第8章: 迷いと決断【前編】
悠斗は阿部と共に歩いているとき、心の中で何度も葛藤を繰り返していた。彼が言った通り、過去を背負うことは自分の一部であり、それに縛られることなく前に進むことが大事だというのは、今でも十分に理解している。しかし、その「前に進む」という言葉が、どこかで重く感じられることがあった。
特に、阿部との関係については未だに不安が拭えなかった。阿部は悠斗をどこまでも支えてくれようとしてくれていることは分かる。だが、その背後にある過去をどう受け入れてくれるのか、心の中で引っかかる部分があった。
悠斗はその不安を抱えたまま、放課後に阿部と一緒に帰る日常が続いていた。しかし、何度も心の中で何かを決めようとしていたが、その決断を下せずにいた。
ある日、いつものように一緒に帰っていた時、悠斗はふと歩みを止めた。阿部もその気配に気づき、立ち止まって彼を見た。
「どうした?」阿部は静かに尋ねた。
「阿部…」悠斗はその目を見つめた。「僕、今、どうしても決めなきゃいけないことがあるんだ。」
阿部はその言葉に少し驚いたような表情を浮かべた。「決めなきゃいけないこと、って?」
悠斗はしばらく黙って考え込み、深く息をついた。「僕…君と本当に一緒にいる覚悟が、できているのかどうか分からない。君が言ってくれることは分かる。過去がどうであれ、今を生きるって。でも、もし僕の過去が君に重荷をかけてしまったら…その時、君はどうするのかなって、考えてしまう。」
阿部はしばらく黙って悠斗を見つめ、その後、ゆっくりと答えた。「悠斗、君が抱えている不安や恐怖の気持ちは分かる。でも、僕が言ってきたように、君の過去がどうであれ、僕は君を支えたい。君がその過去をどう受け入れて、それを乗り越えていこうとしているのか、それを僕は見ている。」
「でも…」悠斗は言葉を続ける。「過去が重すぎて、君にその重荷を背負わせることになったら、どうすればいいんだろう?君が言ってくれることはすごく嬉しいけど、僕はその恐れがどうしても拭えない。」
その言葉を聞いた阿部は、少しだけ間を置き、深く息をついた。「もし、君が過去を乗り越えようとしているなら、僕はその姿を応援したい。それがどれだけ大変でも、君がその過程で悩んでいるなら、僕も一緒に考えながら支えていきたい。」
悠斗はその言葉を聞きながら、心の中で少しずつ整理がついていくのを感じていた。阿部の言葉には、確かな覚悟と温かさが込められている。それが何よりも自分を支えてくれていることを、悠斗は確信していた。しかし、それでも心の中で何かがぐるぐると回っていた。迷いと不安が消えない。
「でも、阿部、僕はどうしても君を傷つけたくない。」悠斗は静かに言った。「君を悲しませたくないし、君を無駄に傷つけてしまうくらいなら、いっそのこと離れた方がいいのかもしれないと思ってしまうこともある。」
その言葉に、阿部はしばらく静かに考えてから、強い口調で答えた。「悠斗、君がそんな風に思うのは分かる。でも、君が一人で抱え込まなくても、僕は君と一緒にいる。その覚悟を持っているから。」
悠斗はその言葉を胸に刻むように聞いた。しかし、その覚悟が自分にとっても、どれだけの重さを伴うものなのか、どうしても実感が湧かない自分がいた。
その夜、悠斗は一人で部屋にいると、ふと冷静に考える時間ができた。自分が抱えている不安、恐れ、そして阿部に対する気持ち。それらが交錯し、どうしても整理がつかない。けれど、その中で気づいたことがあった。
自分が本当に不安に思っているのは、阿部が自分を支え続けることに対して耐えきれなくなってしまうのではないかということだった。阿部が自分の過去を知り、それを乗り越えていこうとしている自分を支えることが、どれだけ大変なことか。それを考えたとき、悠斗は自分がどこまで阿部に頼っていいのか、そしてその頼り方が本当に正しいのかを見極めるべきだと感じた。
「僕は…どうすれば、阿部に頼ることができるんだろう。」悠斗はぼんやりと天井を見上げながら呟いた。
その時、携帯が鳴り、阿部からのメッセージが届いた。
『悠斗、今日のことをちゃんと考えてみた?』
そのメッセージを見た悠斗は、少しだけ微笑んだ。阿部はいつでも、どんな時でも、悠斗のことを気にかけてくれている。彼がそばにいてくれることに、悠斗はどれだけ支えられているのかを再確認する。
『うん、考えたよ。もう少し、君と話してみたいことがある。』
悠斗はメッセージを送信すると、再び自分の気持ちを整理するために深呼吸をした。彼の中で、阿部に対する気持ちは確かなものだ。過去に囚われず、今を生きるために必要なのは、阿部と一緒に前に進む覚悟だと、少しずつ思い始めていた。
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