第4章: 揺れる心【前編】
悠斗は阿部との関係に、少しずつではあるが確信を持ち始めていた。だが、心のどこかでその確信を完全に受け入れることに躊躇している自分がいた。阿部が自分に対してどれほど真剣に思ってくれているか、悠斗はよく分かっている。しかし、自分の気持ちが本当にそれに応えていいものなのか、その答えに確信が持てなかった。
最近、悠斗は阿部との距離が縮まりすぎていることに、時折不安を感じていた。どんなに阿部が優しく接してくれても、どんなに一緒に過ごしても、彼に対しての自分の気持ちがどこかで不安定で、揺れ動いていることを感じていた。
その日も、放課後に二人で会う約束をしていた。
「悠斗、今日はどこに行く?」阿部はいつものように、少し照れた笑顔を浮かべながら尋ねた。
悠斗は少し考えた後、「映画でも見に行こうか?」と提案した。「最近、ずっと見たかった映画があって。」
「映画か、いいね!」阿部は嬉しそうに頷き、そのまま二人は映画館に向かった。
映画館の前で、悠斗は少し立ち止まり、阿部に言った。
「ねえ、阿部…。」
「うん、どうした?」阿部は振り向き、悠斗の顔を見た。
悠斗は少し躊躇した後、深呼吸を一つしてから言葉を絞り出すように言った。
「最近、僕、君と過ごす時間が楽しいし、嬉しい。でも、同時にちょっと怖い気もするんだ。」
その言葉に、阿部は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んで言った。
「怖いって、どうして?」
「だって、僕はまだ、自分の気持ちがちゃんと整理できていないから。」悠斗は言葉を続けた。「君に対して、どんな気持ちを抱いているのか、まだ確信が持てないんだ。」
阿部はしばらく黙って、悠斗をじっと見つめていた。その瞳に込められた優しさと、少しの不安が見え隠れしていた。そして、ゆっくりと口を開く。
「悠斗、無理に答えを出さなくてもいいよ。」阿部は少しだけ息を吐き、静かに言った。「君がどう感じているか、それを無理に言葉にしなくても、時間をかけて気づいていけばいいんだ。」
その言葉に、悠斗は少しだけ安堵した。しかし、同時に心の中で何かが引っかかっていた。阿部の気持ちが本物であることは分かっていた。だけど、自分はその気持ちにどう応えていけばいいのか、まだ迷っていた。
「ありがとう、阿部。」悠斗は少し照れながら、微笑んだ。「でも、僕、ちゃんと君に答えられるようになりたいんだ。」
阿部は優しく頷き、「それでいいよ。」と言った。
映画を観終わり、二人はそのまま街を歩いていた。今日一日、二人きりで過ごした時間は、悠斗にとって非常に大切なものだった。しかし、その時間の中でも、心の中で湧き上がる不安を完全には振り払えなかった。
「阿部、今日はありがとう。」悠斗はふと立ち止まり、阿部に向かって微笑んだ。「でも、やっぱり僕は…。」
「うん?」阿部は少し顔を傾け、悠斗を見つめた。
悠斗は目をそらさず、真剣に言った。「僕、君に頼りすぎているんじゃないかって思うんだ。」
その言葉に、阿部は少しだけ黙って考え込む。悠斗はその沈黙が少し気まずくて、心の中で自己嫌悪に陥りそうになった。
「頼りすぎって、どういう意味?」阿部は静かに問いかけた。
「君に、あまりにも依存しているんじゃないかって。」悠斗はうつむきながら続けた。「君がいてくれるから、安心している自分がいる。でも、もしその安心が壊れてしまったら、僕はどうすればいいんだろうって。」
阿部はその言葉に、少しの間沈黙を守った後、穏やかな声で答えた。
「悠斗、君は僕に頼ることがあってもいいんだよ。僕は君にとって、安心できる存在でいたいと思ってる。でも、君が自分自身を大切にして、強くなることも僕は願っているよ。」
その言葉を聞いて、悠斗は心の中で少し涙が浮かんできそうになった。阿部の優しさが、あまりにも大きすぎて、どうしてもその温もりに甘えてしまいたくなる自分がいた。
「ありがとう、阿部。」悠斗は深く息をつき、笑顔を見せる。
その日、家に帰った後、悠斗は自分の心の中で揺れる感情を整理しようとした。阿部の気持ちは確かに本物だ。そして、自分が阿部にどう応えていくべきかを考えると、ますます分からなくなった。
自分は本当に、阿部に対してどう感じているのか?その答えが見つからない限り、進むべき道を決めることはできないのだろうか。悠斗はその問いに向き合わせられながら、眠れぬ夜を過ごすことになった。
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