第7章: 心の中の叫び【中編】

悠斗の心はまだ揺れていた。阿部との関係は確かに深まっているけれど、それと同時に彼の中で「過去」というものが、どうしても消えない影のように追いかけてきていた。あの日、藤田が言った言葉が頭から離れない。もし過去が暴かれたら、阿部との関係が壊れてしまうのではないかという恐怖。それがどんどん大きくなり、悠斗の心に重くのしかかっていた。


その日、悠斗は学校が終わると、またもや阿部と一緒に帰る道を歩きながら、心の中で葛藤していた。ふと、前を歩く阿部の横顔を見て、少しだけ胸が痛んだ。阿部は悠斗のことを全力で支えてくれようとしている。そのことは痛いほど分かっていたけれど、もし過去が彼を傷つけてしまったらどうしよう。それが怖かった。


歩きながら、悠斗は自分の気持ちに向き合うことを決意した。ここで一度、全てを整理しなければならない。このままだと、どうしても阿部に心を閉ざしてしまいそうだった。過去を打ち明けたときのように、今、自分の気持ちを吐き出さなければ、このままずっとモヤモヤしたままで終わってしまう気がした。


「阿部、少しだけ話をしたいんだ。」悠斗は言った。


阿部は歩みを止めて、悠斗の方を見つめた。「うん、どうした?」


悠斗は少し息をつきながら続けた。「僕、君に伝えていないことがあるんだ。」


その言葉に、阿部は眉をひそめ、少し驚いたような表情を浮かべた。「何か、気になることがあるの?」


悠斗は一度、目を伏せてから言葉を絞り出した。「実は…僕、過去のことがまだどうしても怖いんだ。君に言ったように、僕は過去を乗り越えたいって思ってる。でも、心の中で、その過去がまた僕を追い詰めてくるような気がして…」


阿部はじっと悠斗を見つめ、何も言わずに待っていた。悠斗はその優しさが逆に自分を追い込むような気がして、つい言葉を続けた。


「例えば、藤田のことだよ。」悠斗は顔をしかめて言った。「彼がまた僕の過去を掘り返そうとした時、僕はどうしたらいいのか分からないんだ。藤田は僕の過去を知っているし、もし何か言おうと思えば、すぐにでも暴露できる。でも、君にはもうそのことを隠したくない。でも、もし…そのことが君に嫌われるきっかけになったら、どうしようって。」


阿部はしばらく黙って立ち止まり、悠斗の言葉を噛みしめるように聞いていた。悠斗の目からは、言葉にできなかった感情が溢れているのが見て取れた。やっと本音を口にしたことで、胸の中に少しだけ楽になる気がした。しかし、それでもまだ不安が消えなかった。


「悠斗…」阿部は穏やかな声で言った。「君がどんな過去を持っているのか、僕には関係ないよ。」


その言葉に、悠斗は少し驚いて顔を上げた。「でも、過去を知ったら君は…僕のことをどう思う?」


「どう思うって、そんなこと考えたこともないよ。」阿部は少しだけ笑って言った。「僕は君がどうだったかじゃなくて、今の君を見ている。過去がどうだろうと、君が今、どんな人間で、どんな風に生きているかが大事なんだ。」


悠斗はその言葉を聞いて、また胸が熱くなった。阿部は本当に、何もかもを受け入れてくれようとしている。それでも、悠斗は自分が過去を完全に乗り越えられるのか、どうしても自信が持てなかった。過去を受け入れることができても、その過去に振り回される自分がどうしても怖かった。


「でも、僕はどうしても怖いんだ。」悠斗は言った。「もし、過去がまた僕を引き戻してきたら、僕はまた君を傷つけることになるんじゃないかって思って…」


阿部は一歩前に踏み出し、悠斗の肩をそっと押さえた。「悠斗、その怖さを抱えながらでも、僕は君と一緒にいたいと思ってる。君がどんな過去を持っていても、それは君の一部であり、僕はその一部を含めて君を好きになったんだ。」


その言葉に、悠斗はもう何も言えなくなった。阿部の手のひらが、少しだけ震えているのが感じられた。阿部もまた、悠斗に寄り添うためにどれだけ勇気を振り絞っているのだろうか。悠斗はその気持ちを改めて理解し、心の中で決意を新たにした。


その日の帰り道、二人は黙って歩いていた。阿部が言ったように、過去を乗り越えることは簡単ではない。それでも、悠斗は少しだけその「乗り越える」という言葉に希望を持ち始めていた。過去を完全に消すことはできないかもしれない。でも、それを受け入れて、前に進むことはできる。そして、阿部が言った通り、自分を支えてくれる人がいることを実感できたのは、大きな一歩だった。


その晩、悠斗はベッドの中で天井を見上げながら、自分の中で少しだけ心が軽くなった気がした。過去と向き合う勇気を持つこと。それが次のステップだと感じた。

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