1-3


 その日の依頼は簡単なものだった。

 亜人で鳥人のクァハという女性と、熊系の獣人のオドドロという夫婦の夜の営みについての相談だった。

 激しいのが好きなオドドロに対してクァハはもまた攻める方が好みだという、言わばサド気質のぶつかり合いでなかなかうまくいかないという。

 互いに愛し合っていて子供も欲しがってはいるが、そうした性向の違いからなかなかできないのが悩みだということだ。

 決していやらしい話ではなく、当人たちにとっては死活問題だった。

 鳥は排卵で熊は胎生なのに、そうした亜人たちの子供はどうやって生まれるのかと不思議に思ったのはもう昔の話だ。性交の際の生殖器とかも規格が違うだろうと思わずにはいられないが、この世界では元になる動物の常識は忘れた方がいい。亜人として人型の形態で定着した過程で、それぞれが人間のような胎生へと進化だか変化だか分からない超変態を遂げ、整合性が取られているのが現状だった。

 細かいことは気にするなという精神論がここでも発揮されているわけだ。

 小難しく言えば世界の神秘で、奇跡で、適応変化の究極形態だ。気にしたら負けなのだ。

 そして、そんな二人への俺からのアドバイスは一つだった。

 「とりあえず、新しい性癖に目覚めるかどうか試したらいい」

 適当なことを言っているように聞こえるだろうが、実はこれは既に実績のある助言だった。この世界の人たちは大分保守的な傾向が強く、新しい挑戦は滅多にしない。自分が攻めるのが好きだと言っている者はたいてい受けの経験がない。何事も試さなければ分からないものだ。

 前に同じような相談を受けた際には、見事に新たな扉を開いたカップルがいた。今回も互いに好き者同士であれば、色々なプレイスタイルを試せば何かしらフィットするものがあるはずだ。

 その他の合体スタイルをまったく知らなかった彼らは赤面しながらも大分前のめりに聞いていたので、きっと今夜から試すはずだ。大いに楽しんでもらいたい。後は朗報を待つばかり。

 「んー、また暇になったか」

 相談所はまだまだ閑古鳥が鳴いている状況だ。悩み相談という業種そのものがなかった世界での営業なので仕方ない。おおまかな括りでは何でも屋だとか万屋と呼ばれる類のものだ。敢えてその名を使わなかったのは、そうした同種のイメージとして戦闘を含む依頼が多いからだった。

 俺は極力戦いたくない。毎日何もせずにゴロゴロしていたい平和主義者だ。振りかかる火の粉を払うぐらいの力は必須だと思っても、俺より強いヤツに会いに行くだとか、世界の危機を救うために強くなるだとかいう思想は皆無だった。そういうのはゲームだけにしてもらいたい。生身でやろうとするのはバカだけだ。

 「時間ができたなら、退治屋ギルドからの依頼を受けるのもアリだとは思いますけど……」

 紅茶を用意してくれながら、おずおずとハーニャが口を出してくる。

 「戦う気分じゃないな。今すぐレベル上げの必要性もないしよ」

 「わたしはもう少し、強くなりたいです……」

 先日の件がまだ尾を引いているようだ。教えた護身術をあまり活用できなかったことを後悔しているらしい。

 実践は確かに効果的だが、俺はできるだけ動きたくない。今も昔もデスクワークが大好きだった。

 「また機会があれば誰かに鍛えてもらうよう頼んでおく」

 「いえ、できればご主人様に特訓して欲しいです!」

 ハーニャの白い尻尾が激しく揺れているのが見えた。期待に満ち満ちた大きな瞳で見つめられ、視線を逸らす。

 「お、おう。そのうちな……」

 おねだりビームに晒されていると折れそうになるので、俺は逃げた。とにかく今日は動きたくないんだ、分かってくれ。

 本日の俺の予定は事務所で仕事。それ以外は何もなし、だ。基本的に自分で立てたスケジュール以外はしたくない。マイペース至上主義だ。予定外という言葉は嫌いだし、ストレスになる。心穏やかに過ごすためには、予定調和で何事もなく一日を終えることがベストで、他のいかなる外部干渉もその妨げになる。

 「むぅ……」

 頬を膨らませる可愛いハーニャにすまないと思いつつも、俺は先程の依頼を事件ファイルに閉じて、読みかけの本を取り出す。紙の技術は普及しており、本はそれほど高価というほどのものではない。娯楽的なものは少なく、教養本が多い印象だが、この世界のことを知るには丁度いい。

 後はそんな読書の日で終わるはずだった。

 どうせ飛び込みの依頼など来ない。そう思っていた。「あのー」という間の抜けた声を聞くまでは。

 修理したての事務所の扉を開け、戸口にどこかで見た鎧姿が立っていた。ノックという礼儀はここにはない。

 胸にはセリオン王国の紋章が入っている。城の警備兵か何かだろう。嫌な予感がした。

 「あ、いらっしゃい!どうぞー」

 ハーニャは上機嫌に迎え入れるが、俺は正直居留守を使いたかった。もうまったく間に合わないのだが。

 「あ、すみません。すぐに済みます。実はロゼス陛下からの言伝でして、大至急グレイ殿に来て欲しいと」

 「え?王様が、ですか?」

 ハーニャが驚いてこちらを見る。「だが、断る!」と声高に言い切りたい。ドヤ顔でやりたい。

 しかし、わざわざの呼び出しで急ぎとなれば無視できない。一応、俺のパトロンのようなものだ。王家をスポンサー扱いとは不敬だと言われそうだが、それだけの貸しがある。同時にそれだけの対価ももらっている。

 「OK、今から行く……」

 重い腰を上げるしかなかった。




 セリオン王国は小国だ。

 小国の城だから小さい。小さい城は二階しかない。

 そう謎の三段活用で表すと、セリオン城はこじんまりとしたものを想像するだろう。

 それはそれで間違いではない。王都の中心で一番背の高い建物であっても、尖塔が目立つくらいでどこから見ても城が見えるといった威風堂々とした巨大で偉大な城ではない。

 一方で、城というものはその国の権威の象徴でもある。ボロボロの状態であればその国はなめられ、攻められて滅ばされる。それくらい国の豊かさの指標になる重要な要素だ。虚飾であっても立派に見せなければならないのが城というものだ。

 その意味では、小さくともセリオン城は立派な城として成立していた。

 正面の門は装飾された紋様と綺麗に磨かれた高そうな柱で構成され、厳めしい門番の横を通って入ると、荘厳な神殿のような三角屋根がついた吹き抜けの通路が目に飛び込んでくる。その通路を進み、再び華麗な中門をくぐると、見上げるほどバカ高い天井の大広間に出る。城の玄関口だ。高そうな調度品や垂れ幕みたいなもので飾り立てられ、ぱっと見は豪華絢爛なイメージを保っていた。

 二階建てだとは言うものの、一階部分の高さは通常の住居の三倍から五倍くらいはある。階段がやたら長いのは目の錯覚ではなかった。エスカレーターにして欲しい。

 とにかく大広間の玄関を抜けてまた豪奢な絨毯の回廊を進むと、奥に謁見の間がある。よく見る玉座があるあの部屋だ。

 ただし、騎士や兵士がずらーっと周囲に並んでいるといった大部屋ではない。セリオン城の謁見の間は大分小さい。一応、家臣一同が控えられるスペースは確保されているものの、大所帯の訪問客の場合、そのすべてを収容はできないだろう。

 俺とハーニャは二人なので問題はまったくなかったが。

 謁見の間を扉を開けながら、「グレイ殿、ご来場~」と大仰に衛兵が声を張り上げる。毎回このくだりはいらないと思いつつも、向こうの作法を尊重して従っている。

 ロゼスの野郎、普通に友人として私室に呼べばいいものを、と俺はこの期に及んで考えていた。

 もちろん、そうしないのはこれが正式な呼び出しだからだ。そのことを分かっていながら、俺は無意識にそこから意識を逸らしている。何かろくでもない依頼でも飛んできそうだったからだ。

 謁見の間に入ると、飾り立てられた玉座の中に窮屈そうに座っている王様がいた。

 その隣には宰相のエデリオが立っており、反対側には王太女のヴェルナがいた。一瞬目が合うと、にっこりと微笑みかけてくる。

 気に入られている自覚はあるが、どの程度本気なのかは分からない。一応やんごときなき身分なので、勢いで手を出すとかはしないようにしている。色々と面倒なことになるのはごめんだった。もし王族じゃなかったら口説き落としたくなるほどの美貌の持ち主で、まだ幼さが残る顔立ちがまた絶妙な金髪美人だ。

 そんな父親とは思えない丸々とした樽型のふくよか中年が、この国の王であるロゼス・ルマドーブ・セリオンだ。

 「すぐに駆けつけてくれたことに礼を言う、グレイよ。まずは楽にしてくれ」

 形式上下げていた頭を上げて、俺は久々にロゼスを見た。

 相変わらず熊のぬいぐるみのような中年のおっさんだった。ちょび髭にもじゃもじゃな頭につぶらな瞳の柔和な顔。お子様がそのまま年を取ったような顔つきで、威厳はその爆発頭に乗った王冠やきらびやかなマントぐらいだ。それも似合っているというよりは、服に着せられているといった状態だ。口調と顔がまったく合っていない。 

 「大至急とか言うから急いできてやったんだ。用件を早く言え。俺の今日の予定が台無しだぜ」

 「あなたは相変わらず不遜なままのようですね。仮にも自国の王に対してそのような口の利き方は……」

 「よいよい、エデリオ。グレイには何を言っても無駄だともう散々知っておろう?それよりも、先の件を説明してやってくれないか。わしも大恩ある友の貴重な時間を奪うのは忍びない」

 王様に対しても軽口を叩く俺を宰相は常にたしなめてくる真面目タイプだ。

 実はかなり強い魔法士のエデリオは、セリオ王国ンの実質上の権力者だと俺は思っている。政務のみならず、この国の少ない貴族たちのとりまとめも一身に背負っている有能な官僚といったところだ。まだ30代前半でクールなイケメンだ。陰キャな俺とは相反する要素が多いので、合わないのは仕方ない。それでも、大分認めてくれるようにはなっているのだが。

 「まったく……分かりました。では、グレイ殿。単刀直入にお尋ねしますが、最近霧の森に行っていますよね?どなたかに会いませんでしたか?」

 本当にどストレートなものが飛んできた。やはりその件か。

 「そのどなたってのは、具体的に誰かを指してたりするのか?」

 とりあえずとぼける。どこからその話が出てきたのか探る必要がある。どの程度まで把握されているのか。

 「ええ、先日ある訪問客が我が国に質問状を持って参ったのですよ。デナンダリオ公国オリアイム伯爵家の嫡男であるジカリ殿です。どうやら弟君のゴロウィン殿が霧の森に行ったきり消息を絶っているとのことで、何か情報がないかという内容でした」

 「……なるほど?」

 思い切り関係者が斬り込んで来ていた。ゴロウィン?あいつはそんな名前だったか。それすらよく覚えていない。

 それよりも、問題はこれがニアミスなのか、確信的なものなのか、だ。

 「そこでなぜ俺に聞いてくるんだ?霧の森なんてここらのやつらは良く行くだろう?」

 「素直に話す気にはなりませんか?さる情報筋から、かの伯爵家が暗黙の旗を立てていた場所に赴いて、強引に押し通った者たちがいたということを聞いていましてね」

 めっちゃピンポントな情報だった。それを知っているは御者くらいじゃないだろうか。

 わりと仲良いと思ってたけどダメだったか。今回も口止め料をちゃんと払っておいたのに、裏切られた気分だ。いや、でも、こっちももっと言い含めておくべきだったのかもしれない。国民の義務として情報提供を強要されたら、ちょっと金払いのいい客より王命の方を取るか。俺だったらそうする。長いものに巻かれちゃうよな。

 というわけで、これ以上白を切れないと判断。あっさり前言撤回作戦にする。

 「OK。認めよう。そいつと会ったかもしれない。けど、何もなかった。一切絡んでないぜ」

 事実として強行突破まではバレているだろうから認める。そこまでは、だ。その後はきっと誰も把握していないはずだ。消息不明とか言っていたからな。まだ逃げ道はある。

 「本当ですか?神に誓えますか?先方は真偽魔法を使ってでも、最近森に入った者を尋問したいと願い出てるほど真剣です。ここで半端に嘘をつかれると、我が国としても困るのですが、それでも『何もなかった』と誓えますか?」

 「……真偽魔法?何だそれは?」

 なんだか聞き捨てならない単語が聞こえてきた。まったく知らない魔法だ。わけあって正式な魔法を学んでないことが仇になったか。

 「おや、知りませんか?その名の通り、語っていることが本当か嘘か判断する魔法です。特殊な古代魔法の一つで使い手はほとんどおらず、その信憑性も完璧とは言えませんが、ほぼ間違いなく当たるということで重宝されているものです。相当費用がかかりますので果たして本気なのかは微妙なところですが、オリアイム伯爵はそれほど必死なのですよ」

 嘘発見器の魔法版があるなんて、それこそ嘘くさい。

 そんなものがあると政治に関わってるヤツのほとんどが罷免されるんじゃないか。更にはそれを阻止するために真偽魔法の使い手は殺されるか、賄賂で抱きかかえられるはずだ。逆に後者の方がありそうだ。完全に清廉潔白な人間でない限り、賄賂塗れで都合よく嘘の証明に利用される図が見える。

 一方で、この世界では神の加護なんてものが普通にあるわけで、その完璧に誠実な善人が存在する可能性が大いにあるという恐ろしい事実もある。

 本当にそんな魔法に晒されたとき、うまくやりおおせる自信はない。というか、面倒くさい。他の人間に迷惑が行くのも好ましくなかった。結論は一つだ。

 「マジになりすぎだろ……分かった、分かった。降参だ。多分、そいつらは俺が殺した。それが聞きたかったのか?」

 隠しきれないならもう素直に言うしかない。軽くゲロったら、

 「ああ、なんと……」

 「これはさすがに……」

 宰相と王様二人に、想像以上に重いため息をつかれた。見るからに肩を落として表情が暗い。どうやら思った以上にヤバそうだ。

 ヴェルナまで口に手をあてて絶句している。

 「待てよ、ちゃんと理由がある。そもそも、あいつらは魔薬を作るためにわざわざ封鎖までして、コソコソと森に入ってたんだぞ?極悪人だろ。それとも、デンデン公国とかはまさかの合法か?」

 「デナンダリオ公国です。もちろん違法ですが、それが本当だと証明はできますか?現状では、死人に口なしの状態でならどうとでも言えると反論されて終わりますよ?」

 それはそうだが、相手方も嘘だと否定する材料はないはずだ、と思ったところで気づく。

 ここは法の下の平等だとか近代社会の論理が通じない世界だった。倫理観も終わっている。貴族と平民という身分で言い争えば、必ず貴族側に軍配が上がるクソな社会制度だった。勝ち目がない。どうにも昔の感覚で考えてしまうクセが抜けない。こちらに来て日が浅いのだから当然ではあるのだが。

 「……なるほど、面倒だな」

 頭では分かっていたつもりだが、もっと深く面倒な状況だと悟った。立場が弱い平民。証拠はないが疑われる立場。疑わしきは罰せよが通じる法廷。罰はすぐに死刑となる現実。

 これは全力で回避せねばならない。

 「ロゼス王、助けろください!」

 どうしようもないときは権力者に頼むに限る。俺に無駄なプライドなどない。

 しかし、現実はいつでも非情だ。

 「無理を言うでない、グレイ。わしらはおぬしが嘘を言っていないと信じられる。信じられるが、皆殺しはやりすぎじゃろう……なぜそこまでしたのじゃ?」 

 「ついカッとなった。少しだけ反省はしている」

 「そんな理由で、ですか……?我が国とデナンダリオ公国とでは小国同士とはいえ国力の差は大きい。かの国の信用を失うわけにはいかないのです。どうしてそんな軽率な真似を……王家の恩人とはいえ、これはさすがに庇い切れませんよ」

 宰相が辛そうに本音を吐き出した。ロゼスも頭を抱えている。あまり茶化していられる雰囲気ではなさそうだ。

 「そうは言っても、完全に悪人ムーブだったんだぜ。今後のためにもならんと思って目撃者諸共と思ったんだが……抜けがあったのか」

 よくよく振り返ると、最初の入口を塞いでいたヤツらも、あのバカと共に行動していた兵士の数も総数などは知らない。どこかに生き残りがいて一部始終を見られていても不思議はなかった。

 「……そこまで酷い方たちだったのですか?グレイ様が無闇に人殺しをするなんて信じられません。よほどのことがあったのではないでしょうか?」

 ヴェルナが初めて口を開いた。過剰な信頼が痛い。

 俺はそこまでできた人間じゃない。他に理由はあったが、俺の大事な助手を困らせるのは本意ではない。何でも気にする性分だ。口にするつもりはなかった。

 「あ、あの!全部、全部、わたしが悪いのです!ご主人様を責めないでください!」

 と思っていたら、ハーニャが堪えきれずにしゃべり出してしまった。あのことはもう忘れろと命令しておいたのに困ったやつだ。

 もう大きな瞳に涙を浮かべている。そんな顔をさせたくはないのに、ままならないものだ。

 「どういうことですか、ハーニャ?ほら、泣かないで素直に話してごらんなさい。大丈夫、誰も責めたりはしませんよ」

 ヴェルナとハーニャは知り合いだ。というより、親友に近い。身分を考えると普通は絶対に交わらない二人だが、ある状況から急接近した。

 姫様自ら階段を下りてハーニャを抱きしめた。可愛いと美人の絡み。こんな時でも尊みがある。

 「ごめん、なさい。ごめんなさい、姫様……」

 その身体に包まれて泣きじゃくるハーニャ。どこか懐かしい光景に俺は思い出す。

 元々、二人との出会いがすべての始まりだったことを。

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