第6章: 秘密の暴露【前編】

悠斗は、阿部と過ごす日々が次第に安定してきたと感じていた。彼の過去の痛みや家族の問題が少しずつ解決し、二人の関係も確かなものになりつつあった。しかし、悠斗は一つのことを心の中で抱えていた。それは、まだ阿部に伝えていない自分の秘密だった。


悠斗は自分の過去をできるだけ隠して生きてきた。誰にも話せなかったその秘密は、彼の心の中でずっと重くのしかかっていた。それでも、阿部との関係が深まる中で、このまま隠し通すことができるのだろうかという思いが強くなっていた。もし、このまま阿部に真実を告げることができなかったら、二人の絆が壊れるかもしれない。それが怖かった。


そして、ある日、悠斗はとうとうその時が来たことを感じ取った。もう逃げられない。自分の秘密を打ち明けなければならない時が来たのだ。


「阿部、ちょっと話があるんだ。」悠斗は放課後、阿部に声をかけた。いつもよりも真剣な表情をしていたため、阿部もすぐにその様子に気づいた。


「うん、どうしたの?」阿部は少し驚いた顔をして、悠斗の前に立った。


「これは、僕にとってすごく大事なことなんだ。」悠斗は少しだけ息を吐いてから続けた。「だから、ちゃんと聞いてほしい。」


阿部は少し考え込みながらも、頷いた。「分かった。何でも言って。」


悠斗はその言葉に少し安心したような気がしたが、それでも胸の中で不安が膨れ上がっていくのを感じていた。自分の過去を阿部に話すことで、どんな反応をされるのだろう。阿部はどんな顔をして聞くのだろうか。そんな思いが頭をよぎった。


「実は…」悠斗は少し言葉を詰まらせながら続けた。「僕、昔、あることで大きな問題を起こしたことがあるんだ。」


その言葉に、阿部は驚いたように目を大きく開けた。「問題を起こした? それって…どんな?」


悠斗は少しだけ目を伏せ、胸の中で深呼吸をした。「その問題は、僕が高校に入ったばかりの頃に起こった。僕、昔はちょっとした犯罪に巻き込まれていたんだ。」


その言葉に、阿部は思わず一歩後ろに下がった。彼の目には疑いの色が浮かんでいたが、それでも悠斗の目を離さなかった。


「犯罪って…?」阿部はその言葉をしばらく呟くように言った。「それって、どういうこと?」


悠斗はその疑問を受け、再び深呼吸をした。自分の中でこの瞬間がどれほど重要かを理解していたからこそ、言葉が出てこない。だが、もう逃げることはできない。阿部に対して、今までの自分を全て打ち明けなければならなかった。


「実は、僕が高校に入ったばかりの頃、知り合いの誘いでちょっとした暴力事件に関わったんだ。」悠斗は言葉を選びながら続けた。「その事件が原因で、僕は警察に拘留されたことがあった。」


阿部は黙って悠斗を見つめていた。その目は、どこか冷静でありながらも、深い思索を巡らせているようだった。悠斗はその視線を受け止めながらも、目をそらさずに話し続けた。


「その事件を起こしたことで、僕は家族にも迷惑をかけたし、学校でもかなり問題になった。」悠斗は苦しげに言った。「その後、僕は必死で更生して、今ではもうそのことを悔いているけど、それが自分の中で消えることはないんだ。」


阿部は黙ったまま、悠斗の言葉を聞いていた。彼の顔には、少しの驚きと、そして深い思慮が浮かんでいるようだった。


「それって…本当にその時のことだけ?」阿部は少しだけ声を低くして尋ねた。


「うん、それだけだよ。」悠斗はしっかりと答えた。「その後、僕は完全にその世界から離れた。だから、今は何もしていないし、誰かに迷惑をかけたくないって思ってる。」


悠斗がその言葉を口にした瞬間、阿部は静かに息を吐いた。そして、しばらく無言で立ち尽くした後、ゆっくりと口を開いた。


「悠斗…。」阿部は言葉を探すように、静かな声で続けた。「君がそんなことを抱えていたなんて、全然知らなかった。でも、今、君がこうやって話してくれて、少しだけ分かった気がする。」


悠斗はその言葉に胸が締め付けられるような感情を感じた。彼の反応が予想以上に冷静だったことに、どこかほっとする反面、まだ完全に理解してもらえたわけではないという不安が残る。


「僕は君がどんな過去を持っていても、今の君を信じている。」阿部は静かに言った。「それは変わらない。ただ…」


その言葉を受けて、悠斗は一瞬、動揺した。「ただ?」


「ただ、君がその時、どんな気持ちでその道に進んでいったのか、それが少しだけ理解できない部分がある。」阿部は正直に言った。「でも、君が今、こうして悩んでいることや、その過去を隠さずに話したことを、僕はちゃんと受け止める。」


悠斗はその言葉に、少しだけ胸を撫で下ろすことができた。阿部は確かに自分の過去をすぐに受け入れたわけではない。しかし、彼の言葉の中には、悠斗に対する信頼が感じられた。


その後、二人はしばらく沈黙を保ったまま歩き続けた。悠斗の心は軽くもあり、重くもあった。阿部に全てを打ち明けたことで、少しだけ心の中の不安が解消された気がした。しかし、阿部の反応にどこか距離を感じる部分もあった。


阿部はどう思っているのだろうか。自分の過去を知ったことで、阿部は本当にこの先も一緒にいてくれるのだろうか。


悠斗はその問いを心の中で繰り返しながらも、前を見つめて歩き続けた。阿部との未来は、これからどうなっていくのだろうか――。

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