第19話 妖精の国へ②

──どこかの森の中。

 霧が晴れて真帆達がいたのは、薄暗い森の中だった。

 

「ここが……妖精の国?」

『いいえ、あの先よ』

 

 ピクシーが指差した先。二つの木がお辞儀をするように湾曲している。その半円を描いたような空間が淡い光を放っていた。

 その先は強い光の空間に包まれ、奥がどんな景色なのかわからない。

 

『おいでオズの子』

『ようこそ、わたしたちの国へ』

『楽しみましょう!』

 

 ピクシー達は光の中へ飛んで入っていく。

 真帆達も続いて、光の方向に歩き出した。

 

「……帰れますよね……」


 鳥羽と春鈴の後ろからついて行きながら真帆は聞いた。

 

「怖くなったか?少女を助けるんだろう」

「それはもちろん!でも……戻れなきゃ意味がないし……」

 

 真帆の魔力がこもった魔鉱石で得られたのは、妖精の国への片道切符。

 たとえ亜澄果を救出できても、帰れる保証はないのだ。

 

「なにか手立てはあるはずよ。まぁ……最悪、わたしの眼は失う覚悟はしなきゃね」

「そんな……!」

 

 “帰り”を要求したとき。ピクシーが出した条件は春鈴の両眼と鳥羽の片目だ。それが真帆の魔力と同等の価値があるのだろう。

 それともう一つ……真帆の片眼も“帰る”ための対価になりうる。帰る方法がないのなら、自分は──

 

「自分の片眼を差し出そうなんて、馬鹿なことは考えないでよね」

 

 春鈴に考えていたことを読まれていたようだ。真帆は苦笑して誤魔化した。

 

(他にも方法があれば良いんだけど……)

 

「……さて、入るぞ」

 

 妖精の国への入り口の前。鳥羽の言葉に真帆と春鈴は頷いた。

 光の中へ足を踏み入れる。眩い光に包まれ、真帆は目を伏せた。

 進めば光は消え、温かな光を感じる。真帆はそっと目を開けた。

 

「……!!」

 

 その光景に瞳を大きくする。


 どこまでも続く色とりどりな花畑。風が運ぶ土草の香りと甘い花の匂い。夜明けのような色合いの空。雲はひとつとない。

 

「……これが妖精の国」

 

 美しい景色に感嘆をもらす。まるで絵に描いたような常世の世界だ。

 

「来てしまったわね……」

「あぁ……」

 

 春鈴と鳥羽は杖を握りしめ持ち歩き出す。少年はその後に続く。

 真帆は二人に声をかけた。

 

「聞いてもいいですか?」

 

 鳥羽は前を向いたまま答える。

 

「なんだ?」

「まだわからないことがあって」

 

 そう前振りをして続けた。

 

「八尾さんがピクシーに妖精の国へ連れてこられた。というのはわかりますが、彼女の母親が娘を見る目が変わった原因はなんです?」

 

 鳥羽曰く、この二つの出来事はピクシーに関係する。らしいのだが、母親が『娘を愛せない』と嘆いていた原因がわからない。

 真帆の疑問に鳥羽が答える。

 

「それはピクシーの魔法によるものだろう」 

「……もしかして、ピクシーが母親に魔法をかけていた?」

「母親に『娘が醜く見える魔法』をかけ、娘への気持ちを離れさせた。そうすることで孤立した娘を甘言で妖精の国に誘ったのだろう」

 

 それを聞いて真帆はひとつ思い立ったことがある。

 

「“魔法”なら、鳥羽さんや春鈴さんが魔法を解いてあげれば良いんじゃ……」

 

 春鈴が真帆へ振り返った。

 

「人間の魔法と妖精の魔法は違うのよ。妖精の魔法は、魔法使いには解けないの」

「えっ……どうしてですか……?」

「妖精の魔法はね、“呪い”や“祝福”に分類されるの。人間が使う魔法とはことわりが違うのよ」

 

 真帆は眉を下げる。

 

「それだと、ずっと八尾さんを“醜い”と思い続けたまま……?」

 

 そんなことは、あまりにも非情だ。

 無事に亜澄果を助けて母親のもとに連れて帰ったところで、娘を見る目は変わらない。

 “愛したいのに愛せない”そんな苦痛を味わい続けながら、これからを生きていかなければならないのか。

 

「妖精の魔法を解く方法は2つよ。魔法をかけた妖精に解いてもらうか、魔法をかけた妖精を殺すか」

 

 ごくりと息をのむ。

 

「……妖精を殺す……」

「最悪の手段だな。ピクシーが大人しく言うことを聞いて、魔法を解いてくれれば良いが」

 

 真帆の胸が痛む。魔法をかけたピクシーは、きっと亜澄果が助けたピクシーだろう。

 

「こんなことって……」

 

 ひとり呟くと、鳥羽の足が止まる。従って真帆と春鈴も足を止めた。

 鳥羽が真帆に体を向けてくれば、その表情は厳しかった。

 

「君は生半可な覚悟で着いてきたのか」

 

 彼の冷たい声が真帆に突き刺さる。

 

「……それは……」

 

 真帆は顔を伏せた。

 鳥羽は“妖精を殺す覚悟”を求めている。『非情になれ』ということだろう。

 だが真帆は鳥羽のように非情にはなりきれない。

 

「君は何も理解していない。オズヴァルトの魂を持つことがどういう意味なのか。オズヴァルトがどれほどの影響力をもたらすのか」

 

 冷静な語り口で鳥羽は続ける。

 

「オズの子であるおのれから逃げ、魔法使いになる気もない君が、私たち魔法使いと対等に肩を並べられると思っているのか?」

 

 真帆は顔を伏せたまま拳を握りしめた。

 

「君が少女を助けたいという気持ちは関心するが、私たちにとっては保護対象だ。自立もままならない子どもでしかない」

 

 そして鳥羽は真帆をおいて先に歩き出す。彼の遠ざかる足音だけが聞こえていた。

 

「真帆くん……」

 

 春鈴は少年をフォローしようと優しい声で名前を呼ぶ。

 拳を握りしめた真帆は顔をあげ、遠ざかる背中に向かって声を張りあげた。

 

「それでも僕は彼女を助けたい!頼りない子どもでも、悲しんでいる彼女の手を引いてあげることはできる!!」


 公園で亜澄果が泣いていたとき。真帆は隣で黙って傍に寄り添うしかできなかった。

 彼女を励ます言葉も口にできず、自身の無力さを嘆いていた。

 

 だけど──今回は違う。

 妖精の国に囚われた彼女の手を取って、母親に会わせてあげるんだ。

 たとえ鳥羽や春鈴のように魔法を使えなくても。自分には自分にしかできない役割がきっとあるはずだから。

 鳥羽は振り向かなかった。黙って着いて来いと言うように。

 真帆は歩き出す。それに続いて春鈴も歩みを進めた。

 

(絶対にいつか追い越してやる)

 

 今は横に並ぶことすら許さない彼を、真帆は必ず隣に立って、追い越してやるのだと胸に誓った。

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