第9話 訪れた少女②

──魔香堂。

 真帆はカウンターの椅子に座り、春鈴から受け取った鉱石の欠片を握っていた。


「これだけで良いんですか?」


 前に立つ春鈴へ声をかける。


「いいのよ。それは魔鉱石で、魔力を吸収する役割があるの。握っているだけで真帆くんの魔力が魔鉱石へ溜まっていくの」

「それって、僕の魔力が吸い取られてるってこと!?」


 顔が真っ青になる。手の中にあるそれが恐ろしい物に思えてきた。


「平気よ、魔力は常に体内で製成されるんだから。無くなることはないの」


 真帆はそれを聞いてホッとする。


「だったら、この子はどうして弱ってるんですか。妖精も人間と同じで、体内で魔力が製成されるんじゃないの?」


 不安そうにバスケットの中で眠るピクシーを見つめているのは亜澄果あすかだ。


「亜澄果ちゃん。そのピクシーは公園で見つけたのよね。見つけたとき、籠の中に閉じ込められていたって言ったでしょう」

「はい。茂みの中に鉄の小さな鳥籠みたいなものがあって、その中に居たんです。あたしは籠から出したんだけど……」


 春鈴は頷く。


「亜澄果ちゃんが見た鉄の籠は、妖精を捕獲するための罠でしょうね。妖精にとって鉄や銀、金は相性が悪いの。だから鉄の籠に閉じ込め、衰弱させて捕獲するのね」

「酷い。どうしてそんなことを……」


 彼女の声色から怒りを感じられる。


「妖精を売るためだ」


 カウンター奥から聞こえてくる男の声。皆がそちらへ顔を向けた。


「鳥羽さん、蔵さんとの話は終わったんですか」


 真帆が聞けば、鳥羽は「あぁ」と短い返事をする。それからカウンターに置かれたバスケットの中を覗き、真帆や春鈴、亜澄果の顔をみて状況を把握したようだ。


「蔵から聞いた。最近は悪質な妖精の密猟が横行しているらしい。粗雑な鉄の籠での捕獲となると、その密猟の類いだろうな」

「妖精の密猟って、捕まえてどうするんですか?」

「決まっているだろ。闇市で売るとか、競売に賭けるとかだ。妖精は高値で取引される」

「そんな……可哀想……」


 亜澄果はバスケットに手を入れ、ピクシーを優しく撫でた。背中の羽が微かに動く。


「そろそろ良いわよ真帆くん。手を開いて見せて」


 春鈴に言われ握っていた手を開いた。握られていた魔鉱石は青碧せいへきに輝いている。


「あら、綺麗ね」


 感嘆の声をあげる春鈴と裏腹に、真帆は驚いていた。


「色が変わってる!」


 春鈴から受け取ったとき、魔鉱石は無色だった。それが青碧色に変化しているのだ。まるで宝石のよう。


「面白いでしょう。人によって変化するのよ」


 彼女は真帆の手の中から魔鉱石を取り上げる。それをバスケットの中へ入れた。


「これで暫く置いておくの。そうすれば元気になるわ」

「どういうことですか?」


 真帆は立ち上がりバスケットを覗く。ピクシーは規則正しく呼吸をしているようだ。その傍で魔鉱石は輝きを放っていた。


「魔力は体内で製成されると言ったでしょう。でも体が衰弱していると製成される魔力も少なくなる。風邪をひいた時って体力が低下するじゃない。それと同じことが魔力でも起こるの」

「このピクシーは弱っているから魔力が少なくなってるってことですか?」


「体内で製成される魔力が一時的に低下している状態にあるわ。妖精はそれが長く続くと命に関わる。けれど妖精って、人間と違って自然の僅かな魔力マナを吸収できるのよ。真帆くんの魔力がこもった魔鉱石を置いておけば、同等のことができるわけね」


「体内で魔力を製成しにくい状況だから、外側から魔力を得る。というわけですか」

「そういうこと」


 しかし真帆はまだ納得しきれない。


「それなら春鈴さんも魔力がありますよね。でも春鈴さんは僕がだって、それは?」

「簡単な話だ。君が“オズの子”だからだ」


 春鈴の代わりに答えたのは鳥羽だった。


「“オズの子”である君の魔力はオズヴァルトと同等である可能性が高い。私や春鈴より遥かに魔力の資質が高いはずだ。衰弱しているピクシーに与えるのなら、君の強い魔力のほうが効率がいいだろう」


 そう言われ、真帆は自分の手のひらを見つめる。

 己の中にあるオズヴァルトの魂。それゆえに魔力も古代の魔法使いと同等の資質があるという。しかしそれは実感がなく、鳥羽が言ったことが他人事のように感じていた。


「亜澄果ちゃん。ピクシーが回復するまで時間がかかるわ。このバスケットとピクシーを預かってもいいかしら。無事に回復次第、わたしが安全な場所へ返しておくわ」


 少女はすぐには返事をしなかった。少し間を置いたあと、バスケットに手を添える。


「あたしが連れて帰ってもいいですか?この子が元気になったら、ちゃんと自然に返します」


 鳥羽は渋い顔をすると、呆れたように息を吐くのだ。


「犬や猫とは違うんだぞ。彼女に任せておけばいい」


 すると春鈴は鳥羽の肩に手を置き、割って入る。


「いいわよ亜澄果ちゃん。あなたに任せるわ」

「本当に!?ありがとうございます!」


 亜澄果は満面の笑みを浮かべ、春鈴に頭を下げた。


「春鈴……」


 物言いたげな鳥羽。そんな彼に春鈴は「大丈夫よ」と小声で囁く。それから少女に向き直った。


「亜澄果ちゃんのご自宅はどちら?この近くかしら」

梅錦橋うめにしきばしを渡った先の住宅地です」

「それなら歩いてでも行ける距離ね。真帆くん、八尾さんを送ってあげて」


 真帆は頷くと「行こうか」と亜澄果に声をかける。彼女はバスケットの蓋を閉め両腕で抱え、二人は魔香堂を出た。

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