第5章: 真実の距離【中編】
悠斗は、阿部の過去に触れ、彼の心の奥底に潜む痛みと苦しみを少しずつ理解し始めていた。そのすべてを受け入れる覚悟を決めたはずだった。しかし、その決意が揺らぎそうになる瞬間が訪れる。阿部の過去が明らかになることで、悠斗は初めて自分が抱えている不安と向き合わせられることになった。
数日後、阿部から連絡があった。放課後に会いたい、という内容だった。その時、悠斗はすぐに何か重大なことが起こったのではないかと感じていた。阿部が再び自分に何かを隠しているのではないか、そういう予感が胸の中で渦巻いていた。
その日、指定された場所に着いた悠斗は、予想通り阿部が少し焦ったような顔をして待っていた。いつもとは少し違う空気が流れている。悠斗はその違和感を感じ取りながら、阿部に近づいた。
「阿部、どうしたの?何かあった?」悠斗は少し不安そうに尋ねた。
阿部は深く息を吐き、目を逸らすことなく悠斗を見つめた。「実は、また君に話さなきゃいけないことがあるんだ。」
その言葉に、悠斗はまた心の中で何かがざわつくのを感じた。「また…?」
「うん。実は、僕の家族に関することなんだ。」阿部は言いづらそうに言葉を続けた。「君に言うべきか、迷っていた。でも、君には隠し事をしているのは嫌だし、正直に言うべきだと思った。」
悠斗はすぐに、その言葉の重さを感じ取った。阿部が家族に関することを言うのは、かなり重要な意味があるのだろう。悠斗は少し胸が苦しくなりながらも、阿部の話を待った。
「実は、僕の父親…。」阿部は言葉を切り、少し躊躇した。「僕の父親は、僕の元彼に関わっていた人だ。僕の元彼は、僕の家族に不正を働いていた。」
その言葉に、悠斗は思わず息を呑んだ。元彼が阿部の家族に関わっていた? それがどういうことなのか、まったく理解ができなかった。
「僕の父親は、その不正に気づいていたんだけど、どうしてもそのことを公にできなかったんだ。」阿部は静かに続けた。「結果として、僕の元彼は僕の父親に依存して、僕に近づいてきた。僕はそのことを知らずに、完全に信じてしまった。」
その話を聞いて、悠斗は胸が苦しくなった。阿部がどれだけ裏切られ、傷つけられたのかを想像すると、言葉が出てこなかった。阿部は、自分が愛した人に裏切られるだけではなく、家族の問題に巻き込まれていたのだ。
「そのことで、僕は家族とも疎遠になったんだ。」阿部は目を伏せ、声を震わせながら続けた。「父親に対して、僕は裏切られたと思った。それに、その人が僕を利用していたことが分かって、心が折れたんだ。」
「阿部…。」悠斗は、その言葉に胸が痛んだ。自分が知っていた阿部とは違う、もっと複雑で深い過去があることを知り、改めて彼の傷の大きさを感じた。
「それが僕が、君に心を開けなかった理由だ。」阿部は言い終わると、少しだけ顔を上げて、悠斗を見つめた。「でも、君には隠したくないんだ。君に隠し事をすることで、君に対して申し訳なく思うから。」
悠斗は静かに彼の言葉を受け止めながら、少しの間沈黙を守った。自分の中で、阿部をどう受け入れるかを考えていた。そして、思い切って言葉を口にした。
「阿部、君がどんな過去を持っていても、僕は君を信じる。」悠斗はその言葉を自信を持って言った。「君の傷がどれほど深くても、僕は君と一緒に歩んでいきたい。」
その言葉に、阿部の表情が少しだけ柔らかくなり、目に一瞬涙が浮かんだ。「悠斗…。」
「僕が君を信じる気持ちは変わらない。」悠斗はもう一度、力強く言った。「君が抱えているものを、少しでも分かち合いたい。それが僕の気持ちだから。」
阿部は、少し顔を赤らめながらも、深く感謝の気持ちを込めた笑顔を見せた。「ありがとう、悠斗。君がいてくれることで、少しだけ心が軽くなるよ。」
その言葉を聞いた悠斗は、胸の中で温かい気持ちが広がるのを感じた。どんな過去を持っていても、阿部となら共に歩んでいける。自分がどれほど不安であっても、その不安を乗り越えていけると信じていた。
その後、二人は少しだけ無言で歩き続けた。静かな夜の街並みが二人を包み込み、時間がゆっくりと流れていった。悠斗は心の中で、これから先も阿部と一緒にいることができるなら、どんな試練が待ち受けていても乗り越えられると感じていた。
そして、その気持ちを確信しながら、少しだけ先を見据えることができた。
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