第5章: 真実の距離【前編】
悠斗は最近、阿部との関係が少しずつ深まっていることを実感していた。阿部の過去に関する真実を知ったことで、彼への理解が深まり、心から信じたいという気持ちが強くなってきた。しかし、それでも心の中にわずかな不安が残っていた。阿部が過去に受けた傷が、今後二人の関係にどう影響を与えるのか、その先が見えないからだ。
そんなある日、悠斗はいつものように学校から帰宅しようとしていたが、いつも通りの帰り道に、普段と少し違う空気を感じ取った。いつもなら何気ない街の景色が、今日はどこか重く感じられた。
ふと、目の前に現れたのは阿部だった。彼は歩道の端で立ち止まり、何かを悩むように黙っていた。その様子に、悠斗は心配になって声をかけた。
「阿部、どうしたの?」悠斗は少し歩みを速め、彼の元へと近づいた。
阿部は振り向き、少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。「あ、悠斗。ちょうどいいタイミングだね。」
「何かあった?」悠斗は心配そうに尋ねた。
阿部は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吐いてから言った。「実は、ちょっと君に話したいことがあるんだ。」
その言葉に、悠斗は胸の中で何かがざわつくのを感じた。先日、阿部が過去の傷を打ち明けてくれたばかりだったが、今回の話には何か別の意味があるような気がした。
「何か心配事があるなら、話して欲しい。」悠斗は真剣に言った。
阿部は少し黙って考え込み、そしてようやく口を開いた。「実は、僕の過去について、もう一つ君に話していないことがあるんだ。」
その言葉に、悠斗は一瞬動揺した。阿部がまた自分に隠していることがあるのだろうか。今まで彼が話してくれたことを信じていたけれど、もしその先に何かがあったら、どう向き合うべきなのだろうかと心の中で迷った。
「もう一つ?」悠斗は少し慎重に問いかけた。
阿部は目を逸らし、ゆっくりと歩きながら言葉を続けた。「実は、僕の過去には、もう一つの秘密がある。それを君に話すべきかどうか、ずっと迷っていた。でも、君に対して嘘をつきたくないから、今、話すことに決めた。」
悠斗の心臓が少し早く鼓動を打つ。これまでに阿部が語った過去も十分に重かった。それに続く、さらなる秘密とは一体何なのか。
「君に伝えるべきか、本当に悩んでいるんだ。」阿部は少し立ち止まり、悠斗を見つめた。その目は、深い悩みと決意を秘めているようだった。
「話してくれ。君が話したいことがあれば、僕はちゃんと聞くよ。」悠斗は自分の気持ちを込めて、そう言った。
阿部は一度目を閉じ、長い沈黙の後、ゆっくりと話し始めた。
「実は…君が思っているよりも、僕の過去はもっと複雑なんだ。」阿部は静かに、だが確かな声で続けた。「僕が以前付き合っていた人には、ただ裏切られたわけではなく、もっと深い理由があったんだ。」
悠斗はその言葉に驚きながらも、黙って聞くことにした。
「その人は、僕の家族とも関係があった。」阿部はそう言って、一度言葉を切った。「その人が僕を裏切った理由、それは僕の家族の秘密に絡んでいたんだ。僕の父親が関係していた。」
その言葉を聞いた瞬間、悠斗は自分の耳を疑った。阿部の家族が関わっていた? それがどういうことなのか、全く予想できなかった。
「家族が関係していたって…どういう意味?」悠斗は思わず声を上げた。
「僕の父親は、実はその人と関わりが深かった。」阿部は続けた。「その人は、僕の父親に騙されて、僕に近づいたんだ。僕は完全に信じてしまったけれど、結局その人に裏切られた。」
悠斗はその話に呆然としながらも、黙って阿部を見つめた。阿部の言葉に込められた苦しみと、彼がどれだけ深い傷を負っていたのかを感じると、胸が痛んだ。
「それが、僕が君に心を開くのを怖がっていた理由だ。」阿部は続けた。「僕は、また裏切られるんじゃないか、また傷つけられるんじゃないかと、どうしても思ってしまう。」
悠斗はその言葉を胸にしっかりと受け止め、静かに言った。「阿部、それは辛かったね。君がそんなふうに苦しんでいたなんて、想像もできなかった。」
「でも、今は君と一緒にいることで、少しずつその恐怖が和らいでいくのを感じているんだ。」阿部は真摯に言った。「だから、君に正直になりたかった。」
悠斗はその言葉に、深い思いを込めて答えた。「阿部、僕は君の過去を知っても、君を信じることに変わりはない。君の傷を抱えて、一緒に歩んでいくことができるなら、僕はそれでいいんだ。」
その言葉を聞いた阿部の顔が、わずかにほころびを見せた。彼が心から安心した瞬間だった。
「ありがとう、悠斗。」阿部は静かに言った。
その後、二人はしばらく黙って歩き続けた。阿部の過去について知ることで、悠斗は彼への理解がさらに深まった。しかし、それでも心の中に残る不安があった。これから先、二人はどんな困難に直面するのだろう。阿部の過去が、二人の未来にどんな影響を与えるのか。
それでも、悠斗は自分の気持ちに正直であり続けると決めた。彼を信じ、共に歩んでいく覚悟を決めたからこそ、この先も迷わず進んでいける気がした。
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