第4章: 揺れる心【中編】

悠斗は、自分の中で阿部に対する感情がどんどん強くなっていることを実感していた。しかし、その気持ちが本物であるかどうか、そしてその先に何が待っているのか、まだ見えない未来に不安を感じていた。自分がこのまま進んで良いのか、迷いながらも一歩踏み出すことができずにいる自分がいた。


その後、悠斗は阿部との関係に少しだけ距離を置くようにした。もちろん、完全に避けるわけではなかったが、少し心の中で自分を見つめ直す時間を作りたかった。自分の気持ちを整理するために、少し離れてみることが必要だと思ったからだ。


でも、実際に距離を取ってみると、悠斗は逆に阿部との関わりがないことに寂しさを感じるようになった。阿部のことを思い出すと、どうしても心が温かくなる。しかし、同時にその温かさに甘えてばかりいる自分が、どこかで弱さを感じさせているのではないかと考えてしまう。


その日の放課後、悠斗は少し早めに帰ろうとしていた。歩きながら、心の中で「今日はどうしようか」と考えていた。すると、後ろから声がかかった。


「悠斗!」


振り返ると、そこにはいつものように阿部が立っていた。彼の顔には少し困惑したような表情が浮かんでいる。


「阿部?」悠斗は少し驚きながら答える。


「ちょっと話があるんだけど、いい?」阿部は真剣な目で悠斗を見つめた。


その目に、悠斗は少しだけ胸が締め付けられるような気がした。自分が心の中で距離を置いていたことを、阿部が感じ取っているのだろうか。それとも、他に何か話したいことがあるのだろうか。


「うん、もちろん。」悠斗は一瞬ためらったが、少し笑って答える。


二人は、学校の裏庭にある静かな場所に座った。ここは普段、あまり人が来ないため、二人きりで話すにはちょうどいい場所だ。


「最近、あまり会わないね。」阿部が静かに言った。


その言葉に、悠斗は少し驚いた。「ごめん、少し自分のことで考えてたから。」


「うん、分かる。」阿部は頷きながらも、少しの間を置いてから言った。「でも、もし僕に何か言いたいことがあるなら、遠慮せずに言って欲しいんだ。」


その言葉に、悠斗はまた胸が少しだけ苦しくなった。自分の心の中で揺れる感情を、阿部にどう伝えるべきかが分からない。もし自分が本当に阿部を大切に思っているなら、もっと素直に自分を見せていいのだろうか?


「阿部、僕…」悠斗は少し口ごもりながら言った。「君に対して、どうしても分からないことがあるんだ。僕は君のことを大切に思っていると思うけど、それが本当に好きだという感情なのか、ただ依存しているだけなのか、よく分からないんだ。」


その言葉に、阿部は静かにうなずき、少しだけ顔を逸らした。沈黙の中、悠斗は自分の心がだんだんと軽くなっていくのを感じていた。阿部は決して急かさず、ただ悠斗が自分の気持ちに向き合わせてくれるのを待ってくれているのだ。


「悠斗。」阿部は静かに言った。「僕が君に伝えたいことがあるんだ。」


「伝えたいこと?」悠斗は少し驚いて尋ねる。


阿部は少し間を置いてから、目をじっと悠斗に向けた。「僕は、君に依存して欲しいわけじゃない。ただ、君がどんな気持ちでも、僕は君と一緒にいたいと思ってる。ただそれだけだよ。」


その言葉が悠斗の胸に深く響いた。阿部が言っているのは、ただの「優しさ」ではなく、真剣な想いだと感じた。依存し合う関係ではなく、互いに支え合い、共に歩んでいく関係を望んでいるのだ。


「阿部…」悠斗は少し涙がこぼれそうになりながらも、頬を伝う涙を必死にこらえた。「ありがとう、僕、少しだけでも自分の気持ちを整理できた気がする。」


「それなら良かった。」阿部は微笑み、悠斗の隣に座り直した。「焦らなくていいんだよ。君がどう感じるか、それが本当に大切なんだから。」


その言葉に、悠斗はほんの少しだけ心が軽くなった。自分が今まで感じていた不安や恐れが、少しずつ薄れていくのを感じた。


その後、二人はしばらく黙って座っていた。悠斗は自分の心の中で、阿部との関係がどう進んでいくのか、少しずつ答えを見つけていくのだろうと感じ始めていた。自分の気持ちが完全に整理されたわけではなかったが、少なくとも一歩踏み出す勇気を持てるようになった。


「阿部、今日はありがとう。」悠斗はふと顔を上げて言った。


「うん、僕もありがとう。」阿部は静かに答えた。


そして二人は、再び歩き出す。悠斗の足取りは少し軽く、心の中には確かな前向きな気持ちが芽生えていた。阿部と一緒に進んでいく未来が、少しずつ明確に見えてきたような気がした。

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