第7章: 心の中の叫び【後編】
その日の夜、悠斗は一人で考え込んでいた。阿部が言ってくれた言葉が、心の中で何度も響いていた。『君がどうだったかじゃなくて、今の君を見ている』と。過去がどうであれ、今の自分を大切にしてくれる。その言葉は、悠斗にとって大きな支えとなった。
しかし、それでも不安は消えなかった。過去が暴かれたときに、阿部がどう思うのか、それがどうしても心の中で答えを出せなかった。阿部は今、自分を受け入れてくれている。しかし、過去を全て知ったとき、彼はどう反応するだろうか。
「過去を受け入れなければならないのは分かっている。」悠斗は小さく呟いた。「でも…怖い。」
その時、携帯の画面が光った。阿部からのメッセージだった。
『悠斗、大丈夫か?今日は話せて少しは楽になった?』
悠斗はしばらくそのメッセージを見つめ、そして深呼吸をした。彼は素直に自分の気持ちを伝えるべきだと思った。阿部に頼らずにはいられなかった。
『うん、少し楽になったけど、まだ心の中でモヤモヤしてる。』
送信した後、しばらく待っていると、すぐに返事が来た。
『わかるよ。でも、君がどう感じているのか、ちゃんと教えてくれて嬉しい。君が怖いと思っている気持ちも、すごく理解してる。だからこそ、君が自分と向き合う勇気を持ってくれていること、すごく大切に思うよ。』
そのメッセージを読んだ瞬間、悠斗の胸にじんわりと温かさが広がった。阿部の言葉は、どこか穏やかで、強い確信を感じさせてくれた。悠斗は思わず涙がこぼれそうになったが、すぐにそれを拭いながら返信を打った。
『ありがとう、阿部。君の言葉が、少しだけ怖さを和らげてくれる。』
その後、二人は少しだけやり取りを続け、悠斗の気持ちは少しずつ落ち着いてきた。しかし、彼の中には依然として、過去に対する恐怖と、阿部にその全てを受け入れさせることへの不安が残っていた。
数日後、放課後。悠斗は阿部と一緒に帰る途中、再びその話を切り出す決意を固めた。藤田の存在が、悠斗の心の中でつねにひっかかっていたからだ。過去を知られたらどうなるのか、そして藤田が再び自分を試すようなことをしてきたとき、阿部はどう反応するのかを、今のうちにちゃんと伝えておかなければならないと感じていた。
「阿部、ちょっと話があるんだ。」悠斗はゆっくりと歩きながら言った。
阿部はすぐに振り返り、「うん、何?」と優しく答えた。
悠斗は立ち止まり、深く息を吸った。「藤田が…また僕の過去を暴露しようとしているんだ。」
阿部は少し驚いたような顔をして、「藤田が?」と繰り返した。
「うん。あの時のことを知っているのは藤田だけだから、もしあのことを公にされたら、全てが壊れてしまう気がする。」悠斗は言葉を選びながら続けた。「もしそれが君に知られたら…どう思う?」
阿部は悠斗をしばらく見つめた後、静かに答えた。「悠斗、君が過去を怖がる気持ちはよく分かる。でも、僕が君をどう思うか、なんてことは関係ない。君がどう思うかが大事なんだよ。」
その言葉に、悠斗は目を見開いて、少しだけ驚いた。「でも、過去が知られたら…君の気持ちも変わるんじゃないかと思って。」
阿部は笑顔を浮かべて、「君がどうしても過去を気にしているのは分かるけれど、僕は君を好きになったのは君自身だから。」と優しく言った。「過去を知っても、君がその人であることは変わらない。君がどうしてその過去を持ったのかも、理解するつもりだよ。」
その瞬間、悠斗は胸が詰まるような気持ちになった。阿部が言っていることは、理屈では分かっていた。しかし、過去を知って、どうしても「嫌われるのではないか」という不安がどこかに残っていた。けれど、その不安が少しずつ和らいでいくのを感じていた。
「ありがとう、阿部…君の言葉、本当に嬉しい。」悠斗は声を震わせながら言った。
阿部は微笑みながら、「僕は、君が過去をどう受け入れるかが大事だと思ってる。過去に振り回されることなく、君がどう前に進んでいくのか、それが一番大事だよ。」と答えた。
悠斗はその言葉に背中を押されるように感じた。阿部が言っているように、過去を背負いながらでも、今を生きることが大切なんだと。過去があっても、その先にある未来を信じることが、きっと一番重要なことだと。
その日の帰り道、二人は歩きながら、もう一度お互いの気持ちを確かめ合った。悠斗は、自分の過去を乗り越えられるかどうか、まだ完全には自信がなかったけれど、阿部と一緒に進んでいくことができれば、少しずつその不安も解消されていくのではないかと思うようになった。
そして、悠斗は自分の中で一つの決心を固めた。過去を消すことはできなくても、それに縛られることなく、前に進んでいく覚悟を持つこと。それが、今できる最も大切なことだと。
「阿部、ありがとう。本当に、君がいてくれて良かった。」悠斗は微笑んで言った。
阿部は笑顔で応じて、「僕も、悠斗がいてくれて本当に嬉しいよ。」と言った。
二人はそのまま、夕暮れの中を歩き続けた。悠斗の心は少しずつ軽くなり、前を向いて歩いていける気がした。どんな過去があろうと、これからの未来を一緒に歩んでいく覚悟ができたのだ。
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