第18話 妖精の国へ
「駄目だ」
迷いのない冷静な一言だった。鳥羽から厳しい視線を向けられる。
「魔法使いでもない君は足手まといだ」
「……!!」
真帆は唇を噛み締めた。
「僕は彼女を助けたい!行かせてください!!」
「……さっきも言ったが、少女が居ると確証はないんだぞ」
「確証は無くても、鳥羽はさんは“いる”と思ってる。そうじゃなきゃ、自ら動こうとしないでしょう」
鳥羽の眉間に皺がよる。どうやら図星らしい。
「……やはり駄目だ。今の私は君の保護者だ。危険な目に遭わすわけにいかない」
彼の口から“保護者”と言葉が出てきたことに驚いた。
「こんな時だけ保護者面しないで下さい!!」
鳥羽の表情が険しくなる。
「面倒をみてもらっておいて、その口の聞き方はなんだっ!!」
双方、睨み合う。どちらも一歩も譲らない。
「鳥羽さんは頭が硬くて、冷徹で、優しくない!!」
「はぁ!?君の無鉄砲さには飽き飽きする!自分の立場をよく考えたらどうなんだ!!」
「ちょっと、なんの騒ぎよ!」
春鈴が魔香堂から入ってきた。
真帆と鳥羽は喧嘩をやめ、互いに顔を背ける。
「もう……人がいるのに喧嘩しないで。店の中まで聞こえてたわよ」
彼女が呆れた声で言う。真帆は春鈴に近付いた。
「春鈴さん、妖精の国に僕も連れて行って下さい」
「……それは……」
困ったように眉を下げ、言葉を選んでいるようだ。
少年が望んだ答えをくれないと悟り、真帆は苛立つ。
「どうして!?僕だって彼女を助けたいのに!」
真帆は春鈴と鳥羽を見る。しかし二人とも首を縦に振ろうとしなかった。
春鈴が聞いてくる。
「そこまでして助けたいの……?」
「理由が必要ですか?二人だって助けに行こうとしてるじゃないですか」
真帆にとって亜澄果は同級生であるが、二人はそれよりも関係が薄いはずだ。なのに身の危険を晒してまで彼女を助けに行こうとしている。
春鈴の短く息を吐く音が聞こえた。
「これは大人の責任なの。ピクシーを預けてしまったわたしの責任」
真帆は眉をひそめる。
「……どういうことです?」
「本当はわたしがピクシーを預かるつもりが、亜澄果ちゃんに託してしまった。あの子が妖精の国へ行ってしまったのは恐らく……そのピクシーが勧誘したのよ」
真帆はハッとする。
「それって春鈴さんが懸念していた。“彼女は魔法に関心があるから妖精と深く関わろうとするかもしれない”って話と繋がって……」
春鈴が心苦しげに頷く。
「まさか……」
真帆の中で全てが繋がる。
「八尾さんが消えたのも、お母さんが娘を愛せなくなったのも……八尾さんが助けたピクシーのせい……?」
春鈴も鳥羽も否定しなかった。静かな沈黙が全てを肯定している。
「だとしても、やっぱり僕は二人と行きます。八尾さんがピクシーを魔香堂に持ってきたとき、あの場には僕もいた。春鈴さんから妖精との関わり方も教わっていたんだ。それを僕が彼女を家に送ったときに教えるべきだった……そうでしょう?」
二人だけの責任ではない。亜澄果と関わっている以上は、真帆も彼女を助ける権利はあるのだと思った。
しかし大人二人は沈黙している。
「行かせてあげて」
その声は亜澄果の母親だった。
春鈴が開けっぱなしにしていた客間の入り口に立っている。
「奥様……」
春鈴が申し訳なさそうに視線を下す。
「私は貴方達を信じて待つわ」
母親は声色は彼女を労わるようだった。春鈴の手をそっと包む。
「娘を見つけて、私のもとに帰して。それだけが私の願いなの……だから……お願い……」
その瞳は潤み、神にでも願いを託すようでもあった。それから母親の視線が真帆へ向けられる。
「真帆くん……だったわね」
「はい」
「……娘をお願い……」
涙で赤くなった瞳が揺れている。母親の娘への愛情深さと、そのために何にでも縋りつこうという信念が見えた。
彼女の思いを無碍にしないためにも、真帆は力強く頷く。
「必ず娘さんに会わせます」
真帆は誓う。
亜澄果の手をとり、一緒にここへ帰ってくるのだと。
◇
亜澄果の母親にはクレオが傍にいてもらうことになった。一人で待つよりはいいだろう。混乱を避けるためにもクレオがケットシーだと言わず、『春鈴の飼い猫』と説明した。
真帆たちは庭に住むピクシーと交渉しているところだ。
『ワタシたちの国……?魔法使いとはいえ、簡単に教えられないわよ』
『赤子や小さな子どもなら歓迎だけどねぇ』
『ダメ、ダメ。行っても直ぐに帰ってくるんでしょ?』
「……やはり難しいか……」
真帆の隣で鳥羽は目を伏せる。
『
(半端……?)
それは妖精が鳥羽へ投げかけた言葉だった。
真帆は隣を見上げる。彼はいつもと変わらず冷めた表情だったが、苛立ちを感じた。
「仕方がない。仔犬くんの魔力を当てにする他ないようだな」
鳥羽の視線がこちらに向く。
真帆は巾着袋から魔鉱石を取り出した。陽の光を受けて輝いている。
『あら、素敵!』
『キラキラしてる!』
『宝石みたいね!』
ピクシーたちは気に入ったようだ。
「これを担保に、君たちの国へ連れて行ってもらえないかな」
真帆が聞けば、彼女たちは顔を見合わせる。
『……オズの子。それは“約束”?』
少年は緊張した面持ちで頷く。
「帰りの分もお願いしたい……どうかな……」
『ダメね。“行き”だけよ。それだけじゃ三人分の帰りは足りないわ。帰りも頼むなら……』
ピクシーが真帆の目の前に来ると目線を合わせた。
『オズの子。あなたの
「……眼……?」
背筋に虫が這うような寒気が走る。
「眼は駄目だ。せめて髪か」
鳥羽が答えた。しかしピクシーは不服そうに顔を歪ませる。
『髪……?それは足りないわ。片眼じゃなきゃ無理ね。それか、魔女の両眼と半端者の片眼よ』
「鳥羽さん……」
助けを求めるように鳥羽を見上げる。彼は顎に手を添え、低く唸った。
「片道で行きましょう。帰りは後で考えればいいわ。今は時間が惜しいもの」
二人の後ろから春鈴が言う。
「……わかった。“行き”だけにしよう」
ピクシーはにっこりと笑う。
そして歌い踊るように三人の周りをくるくると飛ぶ。
『行きましょうオズの子♪』
『連れて行きましょう、私たちの国♪』
『楽しくて幸せな国へ♪』
庭の景色が変わっていく。濃い霧が立ち込め、視界が悪くなってきた。
「真帆くん、手を握って」
春鈴から手を差し伸べられ、彼女の手を握る。少年の手は緊張で汗ばんできた。
三人は互いに背を向け円を組む。お互いの手を取りあった。真帆の手を握る春鈴と鳥羽の手は、逸れないようにと強く握られているようだ。その握る手の強さに真帆は少し安堵する。
次第に庭の霧が晴れてきた。太陽の日差しが庭に差し、穏やかな風が草花を揺らす。そこに三人の姿はない。
小さな巾着袋だけが土の上に落ちていた。
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