第1章: 美少女の正体【中編】

悠斗は、阿部が自分の秘密を知ったことをひたすらに恐れていた。毎日、彼にどう接するべきか悩んでいたが、阿部は意外にも悠斗に対して特別な態度を取ることはなかった。ただ、何気ない会話の中で、彼は何度も悠斗のことをじっと見つめてきた。それが、悠斗をさらに不安にさせる。


放課後、阿部はまた悠斗に声をかけてきた。「今日、ちょっと話せるか?」


その言葉に、悠斗の心臓が高鳴る。今度はどんなことを聞かれるのだろうか。自分の秘密を守れるのか、それともまた暴露されてしまうのか。だが、逃げるわけにはいかない。


「うん、いいよ。」悠斗は少し躊躇いながらも答えた。


2人は学校の裏庭に出て、少し離れたベンチに座った。周囲には誰もいない。日が沈んで、薄暗くなりかけた空の下で、悠斗はその時が来たことを感じていた。


「悠斗、君、すごく不安そうだね。」阿部はまっすぐに悠斗を見つめながら、穏やかな口調で言った。


「別に……そんなことないよ。」悠斗は無理に笑顔を作ったが、その笑顔がどこか引きつっていた。


「君がそうやって、何も言わないと、ますます気になるんだ。」阿部は少し前に身を乗り出すようにして言った。「だから、教えてほしい。」


悠斗は息を呑んだ。彼の心は動揺し、冷や汗が背中を伝う。正直に言ってしまうべきか、それともまだ隠し続けるべきか。心の中で何度も葛藤が繰り返されたが、最後には、自分がどうするべきかを決める必要があると感じた。


「本当は……」悠斗は言葉を絞り出すようにして口を開いた。「美少女モデルの陽向(ひなた)なんだ。」


その瞬間、阿部は目を大きく見開き、言葉が出ないような顔をした。悠斗はその反応を見て、胸が痛んだ。まさか、ここまで驚かれるとは思わなかった。


「陽向……?」


阿部は再び確認するように言った。悠斗は黙って頷いた。阿部の表情が変わったわけではないが、少しずつその目に深みが増していくのを感じた。


「どうして、そんなことを?」阿部はゆっくりと問いかけてきた。


悠斗はその質問にどう答えるべきか分からず、少し黙り込んだ。言葉が出てこなかった。ただ、心の中でぐるぐると悩んでいたことが、ようやく口に出た。


「最初は、普通に生活していたんだ。でも、だんだんとモデル業が大きくなって……それで、学校に通う時間がなくなりそうだったから、誰にも知られないようにしてたんだ。」悠斗は目を伏せながら言った。「でも、隠し続けるのがだんだん辛くなってきて……」


「辛い、か。」阿部は少しだけ静かな声で言った。その言葉には、何か思いやりのようなものが込められているように感じた。


悠斗はその言葉に胸が痛くなった。自分の秘密を知って、こうして理解を示してくれるのが阿部だということに、少し驚きとともに感謝の気持ちが湧いてきた。


「でも、もし他の人にバレたらどうするつもりだ?」阿部は深い目をして、言葉を続けた。「君のことを、どうしても傷つけたくない。」


その言葉を聞いた瞬間、悠斗はふと胸が締め付けられるような思いがした。阿部が何を言おうとしているのか、少しずつ分かってきた。


「傷つける?」悠斗はつぶやいた。彼の心の中で、何かが弾けたような気がした。


「うん。」阿部は軽く頷いた。「君は、僕にとって大切な存在だ。だから、君が傷つかないように、できるだけ守りたい。」


悠斗はその言葉に深く動揺した。何もかもが予想外で、心が上手く追いつかない。阿部の言葉が、ただの友達としてのものではなく、もっと別の感情を含んでいることを感じ取ったからだ。


「僕……大切な存在?」悠斗はそれだけ言うのが精一杯だった。


阿部はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。「ああ、君のことが、すごく気になる。」


その言葉に、悠斗の心臓がまた一段と速く打ち始めた。自分が何をしているのか、どうなってしまうのか、全然分からなかった。それでも、阿部の目の前で、ただ一つ確かなことがある。それは、彼が自分に対して想いを寄せていること、そしてその想いが、悠斗の中に少しずつ芽生えているということだった。

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