第3章: 予感と確信【後編】
悠斗は、阿部との関係が少しずつ明確になってきたことを実感していた。阿部の気持ちに対して、素直に嬉しさと共に、まだ一歩踏み出すことに不安を感じている自分がいた。しかし、それでも心の中で何かが変わり始め、確信に近づいていることも感じていた。
土曜日の午後、二人は再び会うことになった。今日は阿部の提案で映画を観に行くことになっていた。
待ち合わせの場所に到着した悠斗は、少し緊張した気持ちを抱えながら阿部を待った。しばらくすると、阿部がいつものように落ち着いた足取りで歩いてきた。その顔は、悠斗に微笑みかけると同時に、何か決意を固めたような、少しだけ真剣な表情に変わっていた。
「悠斗、今日も楽しみだね。」阿部は優しく言った。
「うん、僕も楽しみだよ。」悠斗は、思わず心の中で力を込めた。阿部と過ごす時間が、今まで以上に大切なものに思えた。
映画館に入ると、二人は一緒にポップコーンを買って、上映される映画のチケットを手に取る。映画の内容には大して関心がないのかもしれない。今、悠斗が一番気になるのは、隣にいる阿部の存在だった。
映画が始まり、スクリーンに集中しようとするものの、悠斗の意識はどうしても阿部に引き寄せられてしまう。阿部が少し肩をすぼめて笑っている姿を見つけると、悠斗も自然に笑みを浮かべた。その瞬間、阿部の手がゆっくりと悠斗の隣に伸び、ポップコーンをつまんで一粒取る。
その手の動きに、悠斗の心が微かに跳ねる。それはただの偶然かもしれない。しかし、悠斗はその手が自分に向けられていることを感じ、思わず呼吸が浅くなった。
「阿部、何かあった?」悠斗は映画の内容に触れることなく、軽く声をかけた。
阿部は少し顔を横に向け、驚いたように目を細めた。「いや、なんでもない。ただ、君が隣にいると、落ち着くんだ。」その言葉が、悠斗の胸に響いた。
「僕も、君と一緒にいると落ち着くよ。」悠斗は無意識に言葉を返した。自分の心が正直に感じていることを、自然に言葉にできた瞬間だった。
その後、映画が終わり、二人は外に出た。夕暮れ時の空が広がる街並みを歩きながら、阿部が突然、立ち止まり、真剣な顔で言った。
「悠斗、今日、君と一緒に過ごしてると、ずっと前から一緒にいたみたいに感じるんだ。」
その言葉に、悠斗は少し戸惑いながらも、胸の中で確信が少しずつ固まっていくのを感じた。
「それって、どういう意味?」悠斗は少しだけ不安を感じながら、答える。
「どういう意味って言うと…、僕は君といると、本当に楽しいし、心からリラックスできる。君が僕にどんな気持ちを抱いているのか、まだ分からないけれど、それでも、僕は君のことを大切に思っている。」阿部はそう言って、少し顔を赤らめながらも、悠斗の目を真っ直ぐに見つめていた。
その言葉に、悠斗は思わず心が温かくなるのを感じた。阿部の目に映る自分が、まるで特別な存在であるかのように思えた。それが嬉しくて、同時に、少しだけ怖くも感じた。
「阿部、僕も君のこと、大切に思ってる。」悠斗はその気持ちをようやく口にした。「でも、僕はまだ迷っているんだ。自分がどうしても分からなくて…。」
阿部は悠斗の言葉を受けて、少しだけ息を吐きながら言った。
「迷ってるのは当然だよ。君がどう感じるかは、時間をかけて気づいていけばいい。僕は急かすつもりはない。ただ、君が少しずつ心を開いてくれるのを待っているだけだよ。」
その言葉を聞いて、悠斗は少しだけ肩の力が抜けたような気がした。阿部は何も強制せず、ただ自分に寄り添ってくれている。悠斗は、彼に対してもっと素直になりたかった。少しずつでも、その気持ちを言葉にしていけば、何かが変わるかもしれない。
「ありがとう、阿部。少しずつ、自分の気持ちに向き合わせてみるよ。」悠斗は微笑みながら言った。
阿部もにっこりと微笑んで、「それでいいよ。」と優しく言った。
その日、二人は長い時間を共に過ごした。その後も会話は続き、次第に日が暮れてきた頃、悠斗は心から安堵していた。自分の気持ちに対する確信が少しずつ強くなり、阿部に対して何も恐れることなく、自分の思いを伝えられる日が来ることを感じていた。
そして、どんな未来が待っているのかは分からないけれど、その未来を阿部と一緒に歩んでいけるような気がした。
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