1-2
この世界の魔法はブラックボックスのまま使われている。
元の世界でスマートフォンが実際には内部でどんな仕組みで動いているのか知らずとも、タッチパネルでアイコンに触れればアプリが起動し、中のゲームキャラクターをタップすれば手を振ってくれるというようなことだ。AをすればBということが起こる、その法則性が分かっていれば詳細は誰も気にしない。
俺はもう一歩踏み込んで自分で独自の魔法を作ってはいるが、類型のものが既にあったので結局は同じようなところに収斂するのかもしれない。
オリジナルを気取っていた魔法でたった今攻撃されたからだ。敵側にも魔法士がいるのは間違いない。
地面が突然隆起して、細長い槍のように鋭い切っ先が串刺しにしようとしてきた。
フロールはその兆候を察して飛び退り、俺は防御魔法の魔防壁で防いだ。全方位に魔力による防壁を張り巡らせていたので相殺できている。小心者はまず守りを固める。チキンで結構。死んだら元も子もない。
余裕で防げたので、相手はたいしたことがないと判断。反撃を開始する。お返しとばかりに土槍の魔法を俺は前方に展開する。
相手の姿はまだ見えないが方向は分かっている。
最終的に近づい来るのが分かっているので、罠のように予測進路に仕掛けた。
自分は一歩も動かない。フロールは突っ込みたがっていたが、俺の意図を察して囮役をこなすつもりのようだ。さすが本職の退治屋。何も言わずとも合わせてくれる。
敵の攻撃は断続的に続いたが、すべて魔法で防げていた。
フロールにも一応防壁系の魔法はかけているが、派手に動き回ってくれた方が相手も油断するので特に言及せずに自由に動いてもらう。もう少しでヒットさせられる、そう想わせることが重要だ。
遠隔で弱らせて近接戦闘でトドメというのが向こうのプランのはずだ。
その遠隔で失敗すればどうするか。近づいて仕留めるしかない。
「五人くらいで合ってるか?」
悠々自適に防御魔法の中で腕組みしながら、フロールに確かめる。
「ああ、そのくらいだな。ってか、アタシだけバカみたいに動き回らされてるんだけど!?その防御魔法こっちにもくれよ!」
「ん、とっくにかけてあるぜ?」
「なんだって!?早く言えよっ!?」
「聞かれなかったから」
定型文で返すと、フロールが無言で近寄って来て拳を振り上げきたので慌てて逃げた。女退治屋の引き締まった身体はセクシーであると同時に凶器だ。身体強化した状態でないと、小突かれただけでも吹き飛ぶ自信がある。それほどにこの身体は脆弱だ。地球の感覚だと特段貧弱というわけではないのだが、こちらの世界の力の振れ幅が大きすぎるからだ。魔力が関係するとはいえ素手で岩や木を砕ける以上、物理法則とかその辺りも多分違うのだろう。 とにかく自分が魔法士タイプなのは間違いない。
と、その時相手側にも動きがあった。ついに俺の範囲内に入ってきたのだ。
すかさずトラップが発動する。侵入者を感知して自動的に地面から土槍が発射されるえげつないものだ。魔法地雷で二人ほど戦闘不能になったはずだ。
「ぐあぁぁーーー!」
分かりやすいやられボイスが聞こえてきた。その途端、フロールが駆け出した。
勝機と見て突っ込む気のようだ。まだ早いと俺は思ったが、止めるも間もなかったので否応なしに追随した。放っておくわけにいかない。
追いつくと、フロールが一人を既にぶっ飛ばしていた。相手側はまだ混乱中で、負傷者の手当にあたっていたところだったようだ。
土槍が半身を見事に貫いていて、見るからに痛そうな串刺し状態だった。自分でやっていてあれだか非常にグロい。それでビビらせる効果も狙ってはいたが、ハマるとこうも酷い絵面になるとは。
そのせいもあってか、場を警戒していたのは一人だけだった。その役割の兵士もフロールの先制攻撃であっさりと再起不能状態だ。それほど強くない。
「な、何なのだ、貴様らはっ!?いきなり何てことをしてくれる!?」
「自分から仕掛けてきて、今更何を言ってる?」
外見からして偉そうな男がわめく。典型的な役立たずのボスだろう。
それ以外をとりあえず黙らせることにした。弓兵と魔法士、剣士の三人だ。
俺にとっては間接武器が厄介なのでその二人を雷撃で戦闘不能にする。雷を頭上から落とすというシンプルな魔法だが、急に高電圧を受けて火傷とショック状態になると人は即座に気絶する。自然の電気ではないので魔力抵抗値のようなもので威力は変動するが、これまでにこの攻撃が効かなかった者はいない。
剣士の方はフロールが圧倒して昏倒させていた。
戦闘はあっという間に片付いた。完全勝利と言っていい。
「で、なんで急に襲って来たんだ?」
改めて残った男に問う。どこかの貴族というか、おそらくデリなんとか国の者だろう。さすがに夜会などに出るような貴族服ではなかったが、鹿狩りなどで着る高そうな狩猟服とでも言うべきものをまとい、こんな場に似つかわしくない指輪やアクセサリーを身に着けている。場違い感が甚だしい。
一体なぜこんな場所にいるのか。貴族自らキノコ狩りなんてするはずがない。
護衛の兵士たちが一瞬で無料化されて男は完全に涙目になっている。想像以上に小物だったようだ。
「な、なな、ななな……!!」
未だ状況が飲み込めていなかったようだが、やがて尻餅をついてその場で声すら失っていた。でっぷりとした肥満体形なのでそのまま自分で起き上がれるか怪しいほどだ。
「さっさと質問に答えろ。なんでいきなり襲ってきた?」
どれだけ怯えていようと許すつもりはなかった。命を狙われたのだ。なぁなぁにするつもりはない。そして、上から目線の詰問は気持ちがいいい。優越感に溺れる人間が多いのもうなずける。もちろん俺は限度を知っているので常識の範囲で楽しんでいるだけだ。
「そ、それは……私の場に勝手に貴様らがいたからだ。きょ、今日のこの辺りは私だけのものだ!さ、さっさと去るがいい!」
「勝手なことを。ここは霧の森だ。誰のものでもない」
「な、何を言うか!私を誰だと思っておる!デナンダリオ公国オリアイム伯爵が子息、ゴロ――」
「ああ、いい、いい。お前が誰だろうと関係ねぇ。ここで死ぬか、さっさと帰るかどっちか選べ」
俺は未だに立場が分かっていない男を遮って、小型ナイフをつきつけた。
キノコを削る取るためのもので武器として持ってきたわけじゃなかったが、こういう時にも役に立つ。
「ひ、ひぃぃぃーーー!!?」
貴族男は情けないポーズで、「か、帰る、帰ります!!」とあっさりと折れた。
やはり小物だった。いや、別にそこで意固地になられても面倒になるだけだったのでそれでよかったんだが。
「じゃあ、さっさとこいつらを連れて勝手に帰れ。二度と関わるなよ?」
「だ、だが、私の部下が死にかけているし、他もまだ目を覚まさ……」
「知るか。てめぇの自業自得だろ。それより早くしろ、俺は短気だ」
「わ、分かりましたっ!」
すっかり従順になった貴族一行をその場に残して、俺はハーニャの元へ戻ることにした。もうあいつらには関心はなかった。
しかし、助手の姿がどこにもいない。道は間違えていないはずだ。
「ハーニャ?」
まだ言いつけを守ってどこかに隠れ潜んでいるのかと思って声をかける。返事はない。
「……グレイ、こっちに気になる痕跡がある」
フロールが真剣な顔で手招きする。屈んだその手元には、見慣れた衣服の切れ端があった。ハーニャが今日着ていたスカートの柄だ。
嫌な予感がする。モンスターにでも襲われたのだろうか。
「気配を探れるか?」
自分でも魔力探知をしながら、最悪な事態を想像してすぐに否定する。ハーニャは強くはないが弱くもない。最低限の護身術もある。簡単にやられるはずはない。
「ああ、やってる……ってか、あの貴族連中の仲間かもしれない。合流しそうな位置に反応がある」
「くそっ、入口にいた奴らが追って来たのか?とにかく、行くぞ!」
俺たちはすぐさま引き返した。
正直、完全に冷静さを失っていた。ハーニャはこの世界でいま、俺が一番心を許している娘だ。傷つくようなことがあってはならない。全力で守ると誓った相手だった。
だからこそ、その光景を見た瞬間に動いてしまった。無意識に攻撃を仕掛けていた。理性のブレーキなど吹っ飛んでいた。
ハーニャが鎖につながれて引きずられていた。いかにもな鉄の鎖だ。彼女にとって忌まわしいトラウマ。
俺は風魔法で自らを風に乗せて、鎖を持っている男に突進した。身体強化で硬化していたので相手が鎧をまとっていても関係ない。急加速した以上の距離を吹き飛ばした。向こうがどうなろうと関係ない。力任せに突き飛ばして引き離した。
即座に怯えて泣いているハーニャの鉄鎖を力任せに引き千切る。普段ならそんなことができるとも思わなかっただろうが、怒りで我を忘れていた。
実際にはその鎖は鎖鎌の一部だったようだ。
その千切れた先の鎌の刃が近くにいた人間の足元に転がったので、それを利用してその男も斬り裂いた。風魔法で勢いよく持ち上げてやれば、そのまま垂直的な突き上げ攻撃となった。
一連の流れはたった数秒の出来事だ。
ハーニャを泣かせたバカ野郎どもは何が起こったのか分からないまま硬直していた。
更に一人を力いっぱい殴りつけると、残る二人がようやく動き出した。
「なっ、何をしやがる!」
森の入口で顔を合わせていたかもしれないが、お互いによく覚えてなどいない。今は単なる動く的だ。
俺は斬りかかってきた相手に雷撃を放ち、残る一人にも土槍を足元から突き刺してやった。
一方的な蹂躙が終わると、ようやく頭が冷えて少し落ち着いた。殴った拳が痛いが、気にしている暇はなかった。
「大丈夫か、ハーニャ?一人にしてすまなかった」
大切な助手を抱きしめてやると、必死にしがみついてきた。相当怖かったのだろう、全身がまだ震えていた。
「あ、ああ……ご主人様……」
「もう大丈夫だ、安心しろ」
何度もその頭を撫でてやる。獣耳がすっかりしょげ返って張りが無くなっている。そのざらついた毛並みの状態でどれだけ緊張していたのかは分かる。あの明るさが完全に消え、怯えた迷子のように泣いていた。こんな風にさせまいとしてきたと言うのに。
またふつふつと怒りが湧いてきたが、フロールの言葉で我に返る。
「ハーニャが無事で良かったが、あれはどう片付ける?こうなると、さすがにもう口頭で手打ちってわけにはいかない状況だぜ……」
困り果てたような声音で、例の肥満貴族に顎をしゃくる。
相手はどこかの国の貴族だ。完全にあちらに非があろうと抗弁するだろう。ここで脅して帰したところで、その後権威を振りかざして怒鳴り込んでくる可能性は大いにある。セリオン国の後ろ盾があるとはいえ、そのセリオン自体が国際的にどの程度の力を持っているかと言われると、大分心許ない。数多ある小国の中でもせいぜいミドルクラスの一つでしかない。
「……どうするべきだ?」
例の貴族はもう抵抗する気はなく、部下が一瞬で惨殺された状況にただ泡を吹いて頭を抱えていた。
「一応向こうの言い分を聞いてから、むっちゃ脅してこれ以上もめないように言い聞かせるとか?」
「それで本当に大人しくなるか?」
「……正直、厳しい気がする」
俺はハーニャをフロールに預けて、とりあえず太っちょ貴族に話を聞く。
「もうお前には会いたくなかったんだが、どうして俺の連れを捕らえたりしたんだ?」
「ひぃぃーーー!!?し、知らん!私は何も命令しておらん!」
「けど、あいつらはお前の部下だろう?」
「あ、あやつらが勝手にやったことだ!もう貴様自ら罰を下しただろう?このまま去るがいい。この件は忘れてやる。どこぞなりへと消えろ」
「忘れてやる?消えろ?俺の連れを泣かせておいて、それで済むと思っているのか?」
俺はかちんと来て、貴族の樽のような腹を蹴り上げたい衝動にかられた。
どうにも頭に血がのぼっている。短気が止まらない。それをどうにかコントロールする。俺は平和主義者だ。穏やかに話を進めないと。
「あわわわ……す、すまないとは思っている!だが、本当に部下がやったことで私は何も知らないんだ!」
「何だそりゃ、お前の部下は普段から女を捕まえてるってのか?」
「ち、違う!この一帯は今日、私たち以外はいないはずだった。だから、誰かが入り込んでいたらそれは私のものだという、そ、そういう感じで捕らえてきたのだろう……」
無茶苦茶な論理だった。意味が分からない。
分からないと言えば、貴族がわざわざこの森に来たこともそうだ。さっきは有耶無耶にしたが、気になるので尋ねておく。
「ちょっ、ちょっとした材料を取りに来ただけだ」
怪しい言い方だった。もっと具体的に吐かせてみると、メジェリという草の葉の名をようやく口にした。まったく知らなかった。
フロールに聞くと、それは魔薬の原材料にもなるという珍しいものらしい。魔薬というのは毒にも薬にもなる薬草の一種で、強力な効果がある反面副作用も大きいものだ。扱いが難しいので資格のある薬草師以外は煎じることが禁止されていた。貴族は魔薬作りを当然のごとく否定したが、態度からして何もかも胡散臭すぎた。何よりも、自らがこんな森の中にまで採りに来るということ自体が異常だ。後ろめたいからこそ、他人に任せずに自らやろうとしていたのではないだろうか。
その疑念を確かめるべく、まだ生きている他の部下を少し尋問するとあっさりとその事実を認めた。もぐりの薬草師と組んで一儲けしようとしていたらしい。
「麻薬を作って売ろうとしていたのか?貴族が?」
「くっ、うるさい!ちょっとたしなむぐらいなら問題ないのだ。愚民を従えるのにも金はいる。その工面にあてるだけだ。私自らわざわざ――ぐはっ!!!?」
うるさいのはお前だとばかりに殴って黙らせる。開き直るあたりどうしようもない。
この世界の魔薬も中毒性があり依存症になって廃人になる可能性が高い。精製が制限されているのは危険だと認識されているからだ。使い方次第では麻酔的な役割とか重病人の痛み緩和などでプラス方面でも活用されているが、一般的なイメージはやはり瞬間的に後遺症度外視での強化や快楽目的での用途が多く、違法性が高いというものだ。クスリ、ダメ、セッタイ。
これでこの貴族がクズだということが証明された。どう処理するべきか悩んでいると、
「こ、こんなことをしてタダですむと思うなよ!貴様は絶対に許さん!私の家の誇りにかけて――」
最終的にまったく反省しないどころか、逆ギレで完全に脅しをかけてきたので後腐れなく殺すことにした。
ここでうかつに逃がすと、後々絶対に復讐しに来ることは明白だった。現代の地球ならまだしも、この異世界では貴族の権威というものは馬鹿にできない。まともな裁判も期待できず、白を黒とされることもあり得る階級社会だ。自分の身は自分で守るしかない。危険の芽は早めに摘まないと、こちらの人生が詰む。
「お前が死ね」
問答無用で雷撃を心臓に放つ。雷が直撃したようなものだ。手加減なしでの電気ショックで普通は即死する。魔法の特性上、魔力での抵抗値というものがあるが、この貴族はそうした耐性値が高くはなかったので呆気なく大人しくなった。
他の生き残りにも悪いが死んでもらう。こんなのに付き従っていた時点で同罪だ。諸事情があったかもしれないが考慮していられない。目撃者がいると厄介だった。
完全に悪人の思考で犯罪をしている自覚はあったが、それにたいして罪悪感はそれほどない。とっくにそういうものだと割り切っていた。
元の世界とは倫理観も社会通念も違う。綺麗事で不殺だの平等の精神だのと言っていたら、簡単に殺される世界だ。郷に入っては郷に従え、だ。できるだけ近代的な博愛主義を掲げはするが、そこにこだわってバカを見る気はない。いつでも武力行使も辞さないと決めている。
死体を全部地面の穴に埋めて土を戻す。土系の魔法はこういう時に便利だ。いや、死体処理にという意味ではない。簡単に地面を掘ったりできるという意味で。
「……終わったな。キノコを採って早く帰ろう。ハーニャ、もう大丈夫か」
「は、はい。すみませんでした、ご主人様。わたしがつかまったばっかりに……」
「気にしなくていいし、謝る必要もない。もうこの話は終わりだ。お前はいつもみたいにへらへら笑ってろ」
「む?なんですか、それは。まるでわたしがおばかさんみたいじゃないですか」
「そんくらいで丁度いいってことだ。むくれるな」
その頭を撫でてやると、ようやくその耳がふわふわしてきた。少しは元気になったようなのでよしとする。
「……アタシは何も見なかった。誰とも会ってないし、ただ森でキノコを探してただけ……」
フロールが現実逃避してぶつぶつ言っているが、それもまたよし。
人間切り替えることが肝要だ。
嫌なことは忘れて、楽しいことに目を向ける。健全な生活の秘訣だ。
何事も割り切って生きていく。
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