第44話

 ──翌日


 私の目は真っ赤に腫れていた。

 昨日家に帰ってから大泣きしてしまった。

 悔しくて。

 目をある程度冷やしてから出社した。


 しかし──


「何その目……」


 森川さんが私の顔を見て驚いている。

 大きなマスクを買ってなるべく顔を隠していたのにバレた。


「色々あるんですよ……」

「またかよ」


 お前に私の気持ちがわかるか!

 私は無視してデスクに戻って引き継ぎ書を作った。


 * * *


 仕事が終わってビルから出ると──

 なぜか森川さんが待ち伏せていた。


「何してるんですか」

「聞いてあげようと思って」

「いいですよ。別に」

「川崎さんさー。もう俺たちバラバラになるわけじゃん?」

「そうですけど……」

「腹割って話そうよ」


 もう話すことなんてないし、この人の気持ちは前聞いたし。


「信用してよ」

「そんなこと言われても……」

「奢るから」

「………」


 ───


「私悔しくて悔しくて!あんなやつの秘書とか絶対やりたくない!!」

「うん……」


 飲み屋で森川さんと話してるうちに、だんだん怒りが湧いてきて、ずーっと森川さんに愚痴っていた。


「クソだと思いませんか?あんなのが社長代理とか、日本も終わりですよ!」

「仕事とプライベートは別だと思うけどな……」

「はい!?」

「なんでもない」


「でも、何もなくてよかったな。昨日」

「はい。本当、なにごとかと思いましたよ」

「あのさ……。そんなに辛いなら、もうやめろよ」

「え?」

「あの会社の御曹司とガチでやり合うなんてバカだよ」

「は!?」


 ヒートアップしていく私を客が見ている。

 見かねた森川さんに外に出された。


 夜風が肌に当たって少し冷静になった。


「スミマセンでした」


 森川さんはため息をついた。


「スマホかして」

「え?なんでですか?」

「確認したいことがある」


 確認……?


「すぐ返してくださいね」


 森川さんは私のスマホを受け取るなりどこかに電話をかけた。


「え、誰に電話してるんですか!?」


 勝手に何してるのこの人!

 私が取り返そうとしても身長差で届かない。


「あ、旦那さん?奥さんが手に負えないから迎えに来てくれる?」


 ──まさか


「なに勇凛くんに電話かけてるんですか!!」


 今日は勇凛くんバイト最後の日なのに!

 通話が終わると森川さんはスマホを返した。


「夫婦で話し合えよ。ちゃんと」


 この人に話すんじゃなかった!

 その時頭に森川さんの手が乗った。


「自分大事にしろよ」


 そう言って行ってしまった。


 ***


 すぐに勇凛くんから電話がかかってきた。


『七海さん大丈夫ですか!?』


 勇凛くんの声──

 昨日電話できなかったから一日ぶり。

 涙が出た。


「勇凛くんごめんね……」

『え、なにがですか?とりあえず今すぐ行くんで待っててください!』


 ──しばらくすると勇凛くんが走ってきた。


 純粋で真っ直ぐな勇凛くん。

 眩しい。


「七海さん大丈夫ですか?あの人に何かされたんですか?」

「ううん。違うの。実は──」


 私は勇凛くんに全部話した。


「……今から本社行きます」


 勇凛くんが呟いた。

 その表情は怒りに染まっている。


「待って。それだとあの人の思う壺だよ」

「こんなやり方はあまりにも酷すぎます。俺だけならまだしも……」

「お兄さんは私が邪魔なんだよ。だから私に仕掛けてきたんだよ」

「それが卑劣なんです」


 勇凛くんの拳は爪が食い込むくらい強く握られている。


「勇凛くん。私、認めさせたいの。私自身の力で。弱音吐いちゃったけど、でもそれは諦めたくないからなの」


 勇凛くんは困っている。


「じゃあ七海さんが耐えるだけなんですか……?」


 胸が痛む。

 夫婦で支え合おうって私も言ってるのに。


「……耐える。でも、無理そうだったらまた相談する。私はまだ頑張りたい」


 勇凛くんは俯いた。


「何もできなくて不甲斐ないです……」

「そんなことないよ。私、今まで生きてきた中で、こんなに誰かのために頑張ろうって思えたのが初めてなんだ」


 勇凛くんの手を握った。


「勇凛くんとずっと一緒にいたいから」


 勇凛くんは手をゆっくり握り返してくれた。

 穏やかな笑顔に少し戻った。


「家まで送ります」


 勇凛くんは納得していないかもしれない。

 でも私は自分ができることを精一杯やりたい。


 そう思った。

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