第8章: 迷いと決断【中編】

悠斗はその夜、何度も心の中で決断を繰り返していた。阿部から届いたメッセージを見ながら、彼の優しさがどれだけ自分を支えてくれているのか、改めて実感していた。だけど、それでも迷いが消えることはなかった。


「阿部が言ってくれることは分かる。でも、僕はどうしても不安が消えない。」悠斗は自分に向けて呟いた。


翌日、放課後。悠斗は再び阿部と一緒に帰る道を歩いていた。昨日の会話を思い出しながら、悠斗はふと足を止めた。


「阿部、ちょっと話があるんだ。」悠斗は、ゆっくりと口を開いた。


阿部は歩みを止め、悠斗の方を見つめた。「何だ?話って。」


悠斗は迷いながら言葉を絞り出した。「僕、君に対してどうすればいいのか分からなくて。過去のことを知っても、君が僕を支えてくれるのはすごく嬉しいけど…僕がその重荷になったらどうしようって、どうしても怖いんだ。」


阿部はその言葉を静かに聞き、少しの間黙っていた。そして、深く息をついてから、穏やかに答えた。「悠斗、君が過去をどう乗り越えるか、そしてその過程を僕がどう支えるか、僕はそれを選んだんだ。君がどんな気持ちでいるのか、どんな不安を抱えているのか、それも分かる。でも、君が恐れていることが、必ずしも現実になるわけじゃない。」


悠斗は阿部の言葉を聞いて、心が少し軽くなるのを感じた。阿部が言ってくれるように、過去のことがすぐに問題になるわけではないし、阿部が一緒にいると言ってくれる限り、何とかなるのかもしれない。それでも、心の奥底にある不安がどうしても拭えない自分がいる。


「でも、過去を知られたら、君の気持ちが変わってしまうんじゃないかと思う。」悠斗は言った。「もし、それが原因で君が距離を取るようになったら、僕はどうすればいいんだろう。」


阿部は少し真剣な表情で言った。「君が過去を隠していることで、逆に苦しんでいるのが分かるから、僕は君を支えたいと思ってる。過去がどうだって、君がそれを受け入れているなら、僕も君を受け入れたい。」


悠斗はその言葉に胸が締め付けられる思いがした。阿部がどれだけ自分のために気を使い、支えてくれているのか、それが分かるからこそ、もっと不安になってしまう自分がいる。


「でも、僕は過去に振り回されている気がするんだ。」悠斗は言葉を続けた。「もし、今のまま君と一緒にいることが、君を傷つけてしまうなら…その方が良くないのかもしれないって思う。」


阿部は静かに悠斗を見つめ、少しの間黙っていた。そして、ゆっくりと歩き出しながら、彼の肩に軽く手を置いて言った。「悠斗、君が過去をどう感じているかは理解するけど、それを乗り越えようとしている君が僕には大切なんだ。過去がどうだったかじゃなくて、君がどう前に進むのか、それが大事だと思う。」


その言葉に、悠斗はまた胸が熱くなった。阿部の言葉には、真剣さと優しさが込められている。それでも、彼に頼りすぎる自分に対して、どうしても罪悪感が湧いてきてしまう。


「僕…どうしても君を傷つけたくない。」悠斗は涙がにじんだ目を隠すように顔を背けた。「君に心配をかけたくない。」


阿部はその反応に気づき、軽く笑って言った。「悠斗、君が傷つけたくないと思う気持ちも分かるけど、僕は君を支えるためにここにいるんだ。だから、君が辛いとき、悩んでいるときには、僕に頼ってほしい。僕は君の力になりたいと思っているよ。」


その言葉に、悠斗は少しだけ心が軽くなったように感じた。阿部が言ってくれることで、少しずつ自分の心が整理されていくのがわかった。過去に縛られた自分を引きずりながらも、阿部に頼っていいのだという覚悟が少しずつ固まってきた。


「ありがとう、阿部。」悠斗はようやく顔を上げて、彼に微笑んだ。「君がいてくれて本当に良かった。」


阿部は穏やかな笑顔を浮かべて、悠斗の肩をもう一度軽く叩いた。「僕も、君と一緒にいることができて本当に幸せだよ。」


その時、悠斗はついに自分の心の中で一つの決断を下した。過去を背負いながら、前に進んでいくためには、阿部にもっと頼っていくべきだということ。自分だけで全てを背負い込むことなく、支えてくれる人を受け入れて、一緒に歩んでいくことが大事だと。


その夜、悠斗は久しぶりに心から眠ることができた。自分の心の中で、少しずつ迷いが消え、前に進むための覚悟ができたような気がした。これから先、どんな試練が待っているのか分からない。しかし、阿部と一緒にいれば、きっと乗り越えられると思えるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る