ぴょんぽん堂2話~信頼めぐり~

 すぐ感情になるひとに、どんなことばをかければいいんだろう。

「ちょ、ちょっと待てよ。落ち着いて」

 それだけじゃ、だめだろうな。

「深呼吸です」

 うるさいってさらにキレられるかもな。

 まっ、賢い方法としては、距離を取る。物理的にも、心の距離もソーシャルディスタンスで。

 じゃ、逆に聞くよ。感情を内に込めてしまうひとには、どんなことばをかけてあげればいいんだろう。

 今、まさに、俺の大切なシオリが、涙をこらえている場面に俺は直面している。

 あぁ、どうしよう。

 いつでも明るいシオリが、最近ハイテンションなのは、気づいていた。誰か大事なひとでもできたんだろうと俺は少しさみしく思っていた。

「トオル!見て。茶柱がたってる」

「おうおう、いいから、仕事を進めようぜ」

 ずっとシオリの力になれればいいと思って、仕事を手伝うことにしたんだ。

 シオリの大好物のシュークリームを営業先からの帰りに買って帰ってきたのに、姿が見えないものだから、俺は、シオリを探しにきた。

 すると、ビルの合間にある長いベンチで、シオリは空を見上げるふりをして、口元をきゅっと結んで、俺からすると、涙をこらえているように見えた。

 俺は、このまま会社に引き返そうかどうか迷いながら、しばし佇んだ。

 だけど、俺、少し勇気を出した。

 シオリから二人分ぐらい間を空けて、俺は座った。

 シオリは、ちらりを俺を見て、驚いたみたいだった。

 俺は、何も言わなかった。かっこいいセリフも出てこなかったんだ。

 救急車のサイレンも鳴っていたけど、俺とシオリは、言葉を交わすこともなく、沈黙を通した。

 すると、シオリは小刻みに震え始めた。

 俺は、

「シュークリーム食べないのか?」

 と聞いた。

 それにシオリは答えなかった。またしばらく沈黙のときが流れた。

 無理やりに手をつかんで、どうしたんだ?って聞かない俺は、きっと弱虫で。

 今度は、五歳ぐらいの子どもを連れた母親が、不思議そうにこちらを見ながら、通りすぎた。

「ひとりでなんとか解決しようと思っていたんだけど」

 シオリが重い口を開いた。

「問題か?」

「ほんとうにこれだけは信じて欲しいんだけど、自分で解決しようとしていたの」

「疑っていないさ」

「私の力不足よ」

「それは、周りの人間が決めることだ。抱えていることを話してみろよ。悪いようにはしないから」

 そしたら、シオリは、こんなことを話し始めた。

「私ね、生き物って苦手なの。猫を抱き上げるでしょ。すると、心臓が動いていて、体温が伝わって、生きているって感じがするでしょ」

「そりゃ」

「あの生身の、生物の、どうにもならない生が苦手なの」

「うん」

 俺は、から返事をした。

「わからないよね?私、いっつもパソコンで、人物を作ってた」

「ん?」

「いつも生身の人間を想像できていなかったかもしれない」

「それは、どういう?」

「理想上の人物については想像がつくし、こういう風に楽しくできたらいいなとか、自分の頭の中で完結するようなものを考えるのは得意なの。だけど、自分が会ったことないようなひとを想像するのは、難しい。それも悪を進んで行うようなひとのことは頭の中が想像もできないし、どうしたらいいかわからない」

「俺が力になる」

 心の底からのことばだった。

「どこから力になってもらえばいいかわからないの」

「ぴょんぽん堂を作れば、楽しさだけを提供できると思っていた」

「そういうものだろ?」

「私はプロの経営者じゃないのよ」

「ここまで大きくしてきたじゃないか。がんばってきただろ、俺たち」

「だけど、甘いところがたくさんあった」

「それをひとりで解決しようとしたって?」

「まぁ」

「だったら、俺はさ、なんでここにいる?さみしいこと言うなよ」

「シュークリーム買ってくる役?」

「そんな。そこ笑うところ?」

「違うけど」

「すぐ笑いに持って行ってはぐらかそうとするのは、シオリの長所で短所だ」

「面接みたいね」

「まじめに話しているのに、くだらない話で終わらそうとするからだろ?」

 まだシオリの目がうるんでいるを俺の目はとらえていた。

 右手をぎゅっと握ったままなことも。

「こないだのニュースを気にしているのか?」

「それだけでもない」

「それも関係してるってことか?」

「自信がなくなっちゃってね」

「自信のあるやつは、勘違い野郎ってことも多いけどな」

「たぶん信じるのが、怖くなっちゃったのかな。自分の夢も人も」

「信じるっていうのも、良し悪しだけどな」

「乱高下する人からの評価に私、少し疲れた」

 そう言えば、テンションが高い割に、口紅を付け忘れてきたとか言ってたなと思い返していた。

「俺さ、今、思いついたんだけど、そういう悩みこそ、ぴょんぽん堂で解決していくべき課題なんじゃないかな。最初から完璧な商売なんかきっと詐欺だぜ」

「詐欺?」

「だってさ、それは、一つの価値観が、最初から絶対ってことだろ?」

「まぁ」

「これから大きく成長する可能性は、その都度、問題を解決していくことで、大きく成長していける会社になるし、働いてるやつらも、そこを考えなくなったら、つまらないと思うだろ、楽しくしていけるとちょっとでも思ったから、シオリに賛同したんだろ?少なくとも俺は、完璧なシオリに期待したわけじゃなくて、自分たちの力がシオリに必要になると思ったから、働くことにしたと思うぞ」

「で、今ある問題ってなに?」

「どこから話せば、個人的な問題でもあり、会社の問題でもあり」

「じゃ、会社戻ってさ。みんなで解決策を見つけよう」

 シオリは、トイレに行ってから、会議室に戻ると俺に告げた。

 俺は、シュークリームを食べている仲間たちを会議室に集めた。

 すると、シオリは、ちゃんと口紅をつけて、笑顔で会議室に戻ってきた。

「私からみんなに考えて欲しいのは、信用ポンをどれだけ健全なものであるようにできるかだと思う。みんなも知ってる通り、その信用を悪用した本の売買をするひとたちがいて、それは、ぴょんぽん堂の目的と違っているの。本を盗む人も出てきているみたいだし。その辺の問題を解決したいのよ」

 すると、ゲンちゃんが言った。

「メタバース上に、パトロール犬。略して、パトワンというアイコンを作って、ポン警察というシステムを作ったらどうか?」

「何それ」

「パトワンは、ぴょんぽん堂で不正を行うひとたちを取り締まるアイコンで、ぴょんぽん堂のルール違反するひとをパトワンに通報してもらうんです。だけど、通報したひとも信用ができるかどうかはわからないから、パトワンに3回ワンと叫ばれれば、座談会行きで、そのひとは、ぴょんぽん堂の公開座談会で、みんなで意見を言い合いながら、信用調査されるというシステムにするんです」

「検討の価値はありそうね」

 シオリには、笑顔が戻ってきていた。

 会議はそのあともいろんな意見が出て、シオリの弱気な顔はもうそこにはなかった。

 会議が終わったあとに、ほっぺたにクリームをつけながら、シュークリームを頬張るシオリに、俺は言った。

「ひとりで悩んでいるより、助けを求めて良かったろ?」

「うん」

「シュークリームはおいしいか?」

「うん」

「そりゃ良かった」

 俺は、今日はうまいビールが飲めそうだとシオリを見ながら思った。

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ぴょんぽん堂めぐり 渋紙のこ @honmo-noko

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