第7章: 心の中の叫び【前編】

悠斗は、藤田から過去を暴露されるかもしれないという現実に、心が揺れ動いていた。その日の出来事が、悠斗の心の中でぐるぐると回り、どうしてもその気持ちに整理がつかない。阿部が自分の側にいてくれることは確かだ。けれど、それでも自分の過去が再び明るみに出ることで、全てを失ってしまうのではないかという恐怖が、悠斗の中で膨らんでいった。


その日の帰り道、二人は無言で歩いていた。悠斗は阿部と並んで歩きながらも、何かを言いたいけれど言葉にできないもどかしさを感じていた。阿部が隣にいることが、かえって彼の不安を強調しているような気がした。


「阿部、今日のこと…」悠斗は思い切って言葉を口にした。しかし、その言葉はすぐに途切れてしまった。心の中で何を伝えたかったのかは分かっていたが、それを言葉にする勇気が出なかった。


阿部は悠斗を見て、優しく微笑んだ。「悠斗、気になることがあったら、何でも言ってくれよ。」


その言葉に、悠斗は少しだけ胸が締め付けられるような気がした。阿部の優しさが、かえって自分を苦しめているのではないか、そんな不安が心の中で大きくなっていた。


「僕…怖いんだ。」悠斗は小さな声で言った。「もし、過去が明るみに出てしまったら、阿部が僕のことを嫌いになるんじゃないかって。」


その言葉を聞いた阿部は、しばらく言葉を飲み込んでからゆっくりと口を開いた。「君がどんな過去を持っていても、僕は君のことを嫌いになんてならないよ。」


「でも、もし、もし…その過去が僕の今を壊すことになったら、どうすればいいんだろう?」悠斗は目を伏せて続けた。「僕は変わりたいと思っている。今の自分を受け入れてくれている阿部のことも、すごく大切だって思ってる。でも、過去の自分がどうしても、今でも怖くて、心の中で叫んでいるような気がして…」


阿部はその言葉を静かに受け止め、少しだけ歩みを止めてから、悠斗の肩を軽く叩いた。「悠斗、君がその過去に苦しんでいることは分かる。でも、僕が君を見ているのは、今の君だから。過去の君がどうだったかは、僕には関係ないんだ。」


「でも、僕の中で過去が終わっていない気がするんだ。」悠斗は目を閉じて言った。「どうしてもその記憶が、僕の中で叫んでいる。」


その言葉に、阿部は深く静かな息を吐いてから、ゆっくりと答えた。「分かるよ。過去は簡単に忘れることができるものじゃない。けれど、それを背負いながら生きる方法だってある。悠斗、君がその過去にどう向き合っていくか、それが今大事なんだよ。」


その時、悠斗の心にひとつの気づきが訪れた。過去は消せないし、逃げることもできない。しかし、過去をどう受け入れ、どんな風に前に進んでいくかは、自分の手の中にあるということ。阿部が言っているのは、過去を否定することではなく、その中で自分をどう変えていくかということだ。


「僕は…その過去を変えることはできない。」悠斗は静かに言った。「でも、それを受け入れて、前に進む方法は、きっとあるんだよね。」


阿部は悠斗に向き直り、しっかりと目を見つめながら頷いた。「うん、僕はそう思うよ。君はもう過去を背負っているんじゃなくて、それを乗り越えようとしている。それが大切なんだ。」


悠斗はその言葉を心の中でしっかりと受け止めた。過去に縛られ、どうしても逃げられない気持ちがあったけれど、それでも前に進むためには、自分自身の手でその過去と向き合わなければならないということに気づいた。過去をそのままにしておくことが、最も恐ろしいことだと、心の奥で叫んでいることを感じ取った。


その日の帰り道、悠斗は阿部と共に歩きながら、心の中で小さな決意を固めていた。自分の過去を隠し続けることは、もうできない。それに、阿部が支えてくれている今、自分が向き合わなければならないことを理解していた。


数日後、悠斗はついに阿部に向き合う覚悟を決めた。彼の心の中で、今までと違う気持ちが芽生えていた。過去を背負うことが恐ろしいことだと思っていたが、それをどう乗り越えるかを考えることで、自分がどれだけ強くなれるのかを少しだけ感じ始めていた。


ある夜、二人は再び静かな時間を共に過ごしていた。そのとき、悠斗はついに心の中にあった思いを阿部に伝えることを決意する。


「阿部、僕は…これからも過去を乗り越えていきたい。」悠斗は静かに言った。「君が僕を支えてくれているからこそ、僕は前に進めると思うんだ。」


阿部は少し驚いたように顔を上げ、悠斗の目を見つめながら、ゆっくりと答えた。「その言葉を、僕はずっと待っていたよ。君がどんな過去を持っていても、僕は君と一緒に歩んでいくつもりだ。」


その言葉を聞いた瞬間、悠斗の心は軽くなり、深く安堵の気持ちが広がった。自分の中で変わりつつあることを実感した。それが怖くても、苦しくても、彼と一緒に乗り越えていけるのだという希望を持てた瞬間だった。

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