ぴょんぽん堂めぐり
渋紙のこ
ぴょんぽん堂1話~甘蕉めぐり~
都会での生活は、便利なものです。電車は来ます。バスも来ます。行きたい場所にも着きます。でも、セツコのいない都会です。
23時30分になると、君のアイコンは、光る。
あぁ、まだ君はセツコを忘れていないのだと知る。
同じ寂しさを同じときに感じていることを知れることは、僕にとってきっと救いなのだろうと思う。
僕は、君が、ぴょんぽん堂でひっそり毎日行っているセールを必ずのぞいている。
セツコが生前、ぴょんぽん堂に夢中なのは知っていた。
「ハジメ、本がまた売れたのよ」
起き上がるのにも苦労するぐらいなのに、セツコは病室で、パソコンを開きながら、嬉しそうに、僕に報告してくれた。
セツコの葬儀から3日後に、君から会いたいと言われて、喫茶店で会うことにした。
君と僕は、互いにうまく言葉が出てこず、二人の間に長い沈黙が流れた。
隣の席では老夫婦が、紅葉の話をしていた。
そして、君は、突如、口を開いた。
「セツコが、生前に私にぴょんぽん堂のセツコのアカウントを引き継いで欲しいと言ってたの。私は、そのときは、そんなことなんで言うの?生きてって言ったのよ。だけど、その話をセツコとしたあとすぐに私の元に手紙が届いていたの。そこには、セツコのアカウントの譲渡をぴょんぽん堂が認めるという書類だったのよ。私は、すぐにセツコに言ったの。本気?って。そしたら、もちろん本気よと言うのよ。セツコの目が、真剣さを私に伝えていたから。私は、それ以上言えなくて。セツコはあなたにとってもかけがえのない人だったと思うわ。でも、私にとってもとても大事な存在だったのよ。それにセツコからの手紙のことをぴょんぽん堂に確認すると、非常に熱心に友達に権利を譲渡したいと相談があったと教えてくれたわ。私、セツコのお葬式からずっと悩んでいたのよ。だけど、考えて、セツコの遺志を引き継ぐことにしたの。あなたの部屋にある本を売ることになるんだけど」
と息もつかずに、僕に説明した。
「そうか」
「それだけ?」
「だってセツコが言ったんだろ?」
「ええ」
「僕はそれでいいよ。いつでも持って行っていいよ」
「じゃ、少しずつ売っていくのでいいのね?」
「ああ」
君は、言った。
「あなたにアイコンは、教えないことになってるの。セツコは、あなたが自分で探し出すだろうって言ってたわ」
僕は、ぴょんぽん堂について何も知らなかった。本好きなセツコが、熱心に僕にも参加させようとしたけど、僕は、仕事が忙しくて、真剣に取り合わなかった。
セツコの病気がわかったとき、病室でも熱心に本を読んでいる姿を見ていて、セツコに聞いた。
「そんなに本っておもしろいのか?」
「あなたにわかるかしら」
「それはないよ」
「だってほんとに本に興味ないもの。私たちの部屋にある一番厚い本のタイトル言える?7000円もするのよ」
「そんなに本がするのか?」
「ほら、興味ないのよ。私にもそんなに興味ないでしょ」
と言って、セツコは笑った。
僕は、そんな言葉に、気の利いた言葉の一つも返せなかった。
本を読まないから、言語化できないんだと言う人もいるけど、僕は、別にすべて言語化する必要なんてないんじゃないかと思っているんだ。
セツコの葬式を執り行って、僕の部屋にもセツコがいた場所がぽっかりと空いていた。ソファーの脇には、2人で選んだクッションが床に落ちたままだった。拾い上げてくれるひとがいない。
僕は、セツコの不在を否が応でも感じる。
セツコの不在をうまくひとに説明することなんかできない。
だって食卓でも、ソファーでも、靴箱を見ても、どこにもセツコはいないんだ。
僕は、どうしたらいいのかわからない。考えを整理することも、思いを整理することも、セツコのこともどこから何を始めればいいかわからなかった。
そんなときに君が言った。
「セツコのアイコンを探して」
それを頼りに、1人の時間になると、アイコンを探す日々が始まった。
まずは、ぴょんぽん堂への参加方法であるマニュアル本を購入した。
そして、ぴょんぽん堂への参加が許可される。僕は、ぴょんぽん堂初心者だ。でも、そんなに難しくはなかった。
アイコンを選ぶ。
僕は、セツコの好きだったバナナが好きなゴリラにした。バナナを必要としているだろう、きっと。
セツコは、いつも読書に夢中になると、食事も取らずに、バナナ片手に本を読んでいた。
「食べるか、読むかにしたらいいだろ」
って笑いながら僕が言うと、
「だってバナナは、片手で食べられるからいいの」
って読書の邪魔しないでというかのように僕に言った。
僕は、試しに、セツコの本棚にあった7000円の本を売ってるアイコンを探した。
すると、2件ヒットした。
1件は、本の装丁を愛するアイコン。もう1件は、本を買うとバナナスタンドをプレゼントしてくれるという喪服で鴨を一羽伴ったアイコン。遺産アイコンは、鴨を連れているらしい。
「これだ」
と僕は、アイコンを思ったより早く見つけてしまった。
チャット機能で話しかけることはしなかった。君にセツコのアイコンを見つけたとも言わなかった。
夜に、セツコの面影を思い出して、苦しくなると、ぴょんぽん堂を開いた。
今日も23時30分になると、君のアイコンが光る。
毎日決まって同じ時間に、タイムセールをしていた。
君は、バナナスタンドを作るのが好きだとセツコから聞いたときには、面白いものに注目するひとがいるものだと思った。
なんでバナナスタンドなんだろ。
君は、毎月一回、僕の部屋へセツコの本を取りに来る。
会話はそれほど弾むわけではない。
でも、ほとんどの本が持ち出されて、がらんとした本棚になると、僕は勇気を出して、君に聞いてみた。
「なんでバナナスタンドなの?」
「あれ?」
「見つけたんだよ」
「ああやっぱりゴリラの?」
「なんでバナナスタンドなの?」
「セツコが言ったのよ。私が、セツコに何かいい趣味はないかしらと言ったら、バナナスタンドを作ればいいって言い出したのよ」
「セツコが?」
「そう。セツコは、バナナスタンドは、バナナスタンドとしてしか利用価値がないから、それだけ必要なものなのだと」
「必要なもの?」
「バナナにとって、バナナスタンドみたいなのがいいって。バナナスタンドにもバナナが必要からって。ベストパートナーなんだって」
「絶対使われる用途が決まってる」
「そうセツコが言うから」
「セツコが」
「もう少しで、ハジメさんのためにセツコが選んだ座り心地の良い椅子がPONで買えるの」
「椅子?」
「そう、セツコに頼まれていたものなの」
「いいよ。コトさんがPONは使うといいよ」
「だめなの。セツコの遺言だから。でも、その椅子を買ったら、残ったPONは私がもらうことになっているの」
「ふたりで決めていたんだね」
「そうなの。セツコが死んで、私たちは、悲しんでる暇もないぐらいやることを残していくと私に言ってたの」
「セツコの具合が悪くなる前から決めていたの?」
「そう。セツコって不思議に、先が読めるのよね」
君は目を伏せた。
「セツコ」
愛おしそうに、僕が君の前でそうつぶやくと、
「きっとハジメさんは、さみしさを言葉にできないだろうからって言ってた。だから、仕事しているときに、座る椅子で私がいなくなってもなぐさめてあげるのって言ってたわ」
僕は、いくら言語化して、さみしさだけ残るより、言葉より伝わるぬくもりをセツコが死んでもなお僕にくれようとしていたことに気づいて、セツコと別れてから、やっと泣いた。
今日もセツコのいない部屋です。
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