第7章 力の代償(中編)
熱は、引かなかった。
それどころか、刻一刻と身体の奥で増していく。
蓮は寝台の上で横たわりながら、何度も浅い呼吸を繰り返していた。
(……息が、うまく……)
胸が詰まる。
心臓の鼓動が、やけに大きく響く。
――どくん。
その拍子に、視界が一瞬、赤く染まった。
「……っ!」
指先が、再び光る。
今度は、はっきりとした紅色だった。
「妃様、動かないでください!」
小翠が慌てて声を上げる。
「だ、大丈夫……」
そう言おうとしたが、声が喉で途切れた。
言葉より先に、痛みが来た。
骨の内側から、ひび割れるような感覚。
血が、燃えている。
「……あ……!」
思わず声が漏れる。
龍の血が、確かに流れている。
それを、全身で理解させられる。
「医官を、もう一度……!」
小翠の声が遠い。
次の瞬間、寝台の周囲の空気が、揺らいだ。
――ぱきり。
聞き慣れない音がして、几帳の柱に細かな亀裂が走る。
「……っ!」
小翠が悲鳴を上げ、後ずさった。
「妃様、今のは……!」
蓮は、必死に手を胸に押し当てた。
(落ち着いて……)
だが、落ち着こうとするほど、血が逆流する。
恐怖。
不安。
そして――誰かを失う想像。
それらが、力を呼び起こしてしまう。
「……来ないで……」
無意識に、そう呟いた。
その瞬間、床に置かれていた燭台の火が、揺らめき、大きく膨れ上がった。
「ひっ……!」
小翠が、思わず床に座り込む。
「妃様……妃様、見ないで……!」
蓮は、自分の力が周囲を脅かしていることに、ようやく気づいた。
(……私が、壊してる)
守られる存在ではない。
守るべき存在ですらない。
――危険な存在。
「……やめて……」
涙が、頬を伝う。
その時、扉が勢いよく開いた。
「下がれ!」
低く鋭い声。
暁明だった。
小翠が、縋るように顔を上げる。
「陛下……妃様が……!」
暁明は、何も言わずに近づいた。
だが、あと一歩のところで、足を止める。
空気が、重い。
蓮の周囲だけ、異様に熱を帯びていた。
「……蓮」
名を呼ばれただけで、胸が痛む。
「……来ないで……」
蓮は、弱々しく首を振った。
「私……私が……」
暁明の表情が、歪む。
近づけば、危険だ。
だが、近づかねば、彼女は壊れてしまう。
「張廉」
暁明は、背後に控える側近を呼んだ。
「結界を」
「……陛下」
一瞬の躊躇のあと、張廉は符を取り出した。
「これは……」
蓮は、目を見開く。
「力を、抑えるためのものだ」
暁明の声は、冷静だった。
あまりにも、皇帝としての声。
「……抑える?」
「暴走を止める」
その言葉に、蓮の胸が、ぎゅっと縮む。
「それは……私を、閉じ込めることですか」
暁明は、答えなかった。
それが、答えだった。
符が空に舞い、淡い光の膜が、蓮を包む。
「……っ、あ……!」
力が、押し戻される。
血が逆流するような苦しさ。
「や……やめて……!」
蓮は、寝台の上で身をよじった。
「お願い……暁明……!」
名を呼んだ瞬間、暁明の拳が震えた。
「……耐えろ」
絞り出すような声。
「今は、それしかない」
結界が、完全に閉じる。
周囲の揺らぎが、ようやく収まった。
だが、その代償は――。
「……は……」
蓮の呼吸が、極端に浅くなる。
「妃様!」
小翠が叫ぶ。
暁明は、結界越しに、蓮を見つめていた。
触れられない。
近づけない。
守るために、遠ざけた。
(……これで、いいのか)
皇帝としては、正しい判断だ。
だが、男としては――。
「陛下」
張廉が、低く告げる。
「この状態が続けば……」
「分かっている」
暁明は、視線を逸らさなかった。
「代償が、蓄積する」
蓮の意識が、ゆっくりと沈んでいく。
(……暁明)
声にならない呼びかけが、胸に残る。
(私は……守られているの……?)
それとも――。
意識が途切れる直前、彼女は思った。
(……独り、だ)
その感覚が、何よりも辛かった。
結界の外で、暁明は静かに目を閉じた。
「……必ず、終わらせる」
誰に向けた言葉かは、自分でも分からなかった。
力を制御するか。
力を失わせるか。
選択の時は、確実に近づいている。
そしてその選択が、
愛を引き裂く可能性を孕んでいることを、暁明は理解していた。
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