第2章: 視線の先に【後編】
悠斗は、阿部に対する気持ちを少しずつ受け入れ始めていた。しかし、心のどこかで不安が消えることはなかった。彼の優しさに触れるたびに、悠斗は迷いを感じる自分に苛まれていた。
阿部の想いに応えたい。でも、もしその先に待っているのが失恋や裏切りだったらどうしよう。自分の気持ちに正直になることで、すべてが崩れ落ちるような気がして、悠斗はどうしても一歩踏み出せなかった。
それでも、阿部の真剣な言葉に触れ、少しずつ心を開いていく自分がいることを否定できなかった。
その日も、放課後。悠斗はまた阿部に呼び止められた。
「悠斗、少し話せるか?」
いつものように、その言葉が悠斗の心に響く。今日は一体、どんな話をされるのだろう。少しの緊張感が胸に広がる。
「うん。」悠斗は軽く頷いて、阿部の後を追うように歩き始めた。
校舎の裏庭に着いたとき、阿部は一歩引いて、悠斗をじっと見つめた。その目に浮かぶのは、いつもよりも深い思慮と、少しの不安だった。
「悠斗、最近、君のことを考えることが多くなった。」阿部は静かに切り出した。「君が隠してること、君が抱えていること、それを少しでも理解したくて。」
悠斗はその言葉に胸が締め付けられるような思いを抱いた。自分がどれほど阿部に頼りたいと思っていたとしても、同時にその優しさに甘えてはいけないのではないかと感じていた。
「でも、阿部。僕はまだ君に全部を伝える覚悟ができていない。」悠斗は少し俯きながら、言葉を絞り出すように続けた。「君が本当に僕を好きだと思っても、僕はそれに応える自信がないんだ。」
その言葉に、阿部はしばらく沈黙していたが、やがて穏やかな声で答えた。
「君の気持ちを急かすつもりはないよ。僕が言いたいのは、君が何を思っているのかを、無理にでも聞きたいわけじゃない。ただ、君が心の中で抱えているものがあるなら、少しでもそれを分かち合いたい。」阿部の言葉は、まるで悠斗を包み込むような優しさがあった。
悠斗はその言葉に胸が締め付けられる。彼の優しさ、そして真剣な気持ちが、悠斗の心にじわじわと染み込んでくる。
「でも、僕はまだその一歩を踏み出せないんだ。」悠斗は顔を上げ、阿部の目をしっかりと見つめて言った。「怖いんだ。君に本当の気持ちを伝えて、もし君がそれを受け入れてくれなかったらどうしようって。」
阿部は少し考えた後、静かに言った。
「君が怖い思いをするのは分かる。でも、僕は君にとって、ただのクラスメートでいるつもりはない。僕も、君がどうしてそう思っているのか知りたい。ただ、それだけだ。」
その言葉に、悠斗はふっと息を呑んだ。阿部は何も強制してこない。ただ、悠斗の気持ちに寄り添い、理解しようとしているだけだ。悠斗はその優しさに、どうしても心が温かくなるのを感じた。
「阿部、君がそう言ってくれるのはすごく嬉しいけど、僕はまだ…」悠斗は少し言葉を詰まらせた。「でも、少しだけ、君に伝えたいことがあるかもしれない。」
阿部はその言葉を待つように、悠斗の目をじっと見つめた。
「僕、君が思っている以上に、君に気を取られているんだ。」悠斗はゆっくりと、でも確かにその言葉を口にした。「君が僕に優しくしてくれる度に、心が動かされて、気づかないうちに君を意識してる。僕は、君に惹かれているんだと思う。」
その瞬間、阿部の顔にわずかに驚きの表情が浮かんだが、すぐにそれを引っ込めて、優しい笑みを浮かべた。
「それだけ聞けて嬉しいよ。」阿部は穏やかに言った。「君が少しずつでも心を開いてくれることが、僕にとってはすごく大事なんだ。」
悠斗はその言葉に、胸の中で何かが温かくなるのを感じた。自分がずっと恐れていたのは、この一歩を踏み出すことだったのかもしれない。そして、その一歩を踏み出すことで、少しだけ安心できる気がした。
「ありがとう、阿部。」悠斗は自然に口にした。言葉にして、初めて自分の中の不安が少しずつ軽くなったような気がした。
阿部は微笑んで頷き、そして静かに言った。
「君が決めることを急かすつもりはないけれど、僕はずっと君のそばにいるよ。焦らなくてもいいから、自分のペースで進んでいこう。」
悠斗はその言葉を聞きながら、少しずつ心の中で固まっていった気がした。阿部が言ってくれた通り、焦らなくてもいいのだ。自分の気持ちがどうなっていくのか、それを見つめながら少しずつ進んでいけばいいのだと、心の中で確信が湧いてきた。
その後、悠斗は阿部との関係を少しずつ深めていく決意を固めた。まだ完全に心を開くことはできなかったけれど、阿部の優しさに触れるたびに、少しずつその壁が崩れていくような気がしていた。
それでも、悠斗はまだ一歩踏み出すことに恐れを感じていた。しかし、阿部の言葉とともに、彼との距離が縮まり、次第に自分の気持ちに素直になれる日が来ることを信じていた。
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