第4章: 揺れる心【後編】
悠斗は、阿部との関係を進める決意を固めたと思った矢先、心の中に新たな疑問が湧き上がった。それは、ただの不安ではなく、何か重要なことを見過ごしているのではないかという直感的な感覚だった。
阿部と一緒に過ごす時間が心地よくて、彼との距離が縮まっていくことに喜びを感じる一方で、どこかでその未来に向かって進んでいくことを恐れている自分がいた。
その日、放課後、悠斗は阿部に誘われて、久しぶりに二人でカフェに行くことになった。普段よりも少し真剣な表情を浮かべる阿部に、悠斗は少し不安を感じながらも、それでもその誘いを受けることにした。
「悠斗、今日は少し話したいことがあるんだ。」カフェで、阿部が静かに言った。
その言葉を聞いて、悠斗は胸が締め付けられるような気がした。これまで順調に思えた二人の関係に、何か不安な要素が芽生え始めたことを感じたからだ。
「何かあったの?」悠斗は慎重に尋ねた。
阿部は少し目を伏せ、深呼吸をしてから言った。「実は、僕、君に話さなきゃいけないことがあるんだ。」
その真剣な表情に、悠斗は少し身構えた。もしかして、阿部が今まで隠していたことがあるのか、それが二人の関係にどんな影響を与えるのか、不安が胸をよぎった。
「君に隠していたことがある。」阿部は続けた。「僕、前に…ちょっとしたトラウマみたいなものがあって、前の関係で傷ついたことがあるんだ。」
その言葉に、悠斗は驚きのあまり、思わず息を呑んだ。「トラウマ?」悠斗はその言葉を噛みしめるように反芻した。
「うん。君に言うべきじゃないと思って、ずっと黙っていた。」阿部は少し顔を上げて、悠斗と目を合わせた。「でも、君に対して正直でありたいと思ったから、話すことに決めた。」
悠斗はその言葉に、さらに胸が苦しくなるのを感じた。阿部が自分に対して隠し事をしていたことに、どこか心がざわついた。しかし、同時に、阿部がそのことを自分に話してくれたことに、感謝している自分もいた。
「どんなことだったの?」悠斗は少しだけ恐る恐る尋ねた。
阿部は少し黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。「以前、付き合っていた人に裏切られたんだ。信じていたのに、突然冷たくされて。僕はその出来事があまりにもショックで、しばらく心を閉ざしてしまった。」
その言葉に、悠斗は胸が痛むのを感じた。阿部がどれだけ辛い思いをしたのか、そしてそのことが彼にどれほど深い影響を与えたのかを想像するだけで、心が苦しくなった。
「それが、僕が君に対してどうしても踏み込めなかった理由なんだ。」阿部は静かに続けた。「でも、君と過ごしているうちに、少しずつその壁が崩れてきた気がする。君に対して、もう一度信じてみようと思えるようになった。」
その言葉に、悠斗はしばらく言葉を失った。阿部が過去の傷を抱えながらも、自分との関係に真摯に向き合おうとしていることに、悠斗は改めて感動を覚えた。
「阿部…。」悠斗は少し声を震わせながら言った。「君がそんなに辛かったことを知らなかった。僕、君のことをもっと知りたかった。」
「ありがとう、悠斗。」阿部は静かに微笑んだ。「君に話すことで、少しだけ楽になった気がする。」
悠斗は阿部を見つめながら、自分がどれだけ彼を大切に思っているのか、改めて感じた。阿部の過去がどんなものであれ、今の自分が阿部にとってどれほど大切な存在になりたいのか、それを心の中で確信することができた。
その後、二人は少しだけ無言で過ごし、悠斗は自分の気持ちが少しずつ整理されていくのを感じていた。阿部の過去のことを知ったことで、何もかもが一変するわけではなかったけれど、確実に二人の距離は縮まった気がした。阿部が自分に対して真剣に向き合わせてくれたからこそ、悠斗もまた自分の気持ちに向き合わせてくれる気がした。
「阿部、僕は君のことを信じるよ。」悠斗は静かに言った。「これからも一緒に歩んでいけるように、僕も頑張るから。」
その言葉に、阿部は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔を浮かべて言った。「ありがとう、悠斗。僕も君と一緒にいられることが嬉しいよ。」
二人はそのまま静かに歩きながら、お互いの心に抱えていた不安や疑問が少しずつ解消されていくのを感じた。そして、これからも二人で進んでいくために、何があっても支え合っていくことを誓い合うような気持ちが芽生えた。
その夜、悠斗は自分の部屋でふと窓の外を見ながら、静かに思いを巡らせていた。阿部との関係が進展し、二人の間に新たな理解が生まれたことに、何だか安心した気持ちがあった。しかし、同時にまだ心の中には小さな不安も残っていることに気づいた。
「これから、どうなるんだろう。」悠斗は心の中でつぶやいた。
それでも、少しずつ自分の気持ちを確かめながら、進んでいくことができると信じていた。阿部となら、どんな未来でも一緒に乗り越えていけるような気がしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます