上がり、痛めた足を引きずりながらも、もう一人の少女の手を借りて離れてゆく。

 片方は亜人のようだった。獣耳が目についてちょっとテンションが上がるが、その首に巻き付いた首輪の方が気になってそれどころではなかった。

 奴隷か。そういえば、死んでいる遺体にも首輪が嵌められていた。

 と、そんなことを考えている暇もなく、

 「GRUUUUUーー!」

 低いうなり声と共にアルマジロが丸まったまま突進してきた。

 俺は肉体的には弱めだ。魔法で身体強化はできても、あの硬そうな鉄球状態を受け止められるとは思えなかった。身体強化は元の肉体の基礎値に倍率がかかるようなもので、要するに基礎が低いと倍率が高くても最終的な上昇値はそれほど上がらない。

 ここは避けるしかない。そう思った時に背後の二人のことを思い出す。射線上ではないが、進路方向であることは間違いない。ここで俺が避けるとあちらへ被害が及ぶ可能性は大いにあった。

 どうするべきか。正面から魔法で攻撃しても、あの甲羅に弾かれるのは目に見えている。

 俺はとっさに足元を土魔法で深く掘り下げた。落とし穴だ。同時に飛び退って自分も逃れる。大慌てで発動したために、範囲指定がデタラメになった。

 魔法は集中力が大事だ。発動には繊細で緻密な工程が存在する。通常はそれを詠唱や所作によって無意識化で行っているといったイメージだ。瞬間発動させている時点で相当無茶なやり方だという自覚はある。

 「ぬぁっ!?」

 というわけで、見事に巻き込まれた。自分自身の魔法に。

 安全圏だと思っていた場所まで落とし穴が広がってきていた。あっという間に落下する。真っ暗な中を落ちてゆく。

 どんだけ掘れたんだよ!?

 真っ逆さまになりそうな身体を風魔法で制御しながら、自分でやったことにツッコミを入れていた。

 そして、どうにか着地。ダムッっと大きな音が既にしていたので、アルマジロもどきもちゃんと落とし穴には落ちたようだ。不幸中の幸い。

 当然、これで終わりではない。このまま上に戻ってもいいが、あのモンスターが登ってこないという保証はなかった。地上の二人を伴って逃げ切る自信もない。

 やるしかないか。

 自身のステータスを確認する。HPとMPに余裕はある。次いで、相手のステータスを覗き見る。情報をスキャンするようなもので、表示には時間がかかる。

 アルマジロもどきは落ちた衝撃でまだスタンしているのか、動く気配はなかった。待ち状態には丁度いい。

 やがてスキャンが終了する。HPとMP、所持スキルの一部が判明。自分以外のステータス探知には色々条件があるらしく、常にすべてを丸裸にできるはわけではなかった。この辺の理屈は正直謎仕様で、解明はあきらめている。とりあえず、分かるものだけを把握するしかない。

 モンスター名は不明になっているが、HPは倒せる範囲の数値だ。MPも常識の範疇。レアモンスターではなかったようだ。ただ、スキルの一つに甲殻自爆なる不吉な文言を見つける。

 自爆と言ったら自爆だろう。一瞬混乱して何を考えているのか分からなくなる。

 マジで自爆なのか?

 そんなスキルは見たことがなかったが、ゲーム知識としてはある。よくあるパターンだと倒した瞬間にかます最後っ屁だ。そう言うのは大概が大ダメージと決まっている。

 その回避策はおそらく遠隔攻撃だ。近くにいると爆発に巻き込まれるとか、そういうタイプだろう。

 運がいいとステータス表示に『弱点:なんとか属性』とか分かりやすく出てくれるのだが、今回はさっぱりなかった。サービスが足りていない。

 とにかく外は硬い。なら、今のうちに中から焼けばいいのでは?と冴えた俺の頭が答をはじき出した。丸まったままのアルマジロもどきだが、今は気絶しているのかピクリとも動かない。継ぎ目というか隙間がちょっと見えているので、あそこから火魔法で焼いてしまえばいい。

 思い立ったが吉日。やるなら今でしょ、と誰かにささやかれた気がした。

 俺はすぐさまその作戦を実行し、見事にアルマジロもどきをこんがりと焼き上げた。火の調節をミスって派手に火柱があがったが見なかったことにする。過剰防衛の看板は蹴飛ばしておく。

 こんがりといったが、アレは嘘だ。わりと焦げ付いている。それでも消し炭ではなかった。

 匂いは意外といい。さっき美味しく食べ損ねた肉が脳裏をよぎる。ただ、これが食べれるのかどうかは分からないので放置する。下手に手を出して腹を壊したら地獄を見る。既に二敗している。

 一応、状態回復魔法で治るのだが、腹下しはちょっと微妙で何かしこりのようなものが残ることが分かっている。それは残尿感にも似た気持ち悪さで、痛みはなくなってもしばらく居心地が悪くなるので避けたいところだ。

 ってか、俺の肉どこ行ったんだ?

 いつのまにか食べかけの焼きたて肉が消えていた。走っている内に落としたのだろうか。

 それすら気づかないとは、結構必死に頑張ってたんだなと自分を褒めながら地上に戻る。

 少女たちの感謝の声を期待していると、その姿がなかった。

 まさかの逃亡?

 と思った瞬間、何かが耳横をかすめた。シュっという鋭い風切り音。

 すぐにそれが矢だったと気づき、魔防壁を展開。飛んできた方向を振り返ると、弓を構えた人間がそこにいた。

 「チッ、外したか」

 いかにも悪党面のTHE盗賊といった出で立ちの男が舌打ちする。

 その背後に少女たちを発見。悪党の仲間がいて、また捕まっているようだ。いや、もともとこいつらが首謀者なのか。やれやれだぜ。

 「何者だ、お前ら?」

 「てめぇこそ何なんだよ?いきなり出て来て邪魔しやがって。まぁ、おかげでちっとは楽になったから、後は安心して死ね」

 何を言っているのか分からないが、実は善人でしたってことはなさそうなことは分かった。いきなり死ねとか言うヤツだ。ろくなもんじゃない。それだけ分かれば十分だろう。

 異世界に来て痛感した事実が一つある。善人より悪人が多いと考えろ、という自衛ファースト思考だ。現代社会ではその考えは悪かもしれないが、それはあくまで平和な社会が成立していることが条件だ。普通に道を歩いているだけで野盗に襲われ、あっさりと殺される世界ではまず疑うということは決して悪ではない。

 そして先手必勝は有効だということだ。

 俺は風魔法で加速して、目の前の男を弾き飛ばしながら少女二人の方へと飛ぶ。

 悪党二人は思ったよりも素早く反応したが、気づいたときには既にその自分の剣そのもので自分を貫いていた。

 ピンポイントで風魔法を腕というか肘に当てて無理やり動かすという単純な攻撃方法だが、不意打ちでこれに対抗できる者は少ない。問題は動かした先に丁度良く身体があるとは限らないということだが、今回はうまくいった。自分の武器で自滅。ざまぁみなさい。危ないものを持っているから自業自得だ。

 人質の二人は頑丈そうな縄につながれて離れていたことも幸いした。近距離で掴まれていたらこんな危ない手は使えない。

 「ぐばっ……」

 自らの腹や胸を突き刺してその場に崩れ落ちる悪党を無視し、俺は少女たちの縄を切る。

 「お前らも大概運が悪いな……」

 短時間で二度も救出するハメになるとは思わなかった。

 「何度も、ありがとうございます……!」

 金髪美少女に潤んだ瞳で見上げられる。ふつくしい。うむ、役得役得。

 とか思っていると、もう一人の亜人というか獣人の子が目に見えてブルブルと震えていた。どこか具合が悪いのか。

 「おい、どうした?」

 「な、なんでもありません……」

 そう言うが、明らかにおかしい。異常があるなら言ってもらわないと困るんだが。

 「あ、あの。多分大丈夫です。この子はおそらく、縛られることに抵抗感が物凄くあるみたいで……」

 金髪美少女にそう言われて合点がいく。

 確かに縄で縛られていたな。首輪もまだついたままだし、奴隷だとするとそういうのが完全にトラウマになっているのか。

 ならば、せめて緩和しようとその首輪を外すことにする。鍵はないが熱で溶かせるはずだ。

 「ちょっとごめんな」

 他を傷つけないように近距離でやる必要がある。ちょっとばかり抱き寄せて、その首元に人差し指を当てる。

 「え、あっ!?あわわ……」

 完全にセクハラ行為だと思ったが、四の五の言っている暇はない。不可抗力、不可抗力と言いながら、慎重に即席のバーナーで首輪を断ち切る。

 その間に獣人の子は緊張か何かで硬直していた。よく見ると尻尾があり、ピンと立っていた。もふもふしたい衝動を抑える。

 少なくとも震えは収まった気がするので結果オーライなのでは。

 三分後、首輪と鎖が綺麗に外れる。

 「うし、これでどうた?」

 そう言って解放しようとしたが、獣人の子が今度はくっついたまま離れない。尻尾がいつのまにかぶんぶんと勢いよく揺れていた。

 加えて、やたらと鼻をすんすんさせて頬ずりされている気がする。悪い気はしないが、これは一体どうしたことだ?

 困って金髪美少女の方を見ると、両手で顔を覆ってこっちを見ないようにしていた。そんな破廉恥な光景だろうか。よく見ると、定番の指の隙間からガン見状態だった。頼りにならない。

 「おい、もういいか?」

 埒が明かないので、頭をぽんぽんと叩いて注意を促す。どさくさに紛れて獣耳に触れた。もふもふだぜ!

 「あ、す、すみません!あ、ありがとです!」

 赤面しながら獣人の子はぱっと離れた。どうやら落ち着いたようだ。大分汚れていたが、癒される笑顔だった。大きな灰色の瞳は悪くない。もうちょっと見ていたい。

 いかんいかん。雑念を捨てて、改めて金髪美少女に向き直る。

 「で、どういう状況なんだ?」

 モンスターに襲われていただけなら分かりやすいが、この悪党どもは何なのか。助けた手前、事情を聞かずにはいられない。

 「あ、はい。実は――」

 聞き終えて猛烈に後悔した。

 想像以上に込み入った状況に巻き込まれてしまったようだ。今すぐ聞かなかったことにして逃げ出したい。

 そう思う反面、捨て猫が目の前で見上げて来ている状況だ。いや、捨て犬か。妙に懐かれた感がある。金髪美少女も期待した視線を送ってきていた。秋波ではなく純粋な熱波だ。美人とKawaiiと犬猫には弱い。背を向けられるわけがなかった。

 「……ええとつまり、お前はどっかの国のお姫様で、父親の王位簒奪のための策略でさらわれそうになっていたと、そういうことか?」

 「はい、ヴェルナと申します。素晴らしい要約です」

 「その場合、あの悪党どもが実行犯だとして、この獣人の子とかさっき死んでいた奴隷とかはどうつながって来るんだ?」

 「それはわたしにも良く分かりません。ハーニャは分かる?」

 「あ、あの、わたしもお話を聞きました。姫様を人質にする人たちと、奴隷にして売ろうとする人たち。多分、仲間割れ?していたのだと思います。何人か、殺されました」

 ハーニャと呼ばれた獣人の子が、淡々とえぐいことを話し出した。

 「仲間割れ?ああ、なるほど。実行犯の奴らが本当は誰かに姫さんを引き渡すところを、約束を反故にして自分たちで勝手に売り飛ばそうとしたってことか。んで、奴隷に売り飛ばす派が買ったと……ん、それだとモンスターは?」

 「それはまた別かと。移動中にいきなり荷馬車が横倒しになって放り出されました。気づけばあの方たちはいなくなっていてわたしたちだけが取り残され、どうにかハーニャと逃げようとしていたところに、あなた様が助けに来てくださったのです」

 「別ってことはアクシデントだったわけか。で、ゴロツキどもはさっさと逃げ出して、だけどさっき戻って来たってことか?けど、だとしたら人数が少なすぎる気もするな」

 俺が倒したのは三人だけだ。奴隷商の運搬車に何人乗せていたのか知らないが、もっと大所帯で動いているイメージがある。

 「正確には覚えていませんが、移動しているときは10人はいたかと。奴隷も6人いたのですが、ハーニャだけになってしまいました……」

 「そんなにいたのか?けど、それもおかしいな。もっと遺体の数がありそうなもんだが……」

 「あ、それを伝えそびれていました。実はモンスターは一体だけではなくて――」

 その時、突然左手から物凄い勢いで何かが迫ってくる気配が現れた。

 いきなりすぎて身体がびくっと震える。俺はジャンプスケアに弱いんだ。怖がりではないが、ビビりな反応になってしまう。単なる脊髄反射だ。

 周囲の安全確認はしていた。完全に気配を消していたのか?

 とにかくすぐさま魔防壁を展開しながら思った。

 姫さん、そういう大事なことは早く言ってくれ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る