第2章: 視線の先に【前編】
悠斗は、あの日から何度も考え続けていた。阿部の言葉が胸に響き、心の中で何度も反復していた。
「君のことが、すごく気になる。」
その言葉が、悠斗を揺さぶり続けている。自分の気持ちに向き合うことが恐ろしい一方で、阿部に対して抱き始めた感情を無視することもできなかった。
だが、悠斗はどうしても自分の気持ちを言葉にできない。モデル業のことを知っている阿部に、もし自分の本当の想いを伝えたら、彼はどう思うだろうか? それが怖くて、悠斗はいつも逃げてしまう。
「阿部、どうしてこんなに僕に優しくしてくれるんだろう…」悠斗は、自分の机に座りながら、ふと呟いた。
その時、背後から声がかかる。
「おい、悠斗。」
振り返ると、そこには真田が立っていた。真田は悠斗の唯一の親友で、彼の秘密も知っている数少ない人間だ。いつも落ち着いている真田だが、今日の表情は少しばかり厳しさを帯びている。
「何かあったの?」悠斗は少し警戒しながら尋ねた。
「お前、また阿部に振り回されてるんじゃないのか?」真田は言うと、机に両肘をつき、悠斗をじっと見つめた。
悠斗は驚いた表情を浮かべた。なぜ真田がそんなことを言うのか、理解できなかった。
「振り回されてるって、どういう意味?」悠斗が尋ねると、真田は少しため息をついてから口を開いた。
「最近、阿部が急にお前に優しくなっただろう。お前も気づいているだろ?」真田は続けて言った。「でも、お前が阿部にどう接するべきか迷ってるなら、気をつけろよ。アイツは、ただの好奇心か、それとも本当にお前を好きだと思っているのか、まだ分からないだろ。」
悠斗はその言葉に胸がざわついた。真田が言うように、確かに最近の阿部の態度は少し不自然だった。何かを探っているような、見透かされているような感じがして、悠斗の心の中でいつも不安が膨らんでいた。
「分かってるけど、でも……阿部は僕に本気で向き合ってくれてるんじゃないかって思う。」悠斗はつい口にしてしまった。
真田はその言葉に少し驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静な顔をして言った。
「本気かどうかは、お前がその気持ちを確かめるまで分からない。でも、気をつけろよ。阿部はただのクラスメートじゃない。あいつ、結構、深いところまで考えて行動してるから。」
悠斗はその言葉に反論することができなかった。確かに、阿部は簡単なタイプではない。外見の冷たさやミステリアスな雰囲気からも分かるように、彼にはただの興味本位で動くようなことはない。悠斗は自分の気持ちを確かめるべきだと感じていたが、同時にその一歩を踏み出す勇気が出せないでいた。
その日の放課後、悠斗は再び阿部に声をかけられた。
「悠斗、ちょっと話せるか?」
その言葉に、悠斗は少し驚いたが、同時に心の中でドキドキと高鳴る音が聞こえた。心臓が早鐘のように鳴り響き、何か重要なことを告げられる予感がした。
「うん、いいよ。」悠斗はそう答えると、阿部の後を追って校舎の裏手へと向かう。
裏庭には誰もおらず、静かな空間が広がっていた。阿部は悠斗に背を向け、しばらく黙っていたが、やがて振り返ると、言葉を発した。
「最近、君のことを考えることが多くなった。」阿部は真剣な表情で言った。「僕は君のことを、ただのクラスメートだと思ってた。でも、君が陽向だって知ってから、ずっと君が気になるようになって。」
悠斗の胸が大きく跳ねる。その言葉が、まさに自分が恐れていたものだ。
「でも、それって……どういう意味?」悠斗は声を震わせながら尋ねた。
阿部は悠斗の目をしっかりと見つめ、ゆっくりと答えた。
「君のことが、もっと知りたくなった。陽向としての君も、普通の悠斗としての君も、どっちも。」阿部の瞳は、いつもよりも柔らかく、優しさに満ちていた。「僕は、君がどうしてその秘密を隠してるのか、それを知りたい。君が抱えている不安や辛さを、少しでも共有したいと思っている。」
悠斗はその言葉に動揺し、胸が締め付けられるような思いが湧き上がった。自分の秘密を知って、さらに深く自分を知ろうとしてくれる阿部の気持ちに、悠斗はどうしても向き合えなかった。
「でも、阿部……僕は、どうしてもその気持ちを受け入れることができない。」悠斗は目を逸らしながら言った。「君がどう思っているのか分からないけど、僕は、君が本当に僕を好きだと思っていいのか、まだ分からないんだ。」
阿部はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。「悠斗、僕は君を試してるわけじゃないよ。君のことを、ただの好奇心で見ているわけでもない。ただ、君ともっと知り合いたい。それだけなんだ。」
悠斗はその言葉に、心の中で少しだけ安心した。それでも、彼の気持ちにどう向き合うべきか、まだ迷いがあった。自分の中で膨らんでいく感情に、どうしても答えが出せずにいた。
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