第3章: 予感と確信【中編】

悠斗は、阿部との関係が少しずつ変わっていくことに気づきながらも、その心の中で揺れ動く感情を完全に整理することができなかった。阿部が自分に対して抱いている気持ちが確かだと分かったからこそ、今度はその気持ちにどう向き合うべきかが一層難しく感じられた。


土曜日、悠斗は少し早めに家を出た。阿部との約束の時間に遅れるわけにはいかない。それに、少しでも早く彼と会いたかったからだ。


待ち合わせ場所に到着すると、すでに阿部がそこに立っていた。彼は少し照れくさい笑顔を浮かべながら悠斗を迎えた。


「早いね。」阿部は言って、少し驚いた様子で悠斗を見つめた。


「うん、今日は早く来たくて。」悠斗は少し恥ずかしそうに答えた。自分の気持ちが少しでも整理できるように、そして阿部との時間を楽しみたいと思ったからこそ、少しだけ余裕を持ちたかったのだ。


「今日はどこに行く?」阿部が尋ねた。


悠斗は少し考え、そして「どこでもいいけど、最近ずっと行きたかったカフェがあって。そこに行ってみようか?」と言った。


「カフェか、いいね。」阿部は嬉しそうに頷いて、悠斗の提案に賛成した。


二人は歩きながら、何気ない会話を続けた。最初は少し緊張していたが、次第にリラックスして、お互いに自然と笑顔がこぼれた。その時間が心地よく、悠斗はその瞬間をできるだけ長く感じていた。


カフェに到着すると、静かな雰囲気の中、二人はテーブルに座った。窓から差し込む陽射しが心地よく、温かな空気に包まれていた。悠斗は少しだけ緊張しながらも、目の前にいる阿部に対して心の中で何度も言い聞かせた。


「今日は楽しもう。」と。


阿部はメニューを眺めながら、「悠斗、最近どう?」と尋ねた。


「うーん、まあ普通かな。」悠斗は少し考えてから答えた。「でも、今日はすごく楽しみだよ。」


阿部はにっこりと笑い、少し恥ずかしそうに目を逸らした。「それならよかった。」


その瞬間、悠斗はふと気づいた。阿部がこんなに照れているのは、自分に対して本当に気を使っているからなのだろうか。それとも、やっぱり自分に対して少しでも特別な感情を抱いてくれているからこそ、こんなふうに緊張しているのだろうか。


悠斗はその答えを知りたくてたまらなかった。しかし、その一方で、もしその答えが自分の予想と違ったらどうしようという恐れが、心の中でくすぶり続けていた。


ランチを食べ終わり、二人はカフェを後にして、近くの公園を散歩することにした。自然に歩幅を合わせて、言葉を交わす。時折、互いに目が合うことがあり、そのたびに胸が高鳴った。けれど、悠斗はその気持ちをどうしても言葉にできなかった。


ふと、阿部が立ち止まり、悠斗を見つめながら言った。


「悠斗、さっき言ってたこと、考えてたんだ。」


「さっきのこと?」悠斗は少し驚いて聞き返す。


阿部は少し躊躇しながらも、真剣な表情で続けた。


「君が僕に対してどう思ってるのか、聞いてから、ずっと考えてた。君は僕のこと、どう思ってるの?」


その問いが、悠斗の胸に直撃した。彼がどうしてそのようなことを言ってきたのか、そして自分はどう答えるべきなのか、瞬時に頭の中で色々な思考が交錯した。


「僕、阿部がどう思っているのか分からない。だから、どう答えればいいのか…。」悠斗は正直な気持ちを吐露した。


阿部は少し黙って考え込んだ後、ゆっくりと息を吐いて言った。


「僕は、君に対して本当に真剣に向き合いたいと思ってる。君がどう思っているのか、それに関わらず、これからも君と過ごしていきたいと思ってる。ただ、それが友情なのか、それ以上のものなのか、君の気持ちを聞けてからでないと、次に進むべきか分からない。」


その言葉に、悠斗は胸がいっぱいになった。阿部が自分に対してこんなにも真剣に向き合ってくれていることを、改めて感じた。それでも、悠斗は自分の気持ちがまだはっきりと整理できていないことに焦りを感じた。


「僕は、阿部のことが好きなのかもしれない。」悠斗は小さな声で言った。「でも、それがどんな気持ちなのか、今はまだ確信が持てない。」


阿部はその言葉に微笑み、優しく言った。


「それでもいいよ。君がどんな気持ちでいるのか、それを無理に答えさせようとは思わない。ただ、僕は君がどんな気持ちでも、君のペースで一緒に過ごしていきたい。」


悠斗はその言葉を聞いて、少し肩の力が抜けた気がした。阿部は、悠斗が感じている不安や迷いを理解し、それを受け入れてくれているように感じた。彼の気持ちがとてもありがたく、そして優しさに満ちていることに、悠斗は深く感謝した。


「ありがとう、阿部。」悠斗はほんの少しの間を置いてから、微笑んだ。「僕、もう少しだけ考えてみるよ。自分の気持ちが整理できるまで、もう少し時間をくれるかな?」


阿部は優しく頷き、微笑んだ。「もちろんだよ。焦らなくていいから。」


その言葉が、悠斗にとってどれほど心強かったことだろう。阿部と過ごす時間が、少しずつ心地よくなってきている自分を感じていた。そして、迷いながらも確かに進んでいく自分に、少しだけ自信を持てるような気がした。

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